聖女、謝罪
商業都市ベルセリアで最も高級な宿『グランデ・ベルセリア』。
高級娼館のような外観。室内は高価な調度品であふれ、一泊で金貨数十枚が飛ぶと言われている。
ここに宿泊するのは王族や貴族。庶民には関係のない施設だった。
だが、今日は違う。
グランデ・ベルセリアの最高級ルーム。一泊金貨二百枚の部屋。
ここに、三人の女性が高価なソファに横一列で座り、その正面には仏頂面の少年……いや、度重なる経験を積み青年となった十七歳のセイヤが座っていた。
「…………」
「え、ええと……」
「「…………」」
黙りこくっているのはセイヤ。目を閉じており、寝ているようにも見えるが全く隙はない。それに、彼の後ろにはヒジリが立ち、無表情だが殺気を纏っている。
さらに、この部屋は鬼夜叉の『不死者』が完全包囲し、別室にはアナスタシアとクレッセンドがいた。
セイヤの前に並んで座る三人の女性……そのうちの一人、アウローラがダラダラ汗を流す。
残りの二人。ヘルミーネとフェアリーは、青い顔でうつむいていた。
「…………」
ダン!! と、セイヤは足をテーブルに乗せる。
それだけで、アウローラの身体がビクッと跳ねあがる。
ヘルミーネとフェアリーは、ついに小さく震え出した。
この会談が始まって十五分……ついに、セイヤが言った。
「暇じゃねぇんだ……何が言いたいのか知らねぇが、さっさとしろ」
「ひっ……は、はい」
アウローラは震える手で懐から謝罪文を出した。
そして、原稿を読み始める。
「こ、このたび……せ、聖女神教はあなた様に多大なご迷惑をおかけしたことを、ここに謝罪~~~~~」
借り物のような言葉の羅列が続く。
セイヤは黙って聞いていた。
そして、約五分……アウローラの謝罪文が終わり、締めくくる。
「こ、この度は誠に、申し訳ございませんでした」
「「申し訳ございませんでした……」」
「…………」
セイヤは、テーブルに足を乗せたままま黙り込む。
アウローラたちが頭を下げたまま硬直し一分───セイヤが言った。
「で?」
「え……」
「謝ったのはいい。それで終わりか? 二年前、聖女をけしかけてアスタルテを殺して、傭兵団を殺して……謝って終わりか?」
「え、あ……その」
「はは、俺って性格悪いな。二年も前のことをこんなにも根に持っている。なぁお前たち……今さらになって俺に謝るってことは、何かあるんだろ?」
「そ、それは……」
「大方、聖女を生み出せとか、そんなところか。ヤルダバオトとかいう神が地上の干渉を止めて聖女が生まれなくなったんだろ? このままではこのバルバトス帝国に軍事力で負ける……いずれ、バルバトス帝国がアレクサンドロス聖女王国と戦争になったら……とか?」
「「「…………」」」
これは、事前にクレッセンドから聞いていた。
聖女が生まれなくなって二年。アレクサンドロス聖女王国の聖女神教は焦りを抱えていると。
だが、セイヤは知っている。
「安心しろよ。バルバトス帝国は戦争なんざ起こす気はない。
「え……こ、国王、とは?」
アウローラが驚愕する。
まさか、セイヤが国王と会い、親しくなっているとは思っていなかったようだ。
「この二年、いろいろあってな。冒険者家業で活躍してたら国王から呼び出しされたんだよ。そこで俺は自分の正体を話した。はは……けっこう興味持ったようだぜ? この国の王様はよ」
「……!!」
アウローラの表情が凍り付く。
セイヤの笑みに、三人は震えていた。まるで、恐るべきことが起きたかのように。
だが、セイヤは続ける。
「この国の王は、戦争なんか望んでいない。お前たち聖女が国民や聖女に刷り込んだ事実とは違う。だから言っておく……もう余計なことはするな」
「…………」
「俺は、お前たちを許すつもりはない。でも、殺してやろうとは思わない。お前たちが俺の力を欲しているなら、お前たちに一切の協力をしないのが俺の復讐だ。覚えておけ……もう、聖女の魔法なんて必要ないんだよ」
そして、セイヤは目を閉じ開ける。そこには虹色の輝きがあった。
「謝罪は受け取っておく。アスタルテや母さんだったら、お前たちを許し……いや、興味すら持たないだろうな。じゃ、仕事があるから帰るわ」
セイヤは立ち上がり、ヒジリを連れて部屋を出た。
振り返ることなく、聖女と完全な決別をして。
アウローラは、うつむいたまま言った。
「我々は……最初から間違えていたのだな」
「そうね……もう遅いけど」
「あーあ……聖女神教も、変わらないとダメっぽいね」
三人は、力なく座りこんだまま呟いた。
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