わがままな痛み

宇佐美真里

わがままな痛み

仕事からやっと帰って来て…一息。

今日はチョット疲れた。長い1日だった。

もう夜の12時間際。新たな日の足音が近づいている。

ボクは電話のメモリーを探し、短縮ダイヤルで電話をかける…。


プルルルル…プルルルル…。


「もしもし…」

「あっ!オレ…寝てた?」

「ううん。寝てない…今日は遅かったね…」

カノジョへの電話だ。

これがボクの最後のデイリーワーク。

ワークと言っても、嬉しいワーク。


仕事が終わり帰宅して、

風呂に浸かって、一息ついて寝る前に、ビール片手に、

電話越しのカノジョの声で…1日を終える。

今日は遅いので、帰宅直後の電話だ。


「今日はさぁ…」毎日の電話。

大したコトは話していない。

大抵はお互いの仕事で今日起きた、つまらない話。

下らない、同僚の笑い話をしているだけだ。

それでも…毎日互いの声を聞くだけで、気分はガラッと変る。

そんなカノジョの…魔法の声。


「でね?そしたらさ?そいつ、何て言ったと思う???」

ボクは今日も、同僚のドジ話をカノジョに語っていた。

「うん…」

「何て言ったと思う?笑っちゃうンだぜ?!」

「うん…」

受話器の向こうの声は、どことなく上の空で元気がない…。

「どうした?元気ないネ?具合でも悪いの???」

途端に、ボクは心配になる。

表情が見えない…それだけに声の調子ひとつで不安になる。

そんなカノジョの…魔法の声。


「うん…。チョット歯が痛いの…」

歯が痛いだけか…。ボクは、ほっとする。

そんな風に思ってしまう自分が、嫌になる。

「あ、でも大丈夫。痛み止めの薬を飲んだから…。

 何か面白い話してヨ…。もう少ししたら薬が効くと思う」

「大丈夫?今日はもう切るよ…電話。明日にしよう…」

「大丈夫。で、そのヒト何て言ったの?」

少し心配だけれど、カノジョがそう言うのなら、もう少し…。

「で、そいつさぁ…」

と話を続ける。

ボクの声に、果たして魔法の力はあるだろうか?


「……だってさ?!おかしいだろ?コイツ。

 いつもそんな調子なンだよ…」

「うん…。おかしいネ…フフフ。だんだん効いてきたヨ…」

カノジョは言った。

もうかれこれ30分は電話は続いている。

効いてきたのは、薬?それともボクの魔法?


「そうか!よかったネ。痛くなくなってきた?

 じゃあ、痛くないうちに寝ちゃった方がいいよ…。

 また明日電話する…」

勿論、時計は頂点を越え、右に傾きしばらく経つ。

次の新しい日がやって来た。

ボクは、カノジョの歯の痛みを気にしつつ言った。

カノジョは、少しだけ元気な声で言う…。


「元気になってきたのに、もう電話切っちゃうの?

 冷たいネ…。痛みはもう治まってきたのに…」



いや…。カノジョが「わがまま」なンじゃない。

そう…。歯の痛みが「わがまま」なンだ…。

いや…。カノジョは決して「わがまま」じゃない…。

そう…。カノジョは悪くない…悪くない…。



-了-

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