第123話 将来有望な領主の娘をプロデュースして民族紛争に勝利しよう!

 翌朝、世界各地の農協シンジケートメンバーから巻物スクロールで届いた「下級の竜による散発的な強盗」の報せを一つ一つ確認していた。

 それはいずれも農業地帯への襲撃が多く、さりとて食料を奪う訳でもなく、強いて言えば小さな村の住民の表皮と内蔵が全てひっくり返っていたとか、隣村がまるごと空から落ちてきて物理的に2つの村がぶつかって消えたとか、衛兵だけを皆殺しにして壁に晒してから大きな商家の屋敷で酒をしこたま飲みながら生き残りの人間を相手に人間の貴族ごっこを楽しんでいるとか、阿片窟のど真ん中に降りてきて麻薬中毒者と一緒に屯していたせいで乗り込んでいた衛兵に麻薬中毒者ごと殺されたとか、とても軍事行動とは言えない体たらくだ。


「時間はあるな」


 巻物スクロールに詳細に記述された事件の内容を見たところで、颯太そうたは眉一つ動かない。

 もう動かない。

 ――この世界の奴らは。

 ――みんな好きなんだろう。


「これで王国が、世論全体が竜種の討伐に動く。問題は俺たちの遠征部隊が「散らばる竜を取り逃した」と非難されることだが……」

「大変そうね、ソータ」

「問題ない。もう『遠征部隊からの錬金偽竜イコールドラゴンウェポンの使用解禁を陳情する手紙』が王都でばら撒かれる。なにか言われる前に先に『大変なのはお前らのせいで俺のせいじゃない、このままだと大変だぞ』と言っておけば、なにか有った時には『ほら見ろお前らが俺たちの言うことを聞かなかったから!』と言える」

「最悪ね、ソータ」

「とにかく良いことも悪いことも他人のお陰か他人のせいみたいな面をするんだよ。自分がのびのび働く為にな」

「苦労したのね、ソータ」


 颯太そうたは大きく背を伸ばして、椅子に座ったまま女神を見上げる。


「で、いつの間に部屋に居た」

「ついさっき、ちょっと用事があってね。隠し玉よ」

「昨日の今日でか?」

「善は急げよ。早速連れてきたわ」


 女神はパチリと指を鳴らす。

 部屋の真ん中の空間がズレ、扉のように開いてその向こう側から少女の姿が見えた。


「お久しぶりです学士様……いえ市長様とお呼びした方が良いのでしょうか」

「あっ……こ、これはこれは」


 颯太そうたはその姿を見た瞬間に思わず声をあげてしまった。

 彼は、彼女を、知っていた。


「ミュンヒハウゼン男爵の一人娘、この東のキンメリアの正統なる領主、ヤコビンです。先日は危ないところを助けていただき誠にありがとうございました」

「ヤコビン様、もうお怪我はすっかり治療がお済みのようで何より……」


 少女はツカツカと颯太そうたの前にまで近づいて、深い赤色の瞳で颯太そうたの目を覗き込み、両手を勢いよく机に叩きつけた。


「なにをやっているのですか市長様!」

「なにを、ですか?」

「そうです! なぜあの汚らわしい化け物共をこの父祖伝来の神聖なる土地から叩き出していないのですか! あの連中は私の家族、友人、民、奴隷、それはそれは多くのものを奪い、あのような辱めを私に与えたのです! しかし幸運ながら市長様のお陰で命と健やかな身体だけはこれこの通り残っています!! だったらやるべきことはたった一つ、そう、復讐ですね!!! 父は地方行政に対して無関心な中央政府の怠慢により孤立無援での死を余儀なくされましたが、その誇りはなおも私の胸の中で生き残っています!!!! だから市長様、私を救った勇者として、あなたには為すべきことがあるのではないでしょうか!!!!! そう、復讐と殺戮です!!!!!! 幸いにもあの汚らわしい竜種どもの貪欲にして狡猾な習性は今や世界中の人間が共有した、そして我らには聖女様の助けと女神のご加護があります!!!!!!! だとすればやるべきことはたった一つ!!!!!!!!! 殺しましょういっぱい殺しましょうすぐ殺しましょう大丈夫です錬金偽竜イコールドラゴンウェポンは私がなんとしてでも中央政府から回収してまいります!!!!!!!!! それさえあれば市長様も一気に反転攻勢に出られるのですよね? 違いますか? 違いませんね、良かった。分かってましたよ貴方様ほどの勇者が何も考えずに権力争いに血道を上げていたわけじゃないそうでしょうそうですねヤコビンは分かっております。わかったところで私の胸に燃ゆる熱き正義の魂も理解していただけたと思います。奴らをこの地上から一匹のこらず駆逐してやるのですさあ死んだ者だけが正義です。さあともに命を賭けてくださいませ市長!!!!!!!!!!!! あなたも女神様の使徒だと聞きましたからね!!!!!!!!! 同じ女神の使徒として、先達と見込み、頼りにしております!!!!!!!!!!!! もはや人間も森人も丘人もありません全ては竜が悪いし悪いものは殺して世界をきれいにしなくてはいけません!!!!!!!!!!!! 奴らの巣穴に海水を流し込み、奴らの骨で新たなるミュンヒハウゼンの宮殿を作りましょう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ドラゴンステーキを頬張りながら竜種どもの落日で一杯ワインを楽しむのが私の成人祝だとキメていましたの!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 自分の目を見ながらきれいな目で語り続ける赤い瞳の少女を見て、颯太そうた

 ――何連れてきてくれたのかなレンちゃんさあ。

 颯太そうたは難しいことを考えないことにした。


「おっしゃるとおりですヤコビン様。まず私は平民、気軽に颯太そうたとお呼びください。この颯太そうためは女神の使徒としてあなたさまの帰還と共に一台反攻作戦を進めるべく錬金偽竜イコールドラゴンウェポンを欲しておりました。ヤコビン様が取り戻してくれるのならばこれ幸い。共にあの悪しき害獣をこの世から一切駆逐し、人族の生きる美しく清浄なる世を取り戻すとしましょう」

「まあ素敵! 女神様のおっしゃるとおりのお方だわ! 女神様! 私、領地を継いだらまず女神様を讃える神殿を立てますね!」

「うむうむ、良い子ねヤコビンちゃんは。そのまま聖女様みたいな立派なオトナになって頂戴」

「はい!」

「ソウタ!」

「なんでしょう女神様」

「これから錬金偽竜イコールドラゴンウェポンかっぱらってくるからこのまま竜族の本拠地攻めるわよ」

「…………」

「女神様素敵です! ヤコビン一生ついていきます! 下賤なトカゲ共を黒焼きにして畑いっぱいに並べて良いんですね!」

「並べてヨシ!」


 ――なんもよくねえ。

 だが一度始まってしまった流れを止めることなんてできない。

 ということを、颯太そうただって理解はしているのであった。

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異世界麻薬王~元化学教師が耐毒スキルと科学知識で迫害されたエルフを救い麻王-まおう-となる~ 海野しぃる @hibiki

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