夢の軌跡

 ウェイクリンデ大森林。

 ヒジリは一人、凶悪で巨大な漆黒のドラゴンと対峙していた。

 

「ブラックドラゴン……」


 ブラックドラゴン。

 全長十メートルほどの黒いドラゴンで、ウェイクリンデ大森林でも一、二を争う凶暴性と強さを持つ魔獣だ。

 だが、ヒジリと対峙するブラックドラゴンは、全長二十メートルはある。

 ヒジリは鼻をひくひくさせ、気が付いた。


「……知っている匂い……ああ、そういうことですか。あなた、鬼夜叉たちを食べたのですね?」


 そう、ヒジリと対峙しているブラックドラゴンは、ヒジリが殺した鬼夜叉たちを喰らったのだ。

 異常な成長は、そのせいかもしれない。

 ヒジリはため息を吐きつつ、『鬼鳴』を発動させる。


「やれやれ。因縁というのは、そう簡単に断ち切れませんね」


 ビキビキと、ヒジリの両手から骨と血の刃が飛び出す。

 ヒジリは両手を広げ、前傾姿勢で飛び出した。


『ガォォォォォォォッ!!』

「これはなかなか……」


 ドラゴンの咆哮に身体が痺れた。

 だが、ヒジリは止まらない。

 真正面からブラックドラゴンに向かい、ドラゴンがヒジリを噛み砕こうと大きな口を開けて襲い掛かって来た。

 

「『突撃ブリッツ』!!」


 だが───ブラックドラゴンの真横から飛び出した別の『鬼夜叉』が、ブラックドラゴンの両側頭部に鋭い蹴りを叩きこむ。

 両方から衝撃を受け、脳震盪を起こすブラックドラゴン。


「さすがヴェン……」


 ヒジリは爪を構え、ドラゴンの顔を引き裂いた。


『ギャオォォォーーーーンンッ!?』


 顔が引き裂かれ、ブラックドラゴンは大量出血する。

 滅茶苦茶に暴れるが、さらに飛び出した二十人の『鬼夜叉』がブラックドラゴンの首や身体にしがみつき、『不死者』として強化された腕力で身体を押さえつけた。

 動きが鈍くなるブラックドラゴン。


「───よし、いいぞ」


 そして、遥か後方。

 大樹の枝でその様子を見ていたセイヤは、矢筒のツマミを廻し鏃をセットする。

徹甲鏃アーマーピエシング』を装着。矢筒から抜き、コンパウンドボウに番える。

 すると、アナスタシアがそっと寄り添い、セイヤの手に触れた。


「少し、風の奇跡を」

「ああ。助かる」


 セイヤの矢が、エメラルドグリーンの淡い光に包まれた。

 セイヤは狙いを定め───矢を射る。

 風の奇跡を纏った矢は、ブラックドラゴンの口の中に入り、そのまま脳を破壊して後頭部を貫通……ブラックドラゴンは即死、そのまま倒れた。


「よし、依頼完了……ギルドに報告だ」


 鬼夜叉たちの壊滅から二年後……セイヤたちは、冒険者として活躍していた。


 ◇◇◇◇◇◇


 冒険者ギルドの解体場でブラックドラゴンを出したら驚かれた。

 アナスタシアの魔法で異空間に収納していたのだ。

 解体場のリーダーは仰天し、セイヤに言う。


「こりゃすげぇ! 異常成長したブラックドラゴンとはな」

「素材は換金してくれ。ああ、肉だけ少しくれ」

「おう。こりゃけっこうな金額になるぞ……商業都市の財布でも足りねぇかもな」

「査定が終わったらいつも通り頼む」

「はいよ。かかっ、相変わらずいい仕事じゃねぇか。セイヤ」

「ま、夢があるからな」


 今や、セイヤたち五人はA級冒険者チームとして商業都市ベルセリアでは有名だった。

 D級冒険者に昇格してからは毎日のように討伐依頼をこなし、ほとんど無傷での勝利を毎回納めていた。

 冒険者ギルドはセイヤたちをC級へ昇格させ、さらに難易度の高い討伐依頼を任せたが、それでもセイヤたちは止まらない。

 B級でも変わらず、A級に昇格しても変わらない。

 ウェイクリンデ大森林で暴れる異常発達したブラックドラゴンの討伐も、ほぼ無傷で終えてきたのだ。


 セイヤたちは、バニッシュの伝手で借りた家に戻ってきた。

 家に入るなり、ヴェンがソファにダイブする。


「あー疲れた……ブラックドラゴン、でかかったぁ」

「異常発達の原因は、二年前に皆殺しにした鬼夜叉たちを食べたことでしょう。微かですが、鬼夜叉特有の匂いがしました」


 ヒジリがソファに座ると、クレッセンドが言う。


「あたし、あのドラゴンの『中身』を『視』たけど、けっこうな大きさの『魔核』があったよ。市場に出回ればかなりの金額になるかもね」


 クレッセンドがお茶の支度を始めたので、セイヤも手伝う。

 昔から、お茶を淹れるのはセイヤの役目だった。今でもその習慣はなかなか抜けない。

 クレッセンドも、この一年でセイヤに打ち解けた。今では兄のように慕っている。


「今回の報酬次第では、今後のことも考えないとな」

「あ、それって!!」

「ああ……そろそろ、目標金額に届きそうだ」


 セイヤは、クレッセンドの頭を撫でてアナスタシアを見る。


「現在、貯金は白金貨八十枚ほどあります。目星を付けていた鉱山の所有権を買い取れそうですね」


 この二年。セイヤはヴェンやバニッシュたちから、炭鉱夫や鉱山の知識を叩きこまれていた。

 さらに、経営の勉強や伝手も築きつつある。

 手つかずの鉱山をいくつか見繕い、そのうちの一つを買おうとしていた。

 ヴェンは、クレッセンドから紅茶をもらい飲む。


「パパたちの会社、たった二年で急成長して利益もとんでもないことになってるよね……全員『不死者』だし、体力も無尽蔵だから休まず仕事できるし」

「バニッシュさん、やっぱりすげぇ……!!」


 バニッシュの経営する『赤蛇採掘会社』は、ベルセリアで急成長しつつある炭鉱・鉱山発掘会社だ。

 利益を得てもバニッシュは変わらず、酒を持ってラーズと遊びに来たり、酒場巡りにセイヤを狩り出すこともある。

 セイヤたちの活躍を一番喜んでいるのは、バニッシュたちかもしれない。


「あ、そうだ……あのさ、お兄ちゃん」

「ん?」


 お兄ちゃんというのはセイヤのことだ。

 クレッセンドは、セイヤをそう呼んでいた。


「ブラックドラゴンの依頼受ける前に聞いた話で、依頼前に変なことで悩んで欲しくないから黙ってたんだけど……」

「どうした?」

「その、聖女神教の大司祭たちなんだけどさ……お兄ちゃんに『謝罪』したいって」

「は?」

「その、過去のことで……」

「いや、今さらかよ」


 これには、セイヤも笑うしかなかった。

 セイヤに刺客を放ったことや、アスタルテを殺したこと。

 それらに関する謝罪を、二年も経った今、セイヤにしたいという。


「いらね。ってか、顔も知らない奴からの謝罪なんて必要ない」

「そう言うと思った……」

「……それ、断るとどうなる? お前に迷惑かけるか?」

「え、いや……」

「わかった。受ける……場所は?」

「い、いいの?」

「ああ。お前には世話になってるしな」

「お兄ちゃん……」


 セイヤは、再びクレッセンドの頭を撫でる。


「………………………………」


 なぜか、アナスタシアがニコニコしていた……少しだけ黒い笑みを浮かべて。

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