第2話

「船長、観測の結果ウルクアルファ星の第五惑星にオーロラが確認できました」


この航海の目的はもちろんワープ航法の実証試験ではあるが、せっかく百光年離れた恒星へ向かうのだから当然様々な観測が行われることになっている。ウルクアルファ星の惑星の観測もその一環だ。そもそもワープ先の恒星の候補を決める時点で有望な惑星を持つ恒星が集められている。運が良ければ知的生命体に接触するかもしれないのだ。


「おー、やはりウルクアルファは当たりだったか! 磁場があるなら生命のいる可能性も高いな。」


船長は飲みかけの紅茶パックを壁に貼り付け俺の方に向きなおした。


「そうですね、地球からの観測でも有望だった星ですが大きさが地球の一・二倍の岩石惑星に磁場が存在するとなると表面に生命が存在する可能性も高いですね」


「プレートテクトニクスも起きているかもしれないな」


船長が腕を組み答えると、ビクトリアが部屋に入ってきて部屋の隅の水再生機からコーヒーパックにお湯を入れた。


「何の話をしてたんですか?」


とビクトリアは尋ねると、手にしていたコーヒーパックを口に含んだ。


「いや、第五惑星にオーロラが観測されてね。モニターに画像を映すよ」


そして共用の大型モニターにオーロラの画像を映した。


「緑色ってことは酸素が存在しているってことじゃないか!」


と船長は驚いたようだった。ビクトリアも衝撃を受けたのか目を見開いている。そして俺は話を切り出すことにした。


「船長、軌道変更して第五惑星の精密探査をやりましょう。この機会を逃すわけにはいきません!」


船長は小さくうなると腕を組み目をつむった。そこでビクトリアが口を開いた。


「私は反対です。そもそもこの航海の目的はワープの実証試験です。もしそんなことをすれば明確な職務放棄になります。それにミッションの延長はすべてのリスクを増大させます」


「いや、リスクに見合うだけの価値はある。初め地球外生命体の存在を確認することができるかもしれないんだぞ!」


つい言葉が強くなっていしまったが本心であることには変わりない。目と鼻の先に人類の長年の夢があるのだ。しかしビクトリアも譲らない。


「それはそうだけど、今やる必要はないでしょ。今回は諦めてまた調査しに来たらいいじゃない」


「いや、今のワープエンジンでは二回しかワープできないのは君が一番理解しているだろう。エンジンを新しく取り換えるのに一体どれだけの金が要る? ただでさえ宇宙開発不要論が出てきて予算も少ないんだ。このままワープ成功の知らせを持ち帰っても一週間もすれば皆忘れる。でもここで地球外生命体の存在を持ち帰れば世論も動く。そうすれば宇宙開発ももっと盛り上がる」


「帰れなくなったら元も子もないでしょ!」


ビクトリアとの言い合いになっても船長は姿勢を崩さない。


「君は自分の理論が証明できたからそれでいいんだろうけど」


「は? 喧嘩売ってんの?」


口論が激しさを増す中、船長の声が響いた。


「ルイスもビクトリアも落ち着いて。まあ紅茶でも飲んで落ち着いて。コーヒーじゃなくて紅茶ね、絶対」


ようやく何か言ったと思ったらコーヒーのディスりかよ。まあ、確かに冷静さを失っていた。やっぱりこういう時は頼りになる船長だ。


「あ、船長起きてたんですか? コーヒーを飲まないから居眠りしちゃうんですよ。その薄い色付きのお湯なんか捨ててコーヒーを飲みましょう、コーヒーを」


先ほどまで俺と激しく言い争っていたことがなかったかのようなビクトリアの切り替えの早さに思わず感心してしまう。コーヒーをディスられたのがよっぽど癪に障ったからだろうか。しかし船長の方もビクトリアの煽りに反応した。


「薄い色付きのお湯って何だよ! そっちの下水みたいな色の飲み物より繊細だから! ていうか寝てないし! 考えてただけだし!」


「いや、コーヒーだって超繊細ですから! まあ、コーヒー大人の飲み物ですからね。いやー若いってうらやましいですねー」


完全にビクトリアのスイッチが入ってしまった。話の流れが思わぬ方向に進みそうなのでここらで止めた方がいいだろう。


「船長、仲裁に入っておきながら新たな問題を持ち込まないでください」


いや、なんで俺が仲裁してるんだろうか。さっきまで言い争っていた張本人なのに。


「そうそう、とりあえず落ち着けってこと。それで何の話してたっけ?」


と船長。


「第五惑星に接近して観測するべきだってことです」


「やはりリスクが高すぎます」


とビクトリアも続ける。


「そうなんだよねー。マジで地球と交信したいわー。まあそう言ってもいられないんだけど」


船長は頭の後ろに手を組みさらに続けた。


「ルイス、何日延びる?」


「姿勢制御用のスラスタと減速スイングバイを使って約一か月・・・・・・」


「延長分の食糧はどうなるの?」


とビクトリア。やばい、こういう時は笑顔でやり過ごすのがいいって誰かが言ってた気がする。そして俺は最大級の笑顔で首を少し傾けた。


「いや、ごまかせてないから」


やはり無理があったらしい。次のごまかし方を考えていると


「まあいいんじゃないか。軌道変更しても」


という船長の声が聞こえた。さらに船長は続けた。


「俺たちが少し我慢すれば世紀の大発見につながるんだろ? ちょっとしたサプライズを地球に持って帰ろうぜ」


ダメ元でも言ってみるものだ。船長最高! 普段はふざけてるけど。


「船長がそういう決断を下したのであれば私は従います。でももう一度考え直してください。地球に帰ったら命令違反で処分されることになりますよ」


ビクトリアはなおも食い下がっているようだ。真剣に詰め寄るビクトリアに対して船長は


「まあいいんじゃね? 楽しそうだし。あと俺この任務が無事終わったら引退して田舎でゆっくり暮らすつもりだから。まあ、ルイスに任せておけばちゃんと帰れるだろ」


と笑顔で返した。失う物が無い人間ほど強いものはないのかもしれない。船長というメンバーの命を預かるリーダーとしては軽率だが、そんな常識に流されずに判断できるからこそ船長に抜擢されたのかもしれない。


「わかりました。決まったのであれば全力を尽くします」


と感情を押し殺した声でビクトリアが言った。頑固なくせに切り替えが早く冷静なのはさすがと言ったところか。そしてビクトリアは後ろを向くと速足で部屋を出て行った。

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