第4話 異な人たち

第2回無貌賞のための「異な人」のサンプルです。こんな感じでご応募ください。


第二回無貌賞の予告

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889092530/episodes/1177354054898500658


●ひとりのふたご

 つよしみのるは生まれた時からふたりだった。ふたごではない。ひとりしか見えないのだ。

 生まれ落ちた時からそうだった。ひとりしか見えないのだが、母親が抱き上げると、確かに母親の腕の中に赤ん坊がいるのに、寝床にもひとり赤ん坊がいるのだ。驚いて両方を一度に見ようとすると、どちらかが見えなくなる。のちに長じた剛と稔が語ったところによると、見えていない方からは見ている方も見えないのだという。つまり、山田さんに剛が見えていない時、剛にも山田さんが見えていないという。

 当然ながら不都合はたくさんあった。一緒に食卓を囲むことができない。正確にはいるのだけど、ひとりしか見えない。学校でも同じクラスにはできない。片方が見えなくなってしまうからだ。

 人々は果たして剛と稔はひとりなのかふたりなのか疑問に思い続けた。それは剛と稔も同じで彼らは互いを見ることができないので、常に兄弟は自分ひとりだったのである。だから他にもうひとりいるというのが頭ではわかっても、感覚的には理解できなかった。


●時砂の旅人

 稀美まれみは生まれた時、砂を握っていた。

 物心つくと、時と空間を砂で構成できるようになった。稀美は人の身体に触れて、そこから砂を一握り取り出す。その砂を振りまくと、その人の過去、未来、意識が最大限届く範囲の時と空間を、その人と稀美は旅することができる。傍から見るとほんの一瞬のことだ。その一瞬の間に、その人が生きる時間を眺め、その人が旅する距離を移動できる。それはまるで映画のラッシュフィルムのようでもあり、蜃気楼のようでもあり、あるいは午睡の夢のようでもあった。ふつうの人ならば80年くらいの時間と地球を数周するくらいの旅ができる。

 稀美の旅を味わいたくて、訪れる人は後を絶たなかった。やがて、人は気づく。繰り返し稀美と旅をすると、時間や距離が変わるのだ。人は生きているうちに寿命が縮んだり、伸びたりする。それに応じて移動する距離も変わる。だから不摂生をしていれば、旅は短いものになり、健康を心がければ旅は長くなる。

 ごくたまに稀美が砂を取り出せない人もいた。そんな時、稀美は悲しそうな目をしてこう言う。

「あなたの旅は今日で終わりです」

 相手はその日に死ぬ運命なのだ。だから旅する砂は出てこない。


 ある日、好奇心旺盛な男が稀美に訊ねた。

「自分の砂を取り出したことがあるのかい?」

 すると稀美は答えた。

「私から砂は出ないんです。私は永遠ですから」


●血を吐くのぞみ

 望はウソをつく時、血を吐いた。比喩ではなく文字通り、血を吐くのである。だから周囲にはそれがウソだとすぐにわかる。大きなウソ、深刻なウソほどたくさんの血を吐く。

 悪いことに望は人を騙すのが好きなうえ、無意識についウソをつく癖があった。だから幼い頃から血を吐いてばかりだった。周囲にそれがわかると、わざと答えにくいことを訊いていじめる者が後を絶たなかった。

「嫌いな先生の名前を言えよ」

「好きな奴、いるんだろ」

 無視していると、「なにか答えろよ」と囃し立てる。たまらず適当なことを答えると血を吐く。それを見て、笑うのだ。

 誰も知らない土地に行けばウソをついてもばれないと思ったが、行く当てなどなかった。


 周囲のからかいやいじめのせいもあって、望はますますウソをつくようになった。ばれたってかまわない。血を吐くのは気持ちが悪いし、吐きすぎると貧血でくらくらするが、それも慣れてむしろ楽しく感じるようにさえなっていった。


 ある日、数少ない友達の同級生が望の肩を叩いて言った。

「つらいよな。でも大人になればからかうヤツなんかいなくなるよ」

 なぜかしら望は無性に腹が立って思わず言い返していた。

「つらい? そんなこと思ったこともねえ。オレはずっと幸福だ」

 とたんに目と鼻と口から大量の血が噴き出して、望は気を失った。

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