最終話 世界は貴方たちを祝福している

 蒸し暑い気候に眼を瞑れば、わたしは日本での生活に信じられないくらい順応していた。

 これも日常的に家族と日本語を交わしていたおかげだろうか。

 言葉の壁が無いことはとても大きい。

 まあ、この国に馴染んだ何よりの理由は……隣人であるしずくがいたおかげかもしれない。


「――シズクと莉子りこちゃんならレティと呼んでいいわよ」

「ありがとう。レティ……でも、知らなかったとはいえ、愛称で呼んじゃってごめんね」

「だから、良いってば」


 結局のところ、自分の愛称を2人に呼ばせることにした。

 最初に訂正しなかったわたしも悪かったこともある。

 ……雫にレティと呼ばれるたび、普段家族に呼ばれる時とは違った心地よさがあったこともある。


(……自分でも単純だよなぁ)


 に愛称を呼ばれるだけで、新生活による不安なんてちっとも浮かび上がることは無かった。

 まあ、まだ日本に来て1週間だ。

 明日には学校も始まるし、これから異国のギャップに辟易する可能性もある。

 ただ、現にこうしてわたしは日本という国を楽しんでいたのだが……新生活の中で1つ驚いたことがある。


 それは今までウリウリがほぼ毎日と雫たちと夕食を共にしていたという話を知ったことだ。

 詳しい話を聞くと、どうやらウリウリが日本に来た1年半前から音無おとなし家に厄介になっていたそうだ。

 それから音無のおじさん、おばさんがパパの会社で働くために、雫と莉子ちゃんが隣の部屋に引っ越してきた後もウリウリは彼らと食事を共にしていたらしい。

 らしいと言うが、今晩の女子会とやらを除き、実際この1週間ずっと彼の家でわたしたちはごはんを食べたのだ。

 しかも、毎日と2人して仲良くキッチンに立って、だ。


「むぅ……」

「レティ、どうかしました?」


 今回の草野球をきっかけに知り合った菊佳きっか主催のパーティーから帰宅後、リビングで2人くつろいでいた時のことだ。

 ふと雫に笑いかけながらキッチンに立つウリウリの姿を思い出し、わたしは意を決して聞いてみることにした。 


「……ウリウリって、雫のこと好き?」

「なっ!? わ、私が雫を……っ!?」


 ウリウリはわかりやすく驚いた後、


「…………」

「…………」


 長い長い沈黙の果てに顔を真っ赤にして頷いた。


「…………はい。私は……雫のことが好きです……」

「理由を聞いても……?」


 一時は躊躇を見せた。

 けれど、ウリウリは話してくれた。


「理由と言われても……この1年半、彼と交流を重ねていくことで惹かれていったのだと思います」

「……ん」

「でも、多分……彼に悩みを打ち明けたことが一番大きかったのかもしれません。……本当なら誰にも話すつもりはなかった。でも、彼になら聞いてもらってもって……そうして、私は……」


 わたしにすら打ち明けてくれないウリウリの悩みを雫は知っている。

 その悩みとは?

 聞いたところでウリウリはきっと答えてくれないだろう。

 今のウリウリの表情はとても安らいでいた。


「へ、へえ……そうなんだー!」


 逆に今のわたしはぎこちない作り笑顔を浮かべるのが精いっぱい。

 それ以上は自分で話を振った癖に気まずさを覚えて「あ、明日の準備をしないと!」と何かと言い訳をつけて自室へ引っ込んでしまった。


「れ、レティっ!? ……はい。おやすみ、なさい」

「おやすみ、ウリウリ!」


 明日の準備なんてとっくに出来ていると言うのに……。


「はぁ……」


 その後、るいと2人で使うダブルベッドにひとり寂しく寝っ転がりながら、視界を遮るように腕を瞼の上に押し付けた。


「……どうしよう」


 ウリウリが雫のことを好きだと言った。

 一度は応援しよう、なんて思ったのに。


「だって、わたしも雫に――」


 いや、そんなことない。

 わたしには既に


「こんなの気の迷いよ……」


 彼とはまだ知り合って1週間の間柄だ。

 1年半の付き合いがあるウリウリと違って関係の浅いと雫に惹かれるなんて、間違い以外の何ものでもない。

 では、どうして彼のことがこんなにも気になるかと言うと……。


「……そうだ。そうに違いない」


 わたしはきっと彼の容姿に惹かれてしまっただけ。

 雫は男性でありながら誰もが目を惹く美人だ。

 だから、わたしは女性的な雫のそういった外見に……。


「……違う。わたし、一度だって雫のこと、女として見てない……」 


 最初に出会った時も、わたしは雫を男として認識して見ていた。

 自分一人だけのこの場で自分を偽る必要はない――私は雫の外見で惹かれた訳じゃない。

 では、何故わたしは彼に惹かれているのだろう――。


「ルイ……早く会いたいよ。わたし、あんた以外の人を好きになっちゃうよ」


 こんな時に限って最愛のひとは空の上。

 連絡は取れない。





 空港に到着し、電車を乗り継ぎ、最終的にこの町に到着したのはお昼を大きく過ぎた頃だ。

 その町はとある少女ととある少年が生前に住んでいた場所だった。

 良いことも悪いことも、この町のことはその少女を通して全てぼくの中に刻まれている。

 2人の生まれ故郷にやっとたどり着いたことにはしゃいでしまうが、やっぱり今日と言う日に3人で初めての登校をしたかったという無念もある。


「やあ、キミがウリアの妹さんだね」

「……えっ!? アニ――っ!」


 彼女の記憶とお母さんから伝えられた住所を頼りに向かった先、そこには思わぬ人物たちが出迎えてくれた。


(アニスだ! リターにフィディまでいる!)


 懐かしの面々を前に、思わずぼくは彼らに抱きつきたくなった。


。僕の名前はアニス・リーン。ルイ、君と会えて僕は嬉しいよ」

「は……はい。ぼくも、です……!」


 けれど、今の彼らとは初対面である。

 このめぐり合わせがの仕業によるものだとしても、毎回昔の知り合いに会って、ぼくだけが昔のことを覚えていることがとても寂しかった。


「よ、よろしく、お願いします……っ!」


 差し出された右手にぼくは恐る恐ると手を伸ばして握手を交わした。

 緊張していると思われたのだろうか。

 そんな余所余所しい態度を見計らってか、アニスはにっこりと笑ってきた。


「初対面だからって、そんな硬くならないでくれ――以前の君はもっと馴れ馴れしかったくらいだよ」

「え……?」


 ぽかん、とその発言に驚いているぼくにアニスはくつくつと笑って、後ろにいる2人に聞こえないような小声で続けた。


「実は僕、いわゆる転生者ってやつでさ。生前は君と僕は前世では友人だった――そして、実は一度プロポーズを断られている」

「え、え?」

「ははっ、冗談さ――さて、どうだい? 少しはほぐれた――」

「……っ!」


 今度こそぼくはアニスに飛び掛かるように抱きついた。

 彼の背後で2人が悲鳴の声を上げたが、この場に限っては目を瞑ってもらおうと思う。


「お、おい。ルイ――」

「『……けどね。ぼくのここが、それとは違うって言うんだ』」

「……へ? それって――」


 抱擁を外した後、今度は逆に驚いているアニスに向かってにんまりと泣きそうになりながらぼくは笑いかけた。


「アニス、!」

「まさか、ルイ!? 君は――覚えているのかい!?」

「ああ、アニス! まさか君まで前世の記憶があるなんて思わなかった!」

「僕の方こそ驚いたよ! 数少ない全記憶保持者フルリメインがルイだなんて信じられない!」 


 ……さて、感動の再会もひとまず中断。

 さっきから事情を知らず不満を募らせた2人にもぼくは再開のあいさつ代わりに抱きついてしまった。


「リター、フィディ! ぼく、ぼく、2人にも会いたかったよ!」


 ただ残念なことにアニスと違って2人は何も覚えてはいない。

 現在ではリアとフィーと言う名前だそうだ。

 でも、本質は昔も今も同じみたい。


「ふーん、彼女の口ぶりからして、本当にあたしたち前世も恋仲だったのね」

「……私もてっきりアニスの妄言かと思っていましたよ」


 そんなことを言いながら、昔と同じく2人はアニスにデレデレみたいだ。

 むしろ運命的だとか言って、今以上に感情をたぎらせているみたいでもある。


るい・リウリーです! 前世では……まあ、アニスに一度プロポーズされたけど、断ったことがある間柄です!」

「「……はぁっ!?」」


 アニスだってぼくをからかおうとしたんだ。なら、ぼくだってこれくらいやりかえしてもいいでしょ。

 ふたりはきょとんとした後、どういうことだとアニスに問い詰めていた。

 生前の2人からの同意もあったことは今だけは秘密にしておこう。


「は、はは……ま、まあ、今の話の弁明も含め、募る話は後にしよう。……送って行くよ」

「送るって?」


 ぼくとしてはこのままアニスたちと話をしていてもいいと思った。

 久しぶりに見た髪を払いのける仕草をしながら、アニスはくいっと親指を1台の軽自動車へと向ける。

 名前はわからないけど真っ赤なレトロ車だ。


「今、キミは僕らよりも会いたい人物がいるはずだ――そうだろ?」

「それって……うんっ!!」


 アニスは今も昔も、いつだって頼りになる!





 9月1日。

 登校日を迎え、長期休暇の尾を引いた気だるさと戦いながらどうにか放課後を迎えた。


『よぉ、しずく! 2学期が始まっても男装してんだな! ま、オレはお前の相手をしてるほど暇じゃねえんだ……たくっ、りく! チンタラしてんな! さっさと道場に行くぞ!』

『し、雫……助け……ぐぇっ……じゃ、じゃあまた明日ぁ!』


 毎度の減らず口を携えご機嫌な菊佳きっかちゃんと、ネクタイをリード代わりに引っ張られる陸と別れたのも20分ほど前。


「……はあ」


 とろけるような暑さにため息が止まらない。

 遠くのグラウンドから野球部と思しき活気が耳に届く。

 今年の我が高校の成績は3回戦敗退。

 万年初戦敗退校だから今年はかなり善戦した方だろう。


「……昨日は僕らも負けちゃったなぁ」


 野球に思入れなんてものはない。

 でも、毎朝彼らの活動を目に、耳にするたび心がざわつかせる。

 首に絞めたネクタイを緩め、昇降口の入口で壁に寄りかかって野球部の様子を耳で探っているところで、ようやく待ち人が姿を見せた。

 

「雫、お待たせしました」

「ウリアさん」


 呼ばれて顔を上げると、そこにはリウリー姉妹がいた。

 照れ臭そうにウリアさんがはにかむ傍ら、こちらに小さく手を上げるレティは現在は誰かと通話中のようだ。


「雫すみません。今レティはもうひとりの妹と電話中で」

「ああ、今日来るって言っていた……お構いなく」


 そう言いながら僕はつい明後日の方向を向いてしまう。

 それと言うのも今朝から僕は2人とうまく顔が合わせらずにいた。

 これも昨日陸に発破をかけられた影響だろうか。


「……へ? ルイ、あんたこっちに向かってるの? 何それ、ちょっと詳しく――たくっ」


 レティは肩をすくめて「なんか、ルイが学校に来るって」とウリアさんに伝えた後、あらためて彼女は僕へ向かって「お待たせ」と声を掛けてきた。


「2人とも先に帰ってもよかったのに……えっと、待ってくれてありがとうね」

「ううん。気にしないで」


 帰る場所が同じこともあって、前々からウリアさんとは2人でちょくちょく帰っていたこともある。

 そこにレティが増えただけで何ら変わることなんてない――昨日までの僕の心境を除けば。

 陸が見たら「両手に花だな」とか言われそうだけど、どうせ周りの人には女子が3人並んでいるように見られているだろう。


いたいたÉtalis! レイRaiいたよétalis!」

なんだよQue faiteceレイRai! 本当に別の学校だったのかC'era une scuole differnteよ!」

「え、チャカちゃん!? ライくん!? ギオお兄さんにシンシアちゃんまで!?」


 そうして、照れ臭さを隠しながら3人で校門を抜けた先――何やら聞き慣れない言葉で大声を上げる4人がいた。

 レティの反応からして知り合いのようだけど……。


驚いてるSurpris! やったね、レイが驚いてるVhos l'atto Rai surprisよ! お兄ちゃGhioん!」

へへんHee、実は俺たちも2人を追って留学してきたんだen relta navos studier al'etrange nos duewぜ!」

Hei、学校は別だけどune scuole differnteね。それでTourtantも、こうしてサプライズには成功したかdes sorpriese de cettso mocon御の字ってところかnous pense qua una lettraな?」

「私はライくんが行くって聞かないかNom ne'ententio cha Rye sa vandamら……仕方なく日本に来ただけだもViena venuir au Japonん!」

 

 金髪のツンツン頭の男子とくせっ毛の赤毛の少女の2人を先頭に4人がレティへと詰め寄る今、下校中の他の生徒の注目を僕らは集めている。


「……あれ、アニス? 日本に戻ってきたの?」

「ええ、そうみたいですね。あれは彼の車……え? 隣にいるのは――」


 おまけにアニスのと思しき赤いミニクーパーが騒ぎになっている校門前に小さなクラクションを残して停車をした。


「ルイ!?」

「……あ、レティ!」


 と、いつもならリアさんかフィーさんが乗っている助手席から、見知らぬ……いや、僕の隣にいるレティと瓜二つな少女が降りてきた。

 レティが呼びかけるとその子はこちらへ向かって小走りで近づいてきた。


「あれが2人の妹……」

「はい、彼女がるい。遅れてきた私たちの妹です」


 レティやウリアさんと同じ色素の薄いプラチナブロンドの髪。

 ほんのりと日焼けした小麦色の肌。

 それから、青々とした夏の空みたいな――顔を合わせた時、彼女のと僕の視線が重なる。


「……あっ!?」


 きょとんと見つめる僕と、はっと目を見開く彼女――。


「…………」


 ――不思議だった。

 彼女の顔を見た時、レティと出会った時と同じ感情が胸の奥からこみ上げてくる。

 どうしようもなく、胸の奥がうずいて仕方ない。


 ――だから、あの時と同じくまた泣きそうになった。


 どうしてこんなに感情を震わせるのか、今の僕には理解できない。

 目の前で僕を見つめる少女も目元にじんわりと涙を浮かべている。

 レティが不思議そうに彼女へ寄り添い、声を掛けても反応はない。

 僕も彼女も、ただただお互いの視線を重ね続けて――。


「――あ、あのっ!」


 普段であれば、僕は自分から女子に声を掛けることなんてしない。

 やはり昨日陸に言われたからだろうか。

 今の僕はどうしたって目の前にいる少女に声を掛けるしかなくて――。



















「 だ い し ゅ き っ ! 」





 ――そう言って彼女は一目散と僕へと体当たりをしてきた。


「ぎゃっ!」


 ウリアさんとレティが驚き戸惑う中、僕は小さな悲鳴と共に突撃をかましてきた彼女を胸に抱えて地面に倒れるしかなかった。

 一体なんだと思いながら顔を上げようとして――。


「――んぐっ!?」


 彼女はヘッドバッドでもする勢いで僕へと頭を叩きつけてきた。

 けれど、彼女が叩きつけてきたのは額ではない。

 

 僕は初対面である2人の妹に押し倒され、キスをされていた。


「ん、ん――――っ!!」

「好き! 好きっ、好き好きっ、好き好き好きっ、好きぃぃぃ!」


 その子は理解できない二文字を唱えながら、ついばむような唇による殴打を僕へと繰り出し続け――はっとした時には、僕は彼女を強く押し返した。

 けれど、彼女と離れたのは唇だけだ。

 ぎゅっと僕の衣服にしがみ付いていた為、彼女はがくりと背をのけ反らすもすぐさま覗き込むみたいに見下ろし、怒鳴るように言ってきた。


「シズク、ぼくずっと君に会いたかった! この16年、君と触れ合える日をどれだけ待ったことか! もう離さない! もう、今度こそ絶対に離れないよ! ぼくとシズクとレティは3人でずっと一緒に居るんだから! シズクがぼくのことを忘れていたって絶対にまたぼくのこと好きにさせるから! これはもう決定事項だからね!」

「ま、まってよ! 僕は、そんなの――」

「待てだって!? !」


 早口でまくし立てる妄言に待ったをかけようとも僕の言葉に彼女を停止させる力はない。

 彼女は止まらない。


「そうだ! いっそ、もう子ども作っちゃおう! きせーじじつっていうやつ? 前はできなかったけど、今のぼくならもう子どもも作れるよ!」

「な、何を言ってっ、子どもを作ろうって……っは、離れろ!」


 今度こそ強く突き飛ばし、僕は尻もちをついた状態でぞぞっと彼女から後退った……ところで、こつん、と背中が何かとぶつかってそれ以上後ろに下がることはなかった。

 一体何が……と見上げると、そこには鬼みたいに顔を真っ赤にしたウリアさんが僕を見下ろしていた。


「し、しずく! 前はできなかったとはどういうことだっ!? い、一体なん、何の話をっ! おまっ、お前だけは信じられると思っていたのに! やはりそこらの発情した男でしかないのか!?」

「う、ウリアさん!?」

「あ、あんたっ! ななな、何わたしのるいに――っ……人の妹に何手を出してんのよ! き、きき、キスっ、キスだけでも許せないのに、こ、こここっ、子作りなんてぇぇぇ!」

「レティ!?」


 続けて僕から引き離すようにその子を抱きしめたレティまで怒鳴りつけられた。

 彼女に続いて2人にも待ってほしい。

 そもそも僕は誰とも関係なんて持ったことない。


「というか、ルイ!? あなたも何言ってるの!? わたしと言うものがありながら――」

「レティ、言ったよね! ぼくらが結婚する為にも日本で旦那さんを見つけるしかないって!」

「え、ちょ! それをこの場で……っ、う、ウリウリ!? ちが、違うのよ! 今のはそのっ!?」 

「は、はあっ!? おふ、おふたりが結婚!? 何を、なな、何を言って!? な、何が違うのでしょうか!? わ、私は、もう何が何がわかりませ……っ、こ、これも全て雫っ、お前のせいか!?」

「な、なんでそうなるんですか、ウリアさん! 僕は被害者だ!」


 無実を訴える最中、僕らの周囲に集まった生徒たちがあれやこれやと騒ぎ出す。

 レティの知り合いだと言う4人も三者三葉とばかりに様々な反応を見せた。

 アニスなんて口笛を吹く真似までしている。


 いつもだったら適当に流す周囲の視線が今に限っては針のむしろとばかりに僕を苛める。

 初対面の女に初めてのキスを奪われ、初対面である彼女に告白され、初対面である泪に僕は僕は、もう気が気でいられない。


「お、お前なんて大っ嫌いだっ!」

「ぼくはシズクが好きで堪らないけどね?」


 そんな子供っぽい罵声を浴びせるが彼女は涼しげな顔をするだけだ。

 それでも、今の僕は威嚇とばかりに彼女を睨みつけるだけだったのだが――泪は仕方ない、とばかりに寂しそうに笑って自分の左手を、ぐっと突き出してくる。

 左手の薬指にはくすんだ年代物の指輪が――僕が今も首から下げているものと同じ指輪がはまっていた。


「シズク、ぼくのことを覚えて無くてもぼくは君が好きだ。今こうして君と出会えたことが何よりも嬉しいよ」

「……っ!」


 彼女のその発言は出会いがしらの連打よりも僕を強く殴りつけた。

 吐き気が込み上げるほどの苛立ちを彼女に覚えるその反面、その子の言う通り、彼女と出会えたことに歓喜している自分がこの場にいる。


 どうして、こんなきもちになるのだろう?


「……僕、僕はお前、お前……になんか会い、会いたかっ……っ!」

「あ、シズク! 待ってよ!」


 今度こそ涙がこぼれかけた。

 けれど、少なからず残っていた男の意地が働いたのか、自分の顔を隠しながら僕は皆から逃げ去るしかなかった――。





 僕がしずくとして生まれてまだ15年。

 今日からるいれい……彼女たちと重ねるその1年は僕と言う人生の中で最も濃密な1年になる――なんて、この時の僕にはまだ知る由もない。

 でも、僕らの話はここでおしまいだ。


 人生で最も長い1年になると誰か言われたとしても、それでも先の未来はまだ何も決まってなんていない。


「ね! シズク、今度こそ3人で最後まで幸せになろっ!」

「さ、3人ってそれってわたしも含まれてるの!?」

「ふ、ふざけるな! 僕はお前なんか大っ嫌いだ!」


 ただ、ここで一先ず僕らの話が終わるとして、誰かがこう言って締めてくれるだろう。





 ――この世界は貴方たちを祝福しています。


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ボクが奴隷でキミが王様で 千里香 @autumnsnow

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