第59話 最終話

 三月も半ばになると休日や夕方に荷物を持った人達をよく見る様になる。

 今も夕食後に荷物を抱えて階段を往復している人達がいる。

 

 空いている一人部屋へ荷物を移動させるか、騎士になる事を諦めて実家へ運び出す学校の最上級生達。

 他にも結婚して新居に引っ越す騎士も居たりする。


 フロア長であるマックス先輩も一人部屋へ移動してしまうので、次のフロア長はヨシュア先輩の同室であるダニエル先輩になる。

 あのヨシュア先輩と同室でいられる心の広さと、なんだかんだヤンチャし過ぎない様に抑える事ができる手腕を見込まれての抜擢らしい。


 幸い年少組の同室者は全員そのままなので、四月からも安心だ。

 ただ、新しく入って来る人達は全員年上なのが不安になる、ちゃんと先輩扱いしてもらえるんだろうか。


 今年も十人の見習い団員が入るが、五人が学校で騎士課を選択したアルフレート達の一つ上の学年、残りの五人が入学と同時に騎士団寮に入る人達だ、つまりアルフレート達と同い年。


 アルバン訓練官や騎士達は「舐めてかかる奴は実力で黙らせてやれ」「お前の腕なら黙らせてやれる」と言ってくれてるので、最悪の場合それを実行するつもりだ。

 伊達にお尻に痣を作られながら頑張ってる訳じゃないところを見せてやる!


 今年は同い年の人は入って来ないけど、来年には俺も学校に入るから同い年の騎士見習いも増えるはず、それまではちょっと寂しい思いをしそうだけど…。


「どうしたクラウス、廊下で何を黄昏てるんだ?」


「四月から昼も一人になると思って寂しくなったのか? 俺達と食べればいいから大丈夫だ! 遊びの相手もしてやるから」


 クルト先輩ヨハン先輩が背後から現れて交代で俺の頭を乱暴に撫でた。

 グリグリグリグリグリ

 いや、撫でている。


「しつこいですよ!」


 しゃがみ込んで同じ方向を向いていた状態から、バックステップで二人の背後に移動する。

 哀しいが身長差があるからこそできる技だ。


「お二人に構って貰わなくても四月からはフロア長のマックス先輩とか最上級生の見習いだった人達がお昼にいますから大丈夫ですよ」


 ツーンとそっぽ向いて反抗する、この二人に毎日構われたらヨシュア先輩に絡まれるのと同じくらい疲れるので遠慮したい。


「今やってる運び出しが終わったら、今度は外部からの運び込みが始まるから暫くは寮内がバタつくなと思って見てただけですので」


 背けていた顔を先輩達の方に戻すと二人は目の前の移動していた、こんなところで気配を断つ身体能力を発揮しなくていいと思う。


「クラウスは素直じゃないな~」


 言いながら俺の右頬を摘むクルト先輩。


「本当は構って欲しいんだろ~? 正直に言えよ~」


 今度はヨハン先輩が俺の左頬を摘む。


「俺はいつでも素直で正直だと思いますが?」


 軽く摘まれてるだけなので普通に話せる、俺の頬が伸びやすいからっていう事も理由の一つかもしれないが。

 不服の意を込めて二人を下から睨むと、ジワリジワリと指先に力を込める二人。


「さ、素直になっていいんだぞ?」


 我儘を言っている子供をあやす様な微笑みを浮かべながら段々指先に力を込めて横に引っ張り始めるクルト先輩。

 それに合わせる様に反対の頬も引っ張られていく、この二人は魂が双子なのかと思う程息ぴったりだ。


「本当は構って欲しいんだろ?」


 手を引き剥がしたいが力じゃ敵わないし、このまま引っ張られたら泣きそうに痛い。

 何て大人げない人達なんだ!

 痛みで目が開けていられない程に抓って引っ張られている。


「くぁふぁってくだふぁい!(構って下さい)」


 俺は暴力に屈した…。

 言った瞬間両頬から手が離れ、すぐに自分の両手で頬をガードして涙が浮かぶ目で睨みながら後ずさる。


 やり過ぎた、そんな心の声が聞こえる様な引きつった笑みを見せる二人。


「悪かったよ、泣くなクラウス」


 瞬きをした時にポロリと涙が溢れ、頬と指を濡らす様子に眉尻を下げて謝るクルト先輩。

 このまま泣いて周りから冷たい目を向けられる様に仕向けるか、逃げるか、許すべきかとジンジン痛む頬を押さえながら考えを巡らせる。


「もうしないから泣かないでくれよ」


 答えず睨んだままの俺に、そう言って手を伸ばすヨハン先輩。

 反射的に身体を反らせて手を避けてしまったので戦略的撤退と心の中で言い訳しながら部屋へと駆け出した。


 後方で責任を押し付け合う二人の言い合いが聞こえたが気にしたら負けだ。 

 あの二人は鋼メンタル…いや、柳メンタルと言って良い程受け流してしまうだろう。

 きっと明日にはケロッとして話しかけて来るとこれまでの経験上予想できるので、せめて数分くらいは反省して欲しい。


 部屋に入る前に治癒魔法で熱を持った頬を癒し、部屋に入るとサミュエル先輩がベッドにうつ伏せに寝転んで本を読んでいた。

 面白い内容なのだろう、尻尾がゆらりゆらりと機嫌良さげに揺れている。


 この一年でお互い余計な気を使わずに過ごせる様になり、寮の外へ出掛けたり帰って来た時以外は部屋を出入りしても声を掛けない事が多くなった。

 揺れる尻尾を捕まえたい衝動を抑え、机に向かってブリジット姉様から届いた手紙を読み返す。


 赤ちゃんの名前がアメリアに決まった事を報せる手紙だ、ついでにブリジット姉様が引くくらいクロージク伯爵が円座を絶賛しているとの報告も書いてあった。 

 痔主さんだったのか…。

 アメリアの様子が書かれている部分を読み返してアメリアの姿を思い出し、笑みが溢れる。


 さっきまで先輩達のせいで荒んでいた気分が癒される思いだ。

 あと一年はお昼も共に過ごす先輩達なので何とか対策を考えないといけないな…。

 一番良いのは俺の背が早く大きくなる事だが、あの二人に追いつくのはまだまだ先だろう。


 心なしかアルフレートと目線が離れてる気がする、ライナーとは同じくらいのスピードで成長しているのか目線は変わらないのに。

 一年共に殆どの時間を過ごした二人が学校へ行くのは寂しいが、その間に剣に火魔法を纏わせるという技を完成させたい。


 この前アルバン訓練官と二人になった時に寂しくなるとつい零してしまったら、新技を覚えて入学して二人を驚かせてはどうかと提案してくれた。

 これはマンツーマンで教えられるからこそできる事だと言って励ましてくれた。


 翌週には荷物を運び入れる人達が昼間に出入りしている様だった、昼休憩では埃が立つので人の出入りは無い為、直接顔は合わせてないが。

 俺の時は使用人が運んでくれたので自分では運んでないが、ランニング中にチラリと廊下に居る子供の姿を見たので新入団員だろう。


 非番の騎士とすれ違う時に凄く緊張しているのが見てわかり、思わず笑ってしまった。

 俺も去年の入団式ではあんな顔をしていたのだろう、先輩として優しく接してあげようと思う。


 その前に年下だからと舐められたらおしまいなので、まずは実力を付けなくてはならない。

 その為にもまずは基礎体力をつけなければならないと、地面を蹴る足に力を込める。



 翌月、アルフレート達の報告により、俺達が一年間やっていた訓練はとてもハードだった様で、二人はチート扱いされたらしい。

 そのお陰で俺も先輩としての面目が保たれたので、あと一年アルバン訓練官に全力でついて行こうと心に決めた。



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【完結】転生騎士見習いの生活 酒本アズサ @azusa_s

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