第3話 泥の漕ぎ手

 学校の周囲には泥の河がある。ぐるりと校庭を取り巻くように流れていて橋はない。だから船で渡らなければならないのだけど、泥の河で船を漕ぐのは子供には無理だ。川縁にはいつも仕事のない大人がたくさんいて、生徒からお金をもらって泥の河を渡してやる。泥の河の色はどす黒くて、落ちたら毒で死ぬと言われている。なんの毒かは知らないが、きっとこの河に捨てられたいろんなものがまざりあってできたものなのだろう。

 河の中はなにも見えないから、みんながいろいろなものを捨てる。ゴミはまだいい方で、人間を捨てるヤツもいる。この河がどこまで深いのか、どこに続いているのかわからない。

 河は僕が生まれた時から学校の周りや街のあちこちを流れている。時々、コースを変えたり、支流を作ったりする。夜中に新しくできた泥の河に飲み込まれた家もある。

 街の外の人たちは、「よくそんなとこに住んでいられるな」とあきれるけど、ここでなければできない仕事は多い。よその街からいらない子供を引き取って河に捨てる仕事、同じように老人を引き取って捨てる仕事もある。たいていのことは河に沈めればなんとかなる。でも街の外の人はそれを恐ろしがって、自分たちでは決してやらず、街の人間に金を払って頼む。最低の仕事だと思うけど、それがこの街の仕事だから仕方がない。

 僕のお父さんは粗大ゴミをトラックで引き取って処分する仕事をしていた。でも、それより儲かるからと子供を捨てる仕事に変えた。どちらも不法投棄という違法行為だと言う。そもそも子供を殺すのは殺人だよね。トラックいっぱいの両手両足を縛られた子供を見るとどきどきする。

「お父さんは僕も捨てる?」

 どきどきしながら訊ねると、子供殺しの悪党はにっこり笑った。

「お前は捨てられるじゃなくて、捨てる方だ。明日から手伝え」

 よけいなことを訊いたおかげで、仕事を手伝うことになった。トラックの中の子供たちの頭をトンカチで叩くのだ。トンカチはトンカチみたいな形をしている道具で、軽く頭を叩くと中の鉄芯が飛び出して頭蓋骨を砕き、脳みそをぐちゃぐちゃにする。手元のレバーを回すと鉄芯は引っ込むんで、また使えるようになる。

 生きたままだとうるさいし、逃げようとするから殺した方がいいんだ、とお父さんは言う。でも自分で子供を殺すのが嫌だから、僕にやらせることにしたらしい。大人はずるい。

 三カ月もすると、僕はすっかり仕事に慣れた。最初は怖かったし、子供たちが僕を見つめる目を何度も夢に見た。でも、慣れるとトンカチで叩いてから子供が死ぬ時の様子を観察できるよゆうができた。叩く場所や子供によって反応が違うからおもしろかった。でも、すぐにあきた。慣れると子供殺しは退屈な仕事だった。トラックの運転もできるようになったから、もう一人前だ。


 何年かして僕が学校を卒業した頃、お父さんが病気になったので、僕は老人殺しの知り合いに頼んでお父さんは河に沈めてもらった。


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