第2話 ももかちゃんの指切り
その女の子がほんの少し可愛かったり、頭がよかったりしたら、世界はもう少し違っていたかもしれない。でも、ももかちゃんは、醜く愚かだった。
僕がももかちゃんと会ったのは近所の公園だった。話をしたことはないけど、近所に住んでいることは知っていた。ももかちゃんのお母さんは近所でも有名なろくでなしだったので、僕の家族を含め近所の人は、僕ら子供につきあうな、と何度も言ったものだ。ももかちゃんが可愛かったなら話しかけるヤツもいたかもしれないけど、真逆だったので誰も話しかけることはなかったし、話しかけられても「あっちいけブス!」と追い払っていた。
「指の切り方知ってる?」
とももかちゃんは僕に訊いてきた。逃げようと思ったけど、不思議な質問だったから、気になってそのままそこにいた。
「お母さんにごめんなさいするのに、指を切らなくちゃいけないの」
ももかちゃんの声は震えていた。ヤクザみたいだなと思ったけど、まさかほんとにやるとは思わなかったので、「映画で見たことあるよ。指に包丁をあてて、トンカチで叩くんだぜ」と教えた。ももかちゃんは、「ありがとう」と言ってどこに言った。
翌日、学校帰りに公園でももかちゃんを見かけた。手に包帯をしていたので、おそろしくなって隠れるようにして走って帰った。
噂でももかちゃんが小指を切ったことを聞いた。母親が切ったとか、事故だったとか、いろいろみんなは言っていたけど、ももかちゃんが自分で切ったのだと僕は信じた。
一カ月経つと、ももかちゃんはまた指を切った。そしてまたしばらくすると、また……そんなことが数カ月続いた。
僕はもうあの公園を通らないように遠回りして家に帰ることにしていた。公園を通れば、両手を包帯だらけにしたももかちゃんを見ることになる。包帯には血がついていることもあって、すごく怖いし、醜い。近くで見たくない。
ある日の帰り道、突然目の前にももかちゃんが現れた。両手はいつものように包帯だらけだけど、どちらも棒のようになっていた。全部の指を切り落としたしまったんだ、と僕は思って怖くて泣きそうになってしまった。
「ねえ、あたしってバカだから、指を切ったらなにもできなくて怒られるんだって、わかってなくて。どうしよう。指はもう全部切っちゃったから、ごめんなさいもできないし、どうしよう」
ももかちゃんは棒になった両腕を顔に押しつけて泣いていた。僕はひどく悪いことをした気分になって苦しくなった。なにも言えないし、ももかちゃんを見ることもできない。なにも言わずに、走って逃げ出した。
翌日、ももかちゃんは走ってきたトラックに飛び込んで死んだと聞いて、ほっとした。それから自分はなんてひどいヤツなんだと思ったけど、やっぱりももかちゃんがもう少し可愛いくて頭がよかったらよかったのにと思った。
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます