第305話 こんな僕が誰かを好きになるのだろうか?
自分の容姿が嫌いだった。
初対面では必ずと女と見間違わられ、そのたびに男だと訂正する。
この一連の流れが苦痛でしかなった。
……が、これも高校へ進学を果たした今となっては「仕方ない」の一言で片づけられるくらいには慣れた。
けど、これは仕方ないと受け入れただけであって気分は良いものじゃない。
もう諦めも付いている分、自分が女とみられることは我慢できるということだ。
その為、女として見られる以上に自分の容姿が嫌いである一番の理由は両親のどちらとも似ていないことだった。
自分が女と見間違えるのと同等に2人が僕を「息子です」と紹介すると毎回必ずと言って良い程二重の意味で驚かれる。
法事で親戚一同集まった時なんかそれが酒気を帯びた戯言だったとしても、母さんは不貞を働き他所から僕をこしらえたと疑われたことがあった。
これには父さんは激怒し、DNA検査まで行って僕らを自分たちの子供だと証明した。その一件もあって親戚とはほぼ絶縁状態になってしまった。
――女として生まれたとしたら。せめて両親のどちらかに一か所でも似ていれば……。
もしも神様とやらがいるのであれば、一体全体どうしてこんな悪戯を仕掛けたのあろう。
そんな風に迷える少年時代を過ごしたわけだけど、ある日を境に吹っ切れた。
この世界の人たちは僕と言う内面ではなく、
ならいっそ、その期待に答えてやろうと髪を伸ばすことにした。
◎
8月31日。
夏休み最終日である日曜日に僕は幼馴染の
……がっくしとふたり肩を落としてだ。
「あー……負けちまったなぁ……」
「いやあ、盛大に負けたねぇ……」
今日は月に一度ある草野球の日だった。
陸の父であるゴン爺のチームともう1人の幼馴染である
そんなゴン爺のチームに陸と共に僕は代理として参加しているのだが、今回思わぬ相手チームの助っ人を前に敗北の味を知ることになった。
陸は帽子みたいに頭に乗せていたグローブを掴み、高校になってから染めた金髪を撫で上げた。
「なあ、今日はすき焼きだってよ」
「えー…………いや、うん。いいなって思ったけど、夏に食べるものじゃないね」
「だなぁ。けど、冷房の効いた中で鍋物を食うってすっげぇ贅沢だよな」
「だねぇ。そこで大人たちはキンキンに冷えたビールを飲んで……」
「ビールの美味しさはまだわからんが、言われたらなんだか羨ましくなってきたぞ……」
試合後は互いの健闘をたたえ合って両チーム合同での慰労会が講じられる。
一年前までは本来のメンバーである父さんたちがそれに参加していたが、代理だからと未成年の
思わず顔を見合わせ苦笑を浮かべる。
「それにしても、レティがこんなに野球が上手いなんて思わなかったよ」
「
「もう、またおっぱいの話してる。レティの前では絶対にしないでよ!」
今回は相手チームに欠員が出たということで、暇だからと観戦に来てくれたレティが急きょ助っ人として入ったことがそもそもの間違いだった。
捕るわ走るわ打つわ。
今回の試合におけるMVPは間違いなく彼女だ。
「オフクロなんかうちのチームそっちのけで零のこと応援してたぞ……」
「ウリアさんとレティのお母さんって
「はあ……親父は雫たちを可愛がって、オフクロは零たちを可愛がって……本来の息子であるおれを蔑ろにし過ぎじゃないか?」
「……たはは、なんだか悪いね」
陸の言う通りゴン爺は僕や
父親の代理で渋々と言う形でこの1年草野球に参加しているが、これも親切にしてくれたゴン爺の頼みなので断れない。
「菊佳は得意げに莉子たちをさらって女子会だってよ」
「むぅ……菊佳ちゃんの手前、莉子にはいかないでって言えないよ……」
昔から僕ら2人はもうひとりの幼馴染である菊佳ちゃんに頭が上がらない。
菊佳ちゃんは口よりも先に出るタイプで、腕っぷしはそこらの男子じゃ太刀打ちできず、小学生の時はゴリラ番長なんて陰で呼ばれたりもしていた
「……なあ、おれたちいつになったら菊佳から解放されるんだ?」
「さあね。僕はともかく陸は今後もずっと菊佳ちゃんの尻に敷かれ続けるだろうけどさ」
「は、は? な、なんだそれ、どう言う意味だよ?」
「わかってるくせにぃ」
ゴリラ番長菊佳ちゃんに気に入られた僕と陸は今まで何度泣かされてきたかもわからない。
そんな当時の上下関係は同じ高校に上がった今も続いている。
「ま、まあ、菊佳の話はやめて……じゃ、いつも通り今晩も雫の家で飯食わせてくれ」
「いいけど、今うちには碌なもんないよ」
さて、菊佳ちゃんの話はひとまず置いて、陸の家は毎回慰労会で夕飯を済ませてしまう。
その為、草野球の日に限り陸は晩ごはんを自前で用意しなければならない。
それまでは適当に食事を済ませていた陸だったけど、現在うちの両親が海外に出稼ぎに出ていることもあり、1年前から食事を共にすることになった。
ただ、本日我が家にあるものは乾麺のソーメンくらいだ。
今日は莉子と2人で買い物と一緒に夕食は外で済ませようと考えていたこともある。それがこうしてふられちゃったわけだけどね。
渋々とソーメンで承諾を得た後、僕らはまたもがっくしと肩を落として帰路についた。
「あーあ……アニスがいたらたかってたのになあ。あいつに言えばジュースと菓子くらいぽんぽん買ってくれそうだし」
「そんな財布みたいな言い方は良くないよ。あれでも僕の保護者みたいなもんだし……」
アニス・リース。
彼と出会ったのは2年前、僕らが13歳の頃だ。
どうやら彼は前世持ちと言うやつらしく、にわかには信じられない話だが生前僕と陸は彼の唯一無二の親友だった、と言うらしい。
今ではすっかり流暢に話すが、当時はカタコトの日本語と共に恋人だと言うリアさんとフィーさん2人を両腕に抱えながらの登場に、僕も陸も度肝を抜かれたもんだ。
その実態は18歳で立ち上げたファッションブランド『マイン』を数年足らずで世界的に一大流行を巻き起こした起業家である。
彼の功績は『マイン』専属デザイナーであるセリス・マイヤードを発掘したことであるとされるが、それ以外にも手広く行っており、アパレル業界以外でも数多くの業績を残す時の人……だと、本人からまた聞き程度に聞いている。
そんな自称世界的に有名なアニスは僕が住むマンションのオーナーであり、両親が海外へと渡航する際、保護者を請け負い僕と莉子の借りている部屋を無償(いや、正確にはとある契約から譲歩されている)で提供してくれた恩人でもある。
この話は色々と割愛させていただくが、ひと言で言えば次のバイトが来る日が億劫だということである。
「そう言うシズクもあれって言い方をしてるよなあ。って、そーいや、ここ最近アニス見てないけど、何かあったか?」
「なんか帰国してるみたいだよ。僕も詳しくは聞いてないけど国に提出する書類作業が忙しいとかって」
「はぁー、あの兄ちゃんも大変なんだなぁ」
おかげで未だに食い逃げされているアイスを請求できずにいるわけだけど……と、自分が雇われている状態であることを棚に上げ、僕らがこの場にはいないアニスの話をしながら帰路を歩いた。
◎
――その時だ。
「こんにちは」
いつの間にそこにいたのだろう。
「……? えっと、こんにちは?」
ふと、目の前に真っ黒な雨カッパみたいな外包に身を包んだ少女がいた。
中学一年生である妹の
正午を過ぎたとはいえこんな真夏の炎天下で喪服の様な恰好をしていることもあって、何か神秘的な存在にすら思えてしまう。
「ねえ、ワタクシとゲームをしましょう?」
「……ゲーム?」
彼女はその真っ黒な目を僕に向けて微笑んできた。
聞き返すと彼女はこくんと小さく頷いて続けた。
「――明日9月1日から来年の8月31日。それまでにシズクが彼女たちと恋に落ちればワタクシの勝ち。けれど、貴方が頑なに彼女たちを受け入れなければワタクシの負けとなります」
「……僕が、彼女たちと恋に? その彼女って――」
「当然、他のプレイヤーたちは貴方たちの恋路を邪魔しますわ。けれど安心してくださいまし。今回の、そして最後となるこのゲームの親はワタクシです。無粋なやり口は徹底的に禁止しております」
「……いや、だから話が見えない」
「これも全ては貴方たちの結末を見届けたいがため。貴方たちは思う存分その想いを育んでください。この国には本来廃止された重婚制度すら残して上げましたし……ここまでお膳立てしてあげたのだから、今度こそワタクシを勝たせてくださいませ……ワタクシの愛しいシズク」
「……っ!?」
彼女はつま先立ちで僕の頬を撫でた。
「貴方たちの選ぶ結末に幸あれ。この世界は――……」
◎
最後の言葉を聞きとる前に――はっと気が付いた瞬間、周囲の喧騒が耳に届いた。
「……い、雫。どうした? おーい?」
「え……あ、れ? 陸?」
「そうだぞ? 陸さんだぞ?」
時間はものの数秒だが、その間まるでマネキンの様に僕は固まっていたそうだ。
もう先ほどの“黒い少女”はどこにもいない。
白昼夢だろうか。
(僕が、恋をする? 莉子以外の女なんてどうだっていいと思ってる僕が?)
どうやら夏の熱気にやられたらしい。
この僕が誰かと恋に落ちるなんてそんなのありえないのに――。
「なんか、夢を見たみたい」
「うわ……雫大丈夫か?」
「かなりやばいかも。だってその夢は明日からの1年の間に僕に恋をしろって言うんだよ?」
陸には今見た“夢”について笑い飛ばしてもらうつもりで説明を行った。
現に僕は嘲笑うようにそれを口にし、一蹴して終わりにするつもりだった。
「なあ、雫」
「……何?」
「お前がその容姿のせいで女子を敬遠しているのはおれもよくわかってる。けど……」
陸にも冗談半分で笑い飛ばしてほしかった。
そして「本当に大丈夫かよ?」と心配されて、あっけらかんと「いやぁ、駄目っぽい」なんて笑って返すつもりだった。
「……人を好きになることを恐れるなよ」
なのに、予想外の返答に僕は思わずたじろいでしまった。
いつもの八重歯を見せてにたにたと笑う彼はそこにはいない。
今、この場には昔から容姿をからかってきたやつから僕を庇ってくれた親友がいた。
「……」
これには僕だって真摯に陸へと答えないといけない。
「……こんな僕でも男として好きになってくれる人ができるかな?」
「こんなじゃないだろ! おれの自慢の親友だぞ! 当然、出来るったら!」
「ぷっ……陸ったら、さっきから照れ臭いことばかりだ」
「はは、だな!」
2人して夏の暑さにやられたのだろう。
結局その日は僕の家で陸と2人、今の出来事なんてすっかり忘れて侘しくソーメンをすすって夏休み最終日を終えた。
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