第76話 故郷の味

「できた! これが白米だ!」


 皆でじんがらと杵と臼を使って、精米作業をすること数時間。


 ようやく全ての糠と胚がとれ、玄米は白米へと生まれ変わった。


「おお! ハシラの言っていた通り、本当に白い粒となったな!」


「雑穀の中にこのような綺麗な粒があるとは思いませんでした」


 稲のすっかりとした変わり果てた姿に魔王とクレアも感動しているようだった。


「こうして見ると、家畜の餌っていう風にはとても見えないわね」


「我らが苦労して手をかけたのだ! 家畜の餌になどしてやるものか!」


 手の平の上に白米を乗せながら呟くリーディアと、それを聞いて憤然とする魔王。


 作業をする前までは「家畜の餌にどうしてそこまで手間をかけるのか」と疑問を呈していた魔王であるが作業をすると変わるもんだ。


「それもそうね。ここまで苦労したんだし」


「こいつらはどれだけ美味しくなったのだろうなぁ?」


「言っておくけど肉や魚のような派手な味じゃないからね。位置づけ的には一般的な主食のパンや、ここでいうモチモチの実みたいなものだから」


「そうなのか?」


 食べて露骨にガッカリとされても困るので早めに釘を刺しておく。


 お米は確かに美味しいけど、肉や魚のように単体ですごく美味しいと感じる派手な味はしていない。


 勿論、美味しいお米は単体でも素晴らしい味だけど、いきなりその良さを全員が理解できるとは思えないからな。


 お米よりもパンが好きという人だって割といる。ここではモチモチの実があるので、いまいちだと思う人もいるかもしれないしな。


「まあ、細かいことはいいではないか。我はいい加減腹が減った。その米とやらを調理して食べさせてくれ」


「それもそうだな。夕食の準備にとりかかるか」


 朝から作業に取り掛かっていたが、今ではすっかりと外の風景は夕方。効率化された機械作業ではないので思っていた以上に時間がかかってしまったな。


 ずっと精米作業をしていたので皆お腹がペコペコだった。


 夕食にとりかかることに異論もなく、俺たちは台所に移動して準備を進めることにした。


 米の調理法を知っているのは俺だけなので一人だ。


 精米したコメと水をボウルに入れて研いでいく。


 とりあえず、土鍋に入る五合分くらいのお米を入れた。皆が気に入らなくても俺が食べるし、残ったら明日の朝食のおにぎりにすればいい。


 クレアは米の調理法が気になるらしく横から作業を覗いていた。


「そのように力強く擦ってもいいのですか?」


「取りきれなかった糠が残っているからな。それを取り除くためだ」


 前世のような正確な機械で精米したものであれば少し洗う程度でもいいが、今回は古い道具で再現して作業した。前世のものよりもどうしても糠は残っているだろうししっかりと研ぐべきだろう。


 念入りに米を研ぐと、水を入れて浸しておく。夏場なので三十分も浸けておけばいいだろう。


「どうして水に浸しておくのです?」


「米が水分を吸収した方が熱が通りやすくなるからだ。そのままだと芯が残ってしまいがちでな」


「なるほど」


 きちんと理由を説明してあげるとクレアは納得したように頷いた。


 よかった。小さい頃に爺ちゃんと一緒に作った経験があって。


 手順を説明できないとちょっとカッコ悪いしな。


 お米を水に浸している間はリーディアの作業を手伝って、肉の下処理をしていく。


 やっぱり、お米に合うのは肉だからな。


 今日の献立は肉を中心にしてもらうように頼んでいる。


 本当はあっさりとした焼き魚なんかもいいと思っていたのだが、今から魚を用意するのは手間なので自重した。


 リーディアの作業を手伝っていると、三十分が経過したのでお米の方に戻る。


 浸水させていた米をザルに入れて、しっかりと水気を切る。


 たまにボウルに入れるのを面倒くさがって、土鍋で浸水させる人がいるがそれはダメだ。


 土鍋は水を吸いやすく、多くの水が含んでいる状態で火にかけるとヒビや割れの原因になるからな。


 きちんと安全に炊くためにも、ここは面倒くさがらずボウルを使うのが吉だ。


 土鍋を持ってそのまま囲炉裏部屋に移動すると、だらりと寝転んでいた魔王が待ってましたとばかりに居住まいを正した。


「これから火を通すから完成じゃないぞ」


「なんだ。まだなのか」


「暇なら手伝ってくれてもいいんだぞ?」


「……この我が台所に立ったことがあるとでも思っているのか?」


「ならいい」


「わかればいい」


 料理をしたことがないことをここまで威厳たっぷりに言えるとは。そこまで誇れることなのだろうか?


 偉そうにする魔王を前に、米を炊くために囲炉裏の火を弱める。


「なぜ火を弱める? 強い火の方が早く焼けるのではないか?」


「焼くんじゃなくて炊くな。それに強い火で加熱すればなんでも美味しくなるわけじゃない。弱い火でじっくりと熱を通す方が美味しくなるものもある」


「なるほど。戦と同じようなものであるか」


 魔王が何を思い浮かべているのかあまりピンとこないが、戦を知らない俺に説明されてもピンとこなさそうなだな。


 そのままニ十分ほど魔王と雑談していると、ぐつぐつと沸騰する音が聞こえてきたので火を弱める。


 熱を逃がさない土鍋だからこそ、弱火にしても沸騰した状態を保てるのだ。


 十五分程度経過したら蓋を開けて、水気の残り具合を確認。


「おお! 真っ白であるな! それに嗅いだこともない芳醇な香り――って、何故閉めるのだ?」


「こうやって蒸らしておいた方が美味しくなるからな」


「むう、そういうものか? にしてもこの米とやらは随分と手のかかる食材だ」


「苦労した分、美味しさもあるからもう少しだけ待ってくれ」


 魔王を諭しながら待つこと十分。仕上げの蒸らしも終わった。


 蓋を取ってあけると、ホカホカの湯気が解放されて昇っていく。お米独特の柔らかい甘みのある香りがとても懐かしい。


 作ったしゃもじで全体を混ぜて余計な水分を飛ばすと完成だ。


「料理の準備ができたけど、そっちはどう?」


「こっちも今終わったところだ」


 ちょうどリーディアたちも料理の準備を終えたらしいので、そのまま囲炉裏部屋に食器を用意していく。


 リーディアたちが作ったのはエイグファングのステーキに樹海豆とキャベツ、ニンジンのスープ、葉野菜のサラダとバランスのとれた料理だ。


 カーミラと魔王がよく食べるので、エイグファングの肉を焼き上げるのに時間がかかったようだ。同じ肉でもバラだったり、モモだったりとバリエーションが多い。


「皆もお米は食べるか?」


「当然に決まっている」


 魔国では雑穀と呼ばれており、家畜の餌となっているらしいので嫌がる人がいるかもしれないと思ったが、誰も忌避することはなかった。


 皆の偽りのない返事や頷きを信じて、茶碗に米をよそっていく。


「おー! なんだか美味そうなのだ!」


「……すごい。あの殻に包まれていた稲がここまで綺麗な真っ白になるのね」


「ふむ、美しい。魔国のものがこれを見ても、雑穀だとわかる者はいないであろうな」


「私たちが手によりをかけて一粒一粒作ったと思うと、中々に感慨深いものがありますね」


 皆、すっかりと変わり果てた米を前にして感動しているようだ。


 あれほど手をかけたからこそここまで綺麗になれるのであろうな。


「それじゃあ、食べるか」


「ああ!」


 じっくりと鑑賞したいところであるが、もうお腹が空いて死にそうだ。


 そう告げると、俺は早速ホカホカの白いご飯を口に入れた。


 温かなお米が口の中に入ると、ほろりと崩れた。


 粒のひとつひとつがしっかりと立っており、しっかりと形を感じられる。


 懐かしいお米の風味が感じられ、噛みしめる度に甘味が広がっていく。


 ご飯を食べたのはいつ振りだろうか? まだこっちの世界にやってきて半年程度であるが、実際にはもっと日にちが経過しているように思える。


 それはこちらでの生活に必死だったこともあるが、毎日のように食べていたものをずっと食べていなかったからだろうな。


「……ああ、美味い」


 思わずホッとしたように呟くと、周りからクスクスと笑う声が聞こえる。


「どうした?」


「ごめんなさい。ハシラのいつになくホッとした顔が少し面白くてね」


「そんなに俺の顔は緩んでいたか?」


「見たこともないくらいゆるゆるだったのだ!」


「ええ、心の底から安心したかのような顔でした」


 どうやら久し振りにお米を食べたことで、顔がどうしようもないくらいに緩んでいたらしい。なんだか少し恥ずかしいな。


「故郷の料理が食べられず、元気が出ないというのはよく聞く話だ。ハシラもそれと同じく、久し振りに故郷の料理が食べられて嬉しかったのだろうな」


「……そうかもしれないな」


 ご飯を食べてこの上なく安心している自分がいる。前世のことには区切りをつけたつもりではあったが、なんだかんだと未練はあったんだな。


「さあ、私たちもお米を食べてみましょう」


「うむ!」


 俺を見ていてまだ食べていなかったのか、リーディアや魔王たちもご飯を口にする。


「……あっ、美味しい! 確かにハシラの言っていた通り、派手な味はしないけど、素朴でしっかりとした甘みがあるわ!」


「心が落ち着く味であるな」


「雑穀からこのような味の食べ物になるとは……」


「モチモチの実やパンよりもずっしりとお腹に溜まるぞ!」


 よかった。リーディアたちも気に入ってくれたようだ。


 皆、ほっこりとした様子で食べている。


 苦労して収穫して精米作業をしたからか、いつもよりも格段と美味しく感じられるな。


「さて、お米本来の味を楽しんだことだし、今度はおかずと一緒に食べてみようか」


「それでもっと美味くなるのか!?」


「そのままよりも肉や魚といった味の強いものと食べるのが一般的だ」


 俺はご飯の上に、塩、胡椒で味付けをしたエイグファングのステーキを載せる。


 塩っ気と肉汁で白米が染まり、それらを一緒に頬張った。


 肉汁と脂をホクホクのお米が包み込み中和する。おかずなんていあらないくらいの美味しさを誇る米であるが、やはり肉と米の相性はやはり最高だ。


「――ッ! これはヤバいのだ! 肉とすごく合う!」


「だろう?」


 カーミラは声にならない悲鳴を上げると、ガツガツとステーキと米をかき込んでいた。


 肉とパンの組み合わせも悪くはないが、やっぱり米が一番だ。


 少なくても俺はそう思う。


「肉と一緒に食べるのもいいけど、私はこのままで十分ね」


 基本的に薄味を好むリーディアは、肉と一緒に食べることよりも米をそのまま食べて楽しんでいた。


 はじめて食べたというのに中々の上級者振りだな。


 ひょっとしたらリーディアは肉よりも川魚なんかと一緒に食べる方が好きかもしれないな。


 今度一緒に釣りにでも行ってみるか。


「ぐぬぬぬぬ、我はこんなにも美味しいものを家畜に食わせていたというのか……っ!」


「今からでも遅くはありません。魔王様、魔国でも流行らせましょう」


「うむ! そのつもりだ!」


 クレアに慰められながらも魔王は米を流行らせる決意をしたようだ。


 米を雑穀と呼び、家畜の餌扱いしていた最初とは大違いの反応だ。


 その代わりようが面白く、故郷の味が皆に受け入れてもらえて俺はとても嬉しかった。


 これだから農業はやめられないな。


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【あとがき】


これにて「ゆるり農家」の二章は終わりです。

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異世界ゆるり農家生活 錬金王 @bloodjem

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