最終章

炭鉱夫への道

 商業都市に戻ったセイヤたち。

 これで、やるべきことは全て終えた……あとは、個々の道へ進むだけだ。

 ヴェンも含め、セイヤたちが宿泊している宿屋へ向かい、これからのことを話す。

 全員でソファに座り、クレッセンドが淹れたお茶を飲む。

 まず、ヴェンが言った。


「あたし、傭兵団に戻るね。炭鉱事業の準備もあるし……その、みんなと一緒にいるの楽しいけど、パパたちが心配だから」

「わかってる。ヴェン、ありがとうな」

「いいよ。セイヤにはこの『力』ももらったし、最悪な状況でパパたちとお別れしなくて済んだ……お礼を言うのはこっちだよ」

 

 ヴェンは立ち上がり、セイヤと握手した。

 そして……いたずらっぽく顔を寄せて言う。


「そういえばさ、あたしに『力』をくれた時にキスしたよね?」

「きす?……ああ、口付けか。それが?」

「あれ、初めてだったんだからね?……ふふ、ありがと」

「お、おう?……よくわからんけど」


 なぜかアナスタシアが唖然としていた。

 セイヤはよくわからないのか、首を傾げる。


「じゃ、あたし一度帰るね。これからはずっとこの町にいるから、何かあったら声掛けてよね!」


 ヴェンは嬉しそうに退室した。

 ヴェンのあの笑顔、優しさに救われたのは間違いない。

 そして、アナスタシアが言う。


「こほん。私たちも一度戻ります……今夜には戻りますので」

「え、こ、今夜!? ちょ、お姉ちゃん、なに言って」

「少しやることができたの。クレッセンド、あなたも帰るのよ」

「そ、そりゃ帰るつもりだったけど……お姉ちゃん、何やらかすつもり?」

「これからの人生に必要なことよ」

「…………嫌な予感しかしない」


 アナスタシアは立ち上がり、セイヤの前に立つ。

 

「必ず、戻ってきます……」

「あ、ああ。いや、今夜戻るって言わなかったか?……まぁ、お前にも助けられたよ。ありがとう」

「……っ、はい! 私、あなたのためにもっともっと頑張ります。だから……」

「ん?……むぐ」


 アナスタシアは、セイヤに口付けをした。

 いきなりのことだったが、セイヤは特に表情を変えなかった。

 生活環境が特殊だったので、羞恥に薄いところがセイヤの弱点でもあった。そして、アナスタシアは口を離し、にっこり笑う。


「では、また今夜……ベッドでお待ちください」

「ああ。よくわからないけどわかった」

「駄目じゃん!! つーかお姉ちゃんマジ!? あのさ」

「ふふ、それでは失礼いたします」

「あ、ちょ」


 何か言いかけたクレッセンドと共に、アナスタシアは煙のように消えた。

 魔法で『転移』したのだ。

 残ったのは、セイヤとヒジリ。


「さーて……どうする?」

「とりあえず、お腹が空きました」

「だな。よーし、今日は美味いモンいっぱい食うか。この商業都市は『眠らない町』って呼ばれてて、深夜でも営業している酒場とか、美味い食事処がいっぱいあるぞ!」

「じゅるり……お供します」


 セイヤとヒジリは、久しぶりに笑い合った。


 ◇◇◇◇◇◇


 二人で食べ歩きをして宿へ戻ると……なぜかヴェンがいた。

 しかも、苦笑い……宿の前で手を振っている。


「ヴェン、どうしたのですか?」

「あ、いやー……その、実はさ、パパにいろいろ言われちゃって……その、二人のお手伝いをしよっかなーと」

「「……え?」」

「お、お願いします! あたしを仲間にして! 炭鉱夫目指してるんでしょ? あたしの知識が役に立つかも!」

「いや、嬉しいけど……どうしたんだよ?」

「…………」


 ヴェンを部屋に上げ、事情を聴いた。

 なにやら恥ずかしがりつつも話を聞き、要約する。

 つまり……『傭兵団はもう炭鉱会社としてやっていける。従業員も事務員もバニッシュの伝手でどうにでもなるから、ヴェンは心配せずやりたいことやればいい。セイヤたちと一緒にいたいなら応援する。商業都市を拠点にするなら離れ離れになるわけじゃないし、たまには遊びに来い』……とのことだ。


「だからあたし、セイヤとヒジリと一緒にいるよ! 炭鉱夫や鉱山のことなら任せて!」

「おお……そりゃ助かる。ヒジリ、どうだ?」

「はい。私はヴェンと一緒で嬉しいです」

「やた! よーし、あたし頑張るね!」


 こうして、ヴェンが仲間になった。

 炭鉱夫としての第一歩。知識という大事な物を持つ仲間だ。

 すると、セイヤの部屋の隅で靄が起き、そこからアナスタシアとクレッセンドが現れた。


「ただいま戻りました」

「また来ちゃった……」


 ニコニコのアナスタシアと、疲れ切った表情のクレッセンド。

 アナスタシアはさっそくセイヤの隣に。ほのかに甘い香りがするのにセイヤは気が付いた。


「なんか甘い匂いするな……」

「入浴に香油を使いました……喜んでくれて嬉しいです」

「ふーん。おい妹、お前も来たのか?」

「興味なし!? ああもう……けっこう大変だったのよ。ってか、この馬鹿姉……何しに戻ったのかと思えば、『心ナキ天使ドッペルゲンガー』を本気改良して、あたしでも見分けできないくらいの精巧な『偽アナスタシア』を作り上げたのよ。あんたの傍にいるために、マジで国を捨てちゃう覚悟なのよ……しかも、なぜかあたしの偽物まで……」


 クレッセンドは疲れ切っていた。

 偽アナスタシアは、『神眼』を持つクレッセンドですら見分けられないくらい精巧だ。寿命を重ねるように設定し、思考や意志も持たせてある。さらに、少しだけなら魔法も使える。

 

「ってわけで、あたしたちもしばらく付き合うわ……」

「しばらくじゃなくて、ずっとよ」

「いやいやいや。お姉ちゃんはいいけど、あたしはそこまで……」

「……まぁ、たまに帰るくらいならいいわ」

「…………暴君だ、この姉」


 こうして、セイヤの元に仲間が募った。

 今はまだ知らない。この五人が、セイヤの作る炭鉱会社の初期メンバーだと。

 

「じゃ、明日から忙しいし、風呂入って寝るか」

 

 やるべきことは、いっぱいだ。

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