醜い制度の子
深恵 遊子
第1話
醜悪さは病である。そういうことになったのだ。
醜悪な顔や常人からは外れてしまった肢体はいつからか身体障害として世界的に保障がなされるように至るまで大きく捉えられている。
「相手に不快感を与える容姿はコミュニケーションにおいて不利益を与えるからだ」と偉い学者は語った。
実際、その通りなのだろう。
例えば、入社のために面接試験を行う企業があったとしよう。君はその企業の人事担当だ。数々の試験を経て二人の男のうち一人を採用したいとなるんだ。この時、両者の能力は一長一短でスコアとしては甲乙付けがたく、選択は非常に難しく実際に会って話すこととなる。
一方の男はにこやかに笑う好青年。鼻筋が通り、薄い脣に、肌は白く透き通るよう。薄幸の、と枕詞を付けたくなるほどの美貌とは裏腹に腕や首筋にはしっかりと筋肉がついている。完成された美。君の視線は一瞬彼に奪われてしまうほどだ。
他方の男は仏頂面の無愛想な青年。度の強い眼鏡で顔の中、目の大きさのバランスだけが崩れて異星人のよう。眼鏡のかかる鼻は潰れたように低く、口を開くたびに乱杭歯が覗くのだ。ニキビを潰した後や肌荒れは目立ち、全体的にひょろひょろと長く筋肉は皆無。まるで骨と皮だけで継いだ人形にも見えてしまう。
この二人が面接会場にきた場合、君はおそらく後者の男を採用することはないだろう。
反論があるかもしれないがまずは話を聞いてほしい。
人が何か二つのものを選択する時、一般的には脳が「快」を感じる方を取り入れ、「不快」を感じる方を排除しようと選択する。
これは前頭眼窩野に選択肢の審美を行う部分があることに起因する。これが活動する時に刺激が「快」ならば報酬系が活動し、「不快」ならば大脳辺縁系の扁桃体が活動するしているからなのである。
ここでいう不快感とは恐怖などと同様に体への防御反応を促す脳への刺激の一種だ。
そこに理性などは関係ない。不快だと思った男を自らから遠ざけるために美男を君は採用することとなる。
君は後付けの理由である「彼の方が身なりがきちんと整えられていて自己管理ができる好印象を持った」という一文に納得して疑問に思うことすらないだろう。
私はそんなことしないという人々も多数いるのだろうが重ね重ね理性は関係ないのである。それはあまりに自動的だ。無意識に選択する時我々の脳は強く働きすぎてしまう。
こんなのが真に平等と言えるだろうか。能力は少しも違わず、たかが見た目の優劣だけで無意識といえどハンデを負わされているわけなのだ。
それに対して「否だ」と声高々に訴えた人々がいた。
彼らは「醜悪な容姿とは社会的に保障すべき障害である」と世界的な公衆衛生などに関係する機関へと働きかけて、
ついにはそれを成し遂げた。
——その結果がこれだから笑えないな。
私は施設で暮らす家畜を見て苛立つ。私の目の前には肥え太り醜悪さを隠さなくなった巨漢の男たちがのしのしと歩いている。
仕事もせずに金をもらい怠惰と快楽の限りを尽くした挙げ句の果てにこれだ。手に負えん。
世界的に人々は脳チップの着用が義務付けられた。
前頭眼窩野と大脳辺縁系の活動を常にデータとして残し、脳チップに含まれているGPSの位置情報などから「醜悪だ」と思われた人間を割り出すのだ。
その後、「醜悪」な人間の能力スコアを参照し、周囲に与えた「嫌悪感」などの統計データから将来的な損失を割り出してこれを国家が補償するのである。
補償の内容は様々だ。
軽微な損失だとされる場合には「醜悪さを改善するための見舞金」が申請によって得ることができるようになるし、中程度なら公務員に専用の応募ができるようになったりもする。
だが、一番はきっとこの施設だ。
正式名称、醜形身体障害者職務補助施設。この施設こそが彼ら最大の特権だ。
ここは社会的に受け入れられないほどの醜悪な見た目を持つがその能力は著しく高いと分析によって認定された人間のみが受け入れられる場所である。
基本的にこの場所では醜形身体障害者は何をしても許される。何もせずに金を湯水のように使ってもいいし、趣味に傾倒したって構わない。もちろん、こちらから依頼している仕事をこなしてもらうというのも一つの手だ。
要するに能力だけは非常に優秀だが人になることができなかった者を集めて飼い殺す"家畜小屋"というわけだ。
私はそんな施設で職務を行なうしがない公務員である。彼らの生活を補助し、管理することが私の仕事なのだ。
「吉本さん、依頼されてたプログラム納品しました。保守点検の引き継ぎも終わってます」
「高山さん、ご苦労様です。企業から連絡は来ていますのでスコアには反映させてあります」
「はい、ありがとうございます」
「……これは差別ではなく、純粋な疑問として質問してもよろしいでしょうか?」
キョトンとして高山はひょろひょろガリガリの首を斜め曲げる。その顔にはあばたが浮かびいかにも骨のようだ。
「どうかされましたか」
「高山さんは入所当時から施設の依頼を自発的にこなして全て独力で完遂させています。これだけの能力が有れば容姿など関係なく引く手数多なのでは?」
「ははは、そうですね。出身の大学が有名なのもあって当初は大企業に就職もできてました。ある程度業績を積んだら調子に乗って起業し社長になったこともありましたか」
まあ、失敗だったわけですが。
そう溢した彼は浅く笑う。
「社長業を続けていくうちに私のところに国からの見舞金が届いたんです。その金額はどんどん膨れ上がりやがては会社での社長としての報酬を全部返納したって社長としての見栄えを損なわない程度に大きな支援をもらえたんです。ああ、今でも覚えていますよ」
そう言って目を細める高山さんは少し悲しげに口を曲げた。
その一方で私はハッとした。
この施設で職員が入所者の過去を聞くのはご法度に近い。それが差別につながることと入所者のトラウマを刺激することにつながるからだ。
今、私は高山さんの嫌な過去を刺激している。本来ならば今すぐ謝罪して聞くのをやめるべきなのだろうが私にはできなかった。
「ある日ね。社員に言われるわけですよ。『社長、他社の社長たちとの会食に参加せずどうか会長として後ろでどっしり構えてください』ってね。私は私の会社が私の全てだったわけです。それが他人の手で崩れていくのが嫌でした。もちろん、それを拒否したんですよ。その結果が次の取締役会でしてね。その日いきなり私は取締役社長を解任され、無職になってしまうんです」
から笑いをして彼は私の顔を眺めた。私を通して私以外の誰かを見つめるような眼だった。
「取引先から会社に私のスコア調査書が届いたそうですよ。私は取引先の間では『どこかで不正をしているのでは』と評判だったそうです。つまり、私の醜悪な容姿が会社に不利益を与えていたと認定されたわけです。私の業績を検討した上でお互いに信用をして取引していただいていると思っていましたからね。とてもショックでした」
「だから、そのままこの施設に?」
「いえ、その後は私財と退職金を新たに昔の仲間とベンチャーを立ち上げました。こちらは信用を得られず失敗です。確か、どこぞの企業に事業ごと買い取ってもらって損失を補填したんでしたか」
壮絶な人生を歩んできたというわけだ。普段は事務的な話しか聞かないから想像もつかない世界だ。
「そして、職もなく無一文になった私は国の誘いもあってこの施設に入ったわけです。吉本さんは驚いておられるようですが、この施設にはそういう人はたくさんいるんですよ。一部そのせいで『自分は今まで辛い思いをしていたんだから何をしてもいい』と勘違いをする者もいるようですがね」
遠くの方に職員の女性の腕を無理やりに掴んで自室に連れ込もうとする巨漢の男がいる。
「彼は、」
「松井さんですね。入所時から依頼は拒否して女性に無理やり性交渉を迫ったり、施設職員に対して暴力や暴言などを日常的に行っています。前職は有名企業の営業職です」
「そうかい。それで彼はどれだけスコアを使い込んでいるんだい」
私は努めて無表情を作る。
どこからその話を仕入れたやら。報告書に記入すべきことが増えてしまった。
「そうか。やっぱり彼はもう使い切りそうなんだね。表情を堅くせずとも入所者の一部を除いてみんな知っていることだよ。私たち入所者はスコアによって管理がされている。社会にプラスになるような行動を行えばスコアが加算されていき、使用した施設、物、職員に対する言動によってスコアが消費されていく。何をしたか何をやらかしたのか。それらを監視するためにありとあらゆる場所に監視カメラが設置されているんだろう?」
「…………」
言葉にはしなかった。
その通りだった。
私たちはスコアによって彼らを管理している。それと同時に私たちも管理されていた。施設職員だが施設の備品として扱われているのだ。施設内で起きる全てのことは労災とみなされ被害に応じて見舞金は送られるが入居者に何をされても何を言われても言い返すこともやり返すことも、法的制裁を訴えることもできない。
代わりに私たちに被害を与えた入所者はスコアを減らされる。被害の具合に応じてその大きさは変わるが、
「いいからいうことを聞けッ! 俺は入所者だぞ!!」
「きゃあああっ!!?」
「ああ、あれはもうダメそうだ」
それが刑法として記されているような行為であれば大幅にスコアへとマイナスの影響与える。
限度を超えれば、特権だって剥奪される。
バラバラと音を立てて筋肉で屈強な男たちが走り込んでくる。彼らは警備職員として雇われた者たちだ。
「入所者番号三〇四五六二。ただちに職員を放しなさい」
「うるせえ! お前らも俺に歯向うつもりか!」
「元入所者の反抗を確認した。これより鎮圧にかかる」
そう言ってテーザー銃を入所者、いや、元入所者に向ける警備職員。
その周りでは屠殺される豚を見る眼を入所者や職員がむけている。
「これから彼はどうなるのですか?」
「入所者ではなくなります」
「そして、それから?」
それから。
私は職務上知っているが、彼にそれを話すことはない。
「すみません、職務規定上の問題でお話できません」
「そうかい。なんとなく予想はできるけどね」
「そうですか?」
「私の実家は競技馬を育てているんだよ。その時、能力が低かったり気性が荒すぎてどうしようもない
去勢してしまうんだよ。
その言葉に私は納得する。確かに彼の結末は去勢に近い。
「高山さん、今日は貴重なお話をありがとうございました」
「いやいや、おっさんの昔語りを聞くことはきつい業務だ」
「仕方ありませんよ。仕事ですから」
「ありがとう。そういえば、以前から気になっていたんだが君は私のことを嫌な目で見てこないんだね」
それはそうだ。
思っていても私はそれをおくびにも出さない。
「職務ですから」
そう言って私は完璧な笑顔を作る。
笑うと綺麗なように造形されているのだから当然のように私の笑顔は綺麗なのだろう。
思考は脳チップによって制御されている。彼らを見ても「これが一般的に醜い顔なのだろう」ということは理解できるが実感はない。
「そうかい。じゃあ、またよろしく頼むよ」
高山さんが私から離れると、私の端末にメールが入った。
メールの件名には『新人職員(警備職)研修実施について』と書かれていた
私は美しく完璧な制度の結果を見て、薄く笑った。
醜い制度の子 深恵 遊子 @toubun76
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