最終話 心理的な接合

「チェックアウトは十一時ですので」

 朝食の支度をし終わった中年の仲居さんは、そう言うと、鼻の根元に皺を寄せて出ていった。

 開け放った窓からは、波の音と、新鮮な朝の風が入ってきている。だが、部屋に残った欲情の臭いは消えていない。

 四人は、浴衣の襟をきっちりと合わせ、一言もしゃべらずに食べた。終わると、ケンはタオルを持って温泉に行った。その後を追ってサキも行った。

 私は温泉には行かず部屋のシャワーを使った。昨夜の名残りを流していると、下腹の芯に妖しい感じが蘇り、石鹸まみれのものが勃起した。それをしばらく見つめてから、泡を流して風呂場から出た。入れ替わりに由実が入った。目は合わせないままだった。

 四人は必要なこと以外何もしゃべらずに帰り支度をし、チェックアウトを済ませ、車に荷物を積んだ。

 トランクの中に荷物を入れている時、私の肘が偶然サキの胸に触れた。サマーセーターの下に直接感じられる彼女の乳房は、よく張って弾力があった。由実の肌には艶があり、目が潤んでいた。私は、腹の底にざわめくようなものを感じ、そんな自分にあきれた。昨夜、サキと交わった私は、そのすぐ後で由実と一度して、またサキを抱いて外で果て、由実の口の中で元気を取り戻してからさらに由実の中で果てた。

 ケンが運転席に座り、助手席に私が座った。女二人は後ろに乗った。エンジンの唸りだけが延々と続いた。ケンは音楽をかけ忘れていた。

 有料道路に入ると、鉛色の雲が空を覆い、大粒の雨が降り出した。ケンはヘッドライトを点けた。フロントガラスに雨粒が当たり、風圧で押しつぶされてヒトデのように広がった。

 私はそれを見ながら考えた。このまま東京に着いて、それで私たち四人の間は終わりだろう。表面上は今まで通りかもしれない。だが、今までのような打ち解けた気安さは、もう無いだろう。昨夜のことは一生残るのだ。昨夜、私たちは、見境のない動物になってしまった。それをお互いに見られた。そのことが、何かのしこりにならないはずはない。現に私は、ケンとサキを、少しうっとうしく感じはじめている。私の狂った姿を目撃したその二人には、どこかへ消えてもらいたい気になっている。

 路肩に『パーティルーム、カラオケ完備』と書かれたホテルの看板が何度も現れた。同じホテルの看板だ。ヘッドライトに照らされたそれは、鉛色の雨空を背景にして、何度も何度も浮かび上がった。

 ケンが言った。

「寄ってかないか。……俺たち……このまま帰れないだろう」

 誰も答えなかった。

 私が後ろの二人をうかがうと、サキが由実の手を握っていた。サキが私を見返してきたが、車内は薄暗く、表情までは読めなかった。

 おそらく……

 それしかないのだろう。

 どこか狂っているのかもしれないが……

「次を右折だな」看板を指しながら私は言った。

 ケンはスピードを落とし、ハンドルをゆっくり切った。

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はじめてのスワップでドゥワップ ブリモヤシ @burimoyashi

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