無色の世界
宵埜白猫
探し物
私は生まれつき、色が分からない。
みんなが綺麗だって言う花の色も、澄み渡るような青空も、私には分からない。
だから''綺麗''だとか、''美しい''なんて言葉を私が使うことなんて無いだろう。
それは私にはきっと、分からない物だから。
そう思っても諦めきれないのは、私が物分かりの悪い子どもだからだろうか?
15年生きて、まだ見つからない''色''を探して、無色で空っぽな部屋から逃げるように、私は今日も家を出た。
「ねぇ、お姉さん毎日ここにいるけど、何か失くしちゃったの?」
「え?」
いつも''色探し''の終わりに立ち寄る公園で、小学生くらいの子どもに声をかけられた。
「だってお姉さん、いつ見ても悲しそうなんだもん」
「そうかな?」
「うん。何を探してるの?」
「……綺麗な物」
疲れていたからか、普段あまり人に話しかけられないからか、私は不意にそう呟いていた。
「綺麗な物?」
「っ!何でもないよ。じゃあね」
私の呟きを聞いて不思議そうに首をかしげる少年を置いて、私は少し駆け足で公園を後にした。
「あっ!やっと来た!」
次の日公園に行くと、昨日の少年が駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ、お姉さんが探してたのってこれ?」
そう言って、少年は手のひらに乗せた小さな花冠を私の手に乗せた。
「違うよ。私が探してたのはそれじゃ無い」
「そっか……」
私が首を振ると、少年はしょぼんと肩を落として、じゃあねと公園を出ていった。
次の日も、私が公園に行くと彼はベンチに座っていた。
「ねぇ……」
「あっ!お姉さん!お姉さんが探してたのはこれでしょ!」
自信たっぷりの表情で、彼が私に差し出したのはハートの形をした貝殻だった。
ここは公園で、貝殻なんて落ちているはずがないから、近くにある浜辺で拾ってきたんだろう。
……もしかして、昨日の花冠もこの子が作ってくれたのかな。
「ごめんね、これでもないんだ」
「これでもないか……」
「ねぇ、君はなんで私に優しくしてくれるの?」
「困ってる人がいたら優しくしなさいってママが言ってたから」
いかにも小学生の子どもらしい答えに、今までの悩みを少しだけ忘れることができた。
「ねぇ、君は明日もここに来る?」
「うん!毎日ここにいるよ!」
「そっか……じゃあ、明日からも私の探し物を手伝ってくれないかな?」
少年はきらきらとした顔で、大きくうなずいた。
それから毎日、私と彼は夕方の公園で''探し物''をした。
決して見つかることのない"探し物"を。
そうした日々を送るうちに、彼が持ってきたいろんなものが、私の部屋を満たしていった。
「見つからないね、お姉さんの探し物」
「……そうだね」
「でも、お姉さん前よりちょっと元気になったね」
「そうかな?」
「うん!」
「そっか。ならそれはきっと、君のおかげだね」
少年は分からないと言うように首をかしげる。
「私ね、色が分からないの」
「色?」
「うん。君がくれた花冠も、ハートの貝殻も、どんな色をしてるのか分からない」
少年は私の目を見ながら、静かに話を聞いている。
「だからかな。初めて君に会ったとき、思わず綺麗なものが見たいって言っちゃたの」
「そうだったんだ……」
「見つからないって分かってても、君と一緒に"探し物"をするのは、すごく楽しかったよ」
「僕もお姉さんと"探し物"するの楽しかったよ!お姉さんの探し物は見つけられなかったけど、お姉さんが元気になってよかった!」
少年は満面の笑みで言う。
その顔は、とてもきらきらと輝いていて、色のない世界でも分かるくらい綺麗だった。
「……見つけた」
「え?」
「見つけたよ。綺麗なもの」
今までに感じたことがないくらい、心臓がどきどきと脈打って、頬を熱い涙が伝う。
「"探し物"を手伝ってくれて、ありがとう」
涙で歪む視界で、少年をしっかりと見て言う。
「どういたしまして?」
不思議そうに首をかしげる少年の、何度見たか分からないその仕草すら愛おしくて、頬が緩む。
「お姉さんの笑ってる顔、とってもきれいだよ」
そんな少年の言葉にも胸が躍る。
人が綺麗だと言うオレンジの夕日は私には見えないけど。
ああ、世界ってこんなに綺麗だったんだ。
無色の世界 宵埜白猫 @shironeko98
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