第75話 精米作業

 魔王が顔を出してから一週間後。初日こそ雨が降ったが、それ以降雨が続くことはなく残りは干し続けることができた。


 お陰で稲をしっかりと乾燥させることができ、ようやく精米作業に入ることができる。


 はざ掛けしていた稲を取り込み、協力して精米小屋へと運び込む。


「フハハハハ! 我がやってきたぞ!」


「よし、手伝え」


「よかろう!」


 予定通り、魔王が高笑いしながらやってきたので、そのように言うと魔王は素直に頷いて稲を担ぎ始めた。


 魔国の王ともあろう者が、一般人にこき使われていいのかと思ったが、ここではそんなことを気にする者も大していないか。


 魔王も皆との共同作業を楽しんでいるようだし、気を遣わなくていいだろう。


 大量にあった稲であるが、皆で協力して運び込むとあっという間になくなった。


 外には稲を掛ける竿だけが虚しく残っている。ここ最近は毎日のように掛かっている姿を見たので少しだけ寂しさを感じるな。


 だが、今は感慨深く思って止まっている場合ではない。


「この日をどれだけ待っていたことか」


 積み上がっていくたくさんの稲を前にして感動する。


 収穫するのがあまりにも早すぎたせいで、乾燥期間がやけに長く感じられてしまったな。


 実際には大して時間がかかっていないのだが。


「ハシラってば毎日欠かさず稲の様子を見ていたものね」


「ハシラがそれだけ楽しみにしているということは美味いのだな! アタシも楽しみだ!」


 リーディアやクレアだけではなく、今日は狩りをお休みしてカーミラも手伝ってくれる。


 皆、雑穀と呼ばれているものがどのように米へと加工されるのか興味があるらしい。


「まずは穂先から籾を落とす脱穀作業だ。ここに置いてある鉄の歯の間に稲の穂先を入れて引き抜いてくれ。それだけで籾が落ちるはずだ」


 この日のために急遽ドルバノに頼んで作ってもらった千歯こき。


 こちらに刈り取って乾燥させた稲の穂先を通して、引っこ抜くとパラパラと籾が落ちていった。


「おお、なんだか楽しそうだなそれ!」


「へー、それだけで実が落ちていくのね。単純だけで便利な道具ね」


「ふむ、魔国では櫛のような道具で実を落としていたが、そのように設置型にした方が楽そうであるな」


 脱穀作業を見て目を輝かせるカーミラと感心するリーディア、魔王。


 小さな道具だとどこでも脱穀できる利点はあるが、設置型に比べると一気に落とせる量は少ないだろうな。単純な構造であるが、これも先人たちの知恵の結晶だ。


 俺が脱穀作業を見せると、見学していた皆もやり始める。


「おおー! パラパラと実が落ちて気持ちがいいのだ!」


 カーミラが穂先を入れて、そのまま引っ張っていくとパラパラと籾が落ちていく。


 穂先についている籾だけを落としていく作業は中々に楽しいものだ。


 入れて引っこ抜くだけなので頭を空っぽにして没頭できる。


 単純作業だといって苦手にする人もいるかもしれないが、俺はこういう単純で爽快感のある作業は好きだ。


「一回で全部とはいかないけど、二、三回も繰り返せば全部落ちていくわね」


「非常に便利です」


 リーディアやクレアも問題なく脱穀ができているようだ。


 乾燥しきる前の稲で事前に試していたので問題ないだろうとは思っていたが、ちゃんと道具が役に立っているいると安心するな。


 初めての作業で新鮮に感じたらしく、魔王とカーミラが張り切ってやっていたので脱穀作業は想定よりも早く終わった。


「よし、落とした籾を集めるぞ」


「それなら私に任せて」


 布の上に大量に落ちた籾を集めようとすると、リーディアが魔法を発動。


 気流を操作すると、落ちている籾を舞い上げて器用に籠の中に入れてしまった。


「さすがはハイエルフ。魔法を器用に使いこなすな。身近に魔法制御の上手い者がいるのだ。カーミラも教えを乞うといい」


「うげー、アタシには絶対無理なのだ」


「こういうのは慣れよ」


 などと微笑みながらリーディアが言っているが、籾だけを集めて運ぶなんて芸当はすぐにできる気がしないな。俺なんて風を起こすだけで四苦八苦している状態だし。


「次はどうするの?」


「集めた籾を唐箕という道具の中に入れて選別するんだ。今のままじゃ質の悪いものや藁くずまで付いているからな」


「こっちの道具は先程の物に比べて随分と大きいのだな」


「大きくは見えるが中の構造は単純だ」


 俺が作ったのは手回し式のハンドルで羽根車を回転させて風を送るタイプだ。


 実際に仕組みを見せるべく、籾を上部からザザーッと入れる。


 そして、横に付いているハンドルを回すと籾が選別されて下の出口から出てきた。


 第一口には玄米や籾のような重いもの。第二口には比較的軽いくず米など、そして第三口には藁くずや籾殻などの軽いものが吹き出す。


 そんな仕組みを説明すると、皆して感心するような表情を浮かべた。


 でも、カーミラは皆に合わせて頷いているだけで理解はしていないだろうな。


 顔ではサッパリわからないと雄弁に語っていた。


「雑穀を加工するためにここまでの物を考えるとはな」


「ハシラの故郷では、すごい道具を考える人がいるのね」


 これは明治や大正時代に伝わってできた大昔の道具なのだが、それを言っても伝わらないし黙っておくことにしよう。とにかく昔の人はすごい。


 皆で交代しながら作業することに。特にハンドルを回すのが楽しいらしく、籾を入れる役と交代しながらやっていた。


 残りの者はザルやふるいを使って、大まかな藁くずなんかの選別をして作業の効率化を手伝った。


「これで加工は終わりだな?」


「いや、まだだ」


「まだあるのか!?」


「雑穀のためにここまで手間をかけるとは……」


 魔国では実を落として、即座に家畜に食べさせるのでさらに加工するのが信じられないのだろう。魔王とクレアが特に驚いている。


 乾燥させて、脱穀して、選別してと、もう三段階の工程をしている。しかし、それでもまだ食材にならない。


 こうして実際に作業してみると、前世で何気なく食べていたものがどれだけの苦労を経ているかわかるな。


 まあ、文明が進んで機械化されて、工程は短縮されたのだけど、それでも色々な工程があるのに変わりはないからな。


「次は選別したものから籾殻を取り除く作業だ」


「この小さな樽のような道具に入れてハンドルを回すのだな?」


「唐臼っていうんだ。今度は横に回してくれ」


 唐箕を見たお陰で仕組みはわからずとも、やるべき事がわかるようだ。


 俺が籾を入れてやると、カーミラが新しい玩具を見つけたかのように一人で回し始めた。


 ゴロゴロと粒が擦れ合う音がして唐臼が回転する。


「唐臼の隙間からなんだか茶色の粉と粒みたいなのが出てきたわ」


「その粒が玄米だな」


 回転する上臼と固定されている下臼の擦り歯の両面での擦り合わせによって、籾摺りがされるのだ。玄米と籾殻は自動的に外に放出される仕組みだ。


「ほう、雑穀の中にこのような茶色い粒があったとはな」


「意外と綺麗ですね」


 籾殻が付いた状態しか見たことがなかったのか魔王やクレアが玄米を拾い上げて眺める。


「玄米のままでも調理することができるが、俺はその先にある白米を食べようと思っている」


「これが白くなるのか?」


「まだ糠という薄い層に覆われている状態だからな。それを杵なんかで突くことで剥いて、白い粒にするんだ。それでようやく調理に入れる」


「……まだ先があったのだな。そこまで加工するとなると、どこか執念のようなものを感じるぞ」


 故郷ではこれが一番の主食だったからな。色々と試行錯誤を繰り返してきたんだろう。


「カーミラ、次は私にやらせてよ」


「いいぞ」


「って、これ重いわね!?」


 カーミラとハンドルを交代したリーディアが、その重さに思わず呻いた。


「うん? そうか? リーディアが軟弱なだけではないか?」


「ええ? 毎日弦を引いているし、それなりに力はある方だと思うんだけど……」


 しげしげと自分の腕を眺めるリーディア。


 リーディアの腕は細いが毎日弓を使って弦を引いているだけあって、その中にはみっしりと筋肉が詰まっている。


 それなのに女性らしい柔らかさや細さを一切損なっていないのが謎であるが、決して力がない方ではないな。


「まあ、通常は二、三人で回すものだからな」


「ほら!」


 ここぞとばかりにリーディアが主張するが、カーミラは首を傾げるだけであった。


「なら、我とクレアで一緒に回すか!」


「そういたしましょう」


 リーディアだけでなく、魔王とクレアもハンドルを持って三人で回し始める。


「ちょっと魔王! 回すのが速いわ!」


「フハハハハ! どんどん回すのだ!」


 魔王の腕力も相当なもので唐臼がグルグルと凄い勢いで回っていく。


 リーディアとクレアはそれに引っ張られて、ただハンドルを握っているだけのような状態だ。


 ちょっと危ないし、これはお米にも唐臼的にもよろしくない。


「均一な回転にしないと、籾殻の剥離がしっかりできないから一定のリズムで頼む」


「むっ、速くすればいいというものでもないのか……」


 速いばかりがいいことばかりではないのである。


 注意すると魔王はきちんと加減をして一定のリズムで回し出す。


「速過ぎて腕を離すのも怖いし、かといってそのままだと腕が引っ張られて肩が外れそうになるし怖かったわ」


「何事もペース配分というのが大事ですね」


「お、おお、すまん」


 女性二人のチクりとした言葉に少し怯む魔王。


 魔王といえど女性に結託されると弱いものである。


 そんな風に交代しながら唐臼を回すと、籾殻がとれてしっかりとした玄米になった。


「後は玄米の糠を杵で打って取り除くだけだ」


「その道具がこのヘンテコな奴か!?」


 ずっと気になっていたのだろう。カーミラがじんがらを指さして叫んだ。


「ああ、それが『じんがら』だ。そこに乗って足の力――」


「わわっ!」


 俺が説明している途中にもかかわらず、好奇心旺盛なカーミラがいきなりじんがらの端に乗ってしまう。


 じんがらはシーソーのようにアンバランスなので片方に体重を掛ければ、それだけで傾いてしまう。


 足場が傾き、カーミラがじんがらから落ちそうになったので慌てて抱き止めた。


「人の説明を最後まで聞いてから乗るように。もし、危険な道具だったら危ないだろう?」


「わ、わかったのだ。だ、だから、下ろしてほしい」


 抱き止めて注意すると、カーミラが顔を赤く染めてしおらしくそう言った。


 カーミラらしくない反応にこちらが戸惑ってしまう。


「……それで正しい使い方は?」


 カーミラの妙な空気を霧散させるようにリーディアが咳払いして聞く。


 ちょっと気まずい空気だったので、その助け舟が有難かった。魔王が妙にニマニマしているのが大変ムカつくが。


「さっきのように片方に体重をかけることで杵が持ち上がり、それを玄米に打ち付けるわけだ」


「上からぶら下がっているロープを掴んでバランスを取るのですね」


「そういうわけだ」


 シーソーのような原理を使って、足を使った体重移動で杵を何度も打ち付ける仕組みだ。


「楽しそうだな! 我がやるぞ!」


「父上、アタシが先だぞ!」


「お前はさっきハシラの言う事を無視して落ちたから罰として最後だ!」


「そんな罰聞いていないのだ!?」


 彼女たちにとって精米道具はどれも目新しいらしく、新しい遊具みたいな扱いになっているな。


 そんな賑やかな光景に苦笑しながら、俺も混ざって玄米を精米していくのであった。






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