第2話 神経的な本番

 薄暗くした部屋の中、敷いた布団の傍らに、浴衣を脱いだケンが立っている。肩幅が広く、腰から下が引き締まった、逆三角形の体つきをしている。

布団の上には、浴衣の帯ひもで両手を後ろに縛られたサキが、うつ伏せになり、膝だけ立てて、ビデオの中の由実と同じ格好をしている。ケンが片手を素早く動かすと、サキの浴衣の裾が払い上げられた。

 私と由実は、部屋の端に寄り添って腰を下ろしていた。

「次はこうだったよな」とケンは言い、サキの双丘の間に指を埋め、おだやかに上下させた。指が触れた最初の瞬間、サキはピクリと震えた。

 私たちがビデオの中でやったのと同じことをやる、と、ケンは最初に宣言した。それを聞いたサキは、喉に刃物をあてられたような顔になった。だがその時、サキから反対する言葉は出なかった。

 私は不思議な気持ちだった。何度も見た自分たちのビデオと同じ光景が、目の前にある。だが、そこにいるのは小柄な由実ではなく、細身で手足の長いサキだ。贅肉のついた私ではなく、筋肉質のケンだった。

 ケンはこちらを窺い、私たち二人が見ていることを確認した。私は勃起していたが、それをケンに知られたくなかったので、さりげなく股に手をやって隠した。サキを見て勃起したのでは、ケンに悪いと思った。

 ピシリという音が響いた。

 ビデオの通り、ケンが尻を平手打ちしたのだ。

 はうっ、というような、吐息とも悲鳴ともつかない声が、半開きのサキの口から漏れた。

 ビデオの中の由実は声を出さなかった。サキは真似して声を出したわけではない。

 ひょっとしたら、と私は思う。

 叩かれるごとにサキの尻にさざ波が立ち、ビデオにはなかった声が続いた。そこに指を潜らせたケンが、「おい、サキ」と驚いた声を出した。離れるケンの指先から、光るものが尾を引いた。ケンは叩く以外に何もしていない。

 サキが突然、「由実ちゃん」と呼んだ。「手のひも、ほどけちゃった。結んでくれる?」

 ケンが結び直そうとすると、サキはもう一度「由実ちゃん」と呼んだ。

 サキと由実の間には、姉妹のような関係が出来上がっていて、由実はサキの言うことに大抵従う。この時も、妻は私に目で許可を求め、私が頷くと不自然な内股で立ち上がり、夢遊病者のような足取りでサキに近づいて行った。

 四つん這いになったサキの足元に、しまい忘れた座布団が放り出されていた。それに由実はつまづいてよろけた。妻も、今の異様な状況に心を奪われているのだ。私は安心した。興奮でのぼせたようになっているのは、私だけではない。

 由実がひもを縛り直すと、サキは真面目な声で、ごめんね、と言った。「何度も見ちゃったの、全部覚えるくらい、見ちゃった。見るの、やめられなかったの。ごめん」

「いいのよ」

「今度はそこでよく見てて」

「もういいよ」

「ダメ、それじゃ同じにならない」

 由実は居心地悪そうに周囲を見回した。私に助けを求めているようだった。私は立ち上がって由実のそばに行った。その途中、間抜けたことに、由実がつまずいた座布団に私もつまずいた。しかも、よろけたくらいでは済まず、前のめりに手をつき、サキに覆いかぶさってしまった。私はすぐに身を起こし、ごめん、と謝りながら由実の横にあぐらをかいた。

 サキも私も大丈夫なことが分かると、ケンは続きを始めた。

 さらに尻を打たれたサキは、細身の胴を軟体動物のようにくねらせた。私は、さっき一瞬だけ触れ合った彼女の素肌を思い出していた。背中から腰にかけてのまろやかな丘陵、生身の体温、太ももに感じた彼女の熱い底部。そこに入ることを想像してしまい、私の下半身は疼き、その甘さが頭にまで昇った。だが……

 それはない。

 ケンは次の場面に移った。サキを仰向けにし、合わせ目に顔を押しつけて猫のように頭を上下させた。サキは、由実のように脚を相手に絡ませず、逆に、つま先を天井に向けた。

 隣の由実が、とても見ていられないといったふうに、私の胸に顔を押し当てて来た。だが、彼女の大きな目は、一メートルと離れていない二人の痴態を注視している。戦慄を感じ、見ると、由実の手が浴衣の上から、私のそれを撫で回していた。私も由実に手を差し入れた。すると潤沢に濡れていたので驚いた。

 サキが足を痙攣させて昇りつめ、ぐったりすると、ケンは「次は」とつぶやいて彼女の手の紐を解き、彼女の口に昂まりを押し込んだ。

 しばらくそれを続けた彼女は、ねえ、と言い、ケンを見上げた。

「叩いて……もっと」

 ビデオにはなかった台詞だ。

「おまえ……」ケンは戸惑った顔でサキを見る。

 サキは首だけ捻って私を見た。

「ねえ……さっきみたいに、してよ」

 由実は、聞こえないふりをして、私のそれを熱心に弄んでいる。

 私は間を置かずに立ち上がった。ひき止められればやめるつもりだったが、由実はそうしなかった。

 ケンはなぜか神妙な顔をしていた。間を置かずに私は手を打ちおろした。豊かな肉が手のひらに吸いついた。

 私は自分のずるさを分かっていた。止められる前にこうしたかったのだ。一度やってしまえば、もう誰も止める理由はない。それに、叩くだけだ。愛撫ではない。

 サキは、ああん、という甘い声を上げ、ケンのそれを再び口に入れ、片手でケンの腰を強く引き寄せた。ケンはそれに応え、彼女の頭に手を添えて押し込んだ。その動作には慣れた感じがあった。

 大丈夫だ、と見て取った私は、さらに叩いた。サキの底部が一旦すぼまり、その後、中身を見せつけるように開がる。彼女のそこと、私の先端が触れ合った。睾丸の奥がきゅんと締まる感じがあった。

 私はさらに叩き、もう一度、と思って手を上げると、後ろから掴まれた。由実が瞬きしない大きな目で睨んでいた。

 忘れていた罪悪感が私に戻った。何も言えないでいると、由実はつかんだ手を強く引いた。その手は意外な所へ行った。浴衣の裾をくぐって、よく馴染んだその部分に入ったのだ。そこは温室のように蒸れていて、湧き出す湯の中に指がするりと呑み込まれた。由実は眉根に筋を寄せ、何かを言いたいような目をし、やがて唇を噛んだ。

 私は彼女の肩を柔らかく押して、サキと並ぶように四つん這いにさせた。計算があった。ほの暗い室内灯の明かりの中に、白く滑らかな背中が二つ並んだ。

 こうすれば、妻からこちらが見えない。

 由実の慣れ親しんだ部分に指を埋めると、彼女はどこかほっとしたような、長く引きずる声を上げた。

 空いた方の手をサキに向けて振り上げたが、近すぎてうまく叩けそうになかった。サキは双丘を開いたり閉じたりさせていた。風呂上がりの肌の香りの中に、獣じみた女臭さが混じっている。サキが動く度にそこが半開きになり、蜜が溢れる。それは今にもこぼれそうで、まるで早く舐めとってくださいと言わんばかりだ。

 私の指先は、無意識のうちにそこへ向かっていた。気がついた私は手を止め、夫のケンをうかがった。彼の視線は由実の背中に貼りついている。

 少しならいいだろうと思う私の気持ちの、どこか遠くで、別の声があった。それはいけない、ケンたちとの関係が終わるぞ……

 サキの中心が小さな音をたてた。見ると、果肉から汁がこぼれている。

 私は手を伸ばし、そこに触れた。

 ……くそう、こうするほかにどうしろというのだ。

 ぬるりとした熱いものが指にからまる。同時にサキが大きな声を上げたので、ケンが気がついた。ケンは、何があったかを確認するように、私の腕の先を凝視していた。

 気がつくと、サキは自分から動いていた。私が合わせると、サキは切羽詰まった声を上げた。解放されたケンのものは相変わらず起立している。サキは自分の感覚に没頭していて、ケンものはどうでも良くなっていた。ケンは自身に手を添え、私と目を合わせた。サキの横には、由実が頭を並べている。

 意図を察した私は、わずかな嫌悪を覚えた。だが……

 サキにこうしている私に、何が言えるのか。いや、二人の女に手を出している私に、何が言えるのか。

 ケンは由実の前にそれを差し出し、宙を泳がせるようにした。それ以上のことはしなかった。

 由実がそれでいいなら……と私は思っていた。

 由実は目の前のものに気づき、その後、私を驚かせることをした。四つん這いになっていた彼女は片手を上げて、つかみ取るようにそれを握ったのだ。

 由実はそれから首を後ろに回し、私を見、もう一度ケンの顔を見た。その顎にケンが優しく手を添え、自分を近づけた。

 由実が拒否するなら、今しかない。

 だが彼女の唇は分かれ、ケンを受け入れた。

 私は嫉妬していた。自分の昂まりがますます熱く感じられた。宙に浮かんだそれには、脈動の度に針で突かれるような快感があった。

 これを……どうすればいいのだ?

 私は位置を変え、サキの手のひらに押しつけた。しなやかな五本指がすぐに巻きついてきた。

 熱い、とサキが言う。

 伸びた爪の先が当たる感触があった。由実とでは経験のないこと。そう思った時、不意に快感が増し、やっとのことで暴発しそうになるのを抑えた。

 彼女の指は何匹もの虫のように動く。私はもう耐えられなかった。私も手を伸ばし、サキに同じことをした。

 するとサキはむっくりと起き上がり、寝ぼけたような目つきで周囲を見回し、夫のケンと由実がやっていることを初めて見た。私がサキの手を取って柔らかく引くと、決して強く引っ張ったわけではないが、サキは私にしなだれかかってきた。

 その身体を支えようと思えばできたが、そうせずに彼女もろとも後ろへ倒れた。由実と違う重みを感じた。顔にかぶさった髪から、違う香りがした。

「そのまま」私は囁いた。

「入れないよね?」サキは確かめるように言う。

 私はうなずく。それをしてしまえば、ケンに言い訳はできない。

 だが、香り立つ女の肌を嗅ぐと、私のタガが外れそうになる。サキと私の体はピタリとくっついている。

 ……なるようにしかならない。物事はみんなそうだ。なるようにしかならない……。

 その考えを追い払おうという気が、私の中にあったのだろう。私は目の前にあったサキの乳首を、愛撫する代わりに、噛んだ。それがいけなかった。

「ああっ」サキは感極まった声を出し、体を震わせた。

「これ、好きなのか」

「ああ……」

「さっきは手を縛られたかったんだろう?」と私。「手を縛られて、叩かれたかったんだろう?」

「言わないで」

 私が尻を叩くと、耳に彼女の吐息がかかった。それは熱く、耳たぶを溶かすようだった。

 気がつくと、由実とケンも、こちらと同じ体勢になっていた。あぐらをかいたケンの上に、由実が抱きついて座っている。私からは由実の背中が見える。

 不思議な気持だった。これと同じ由実の後ろ姿をビデオで何度も見たが、その時彼女が抱きついていたのは私自身だ。

 由実は両腕でケンの頭を抱え込み、自分の胸を押しつけている。普段は何事も控えめな由実だが、性に対しては一変して貪欲になる。結婚した当初、それを知って私は驚いたが、ケンも今頃驚いているにちがいない。

「これ……」サキが切羽詰まったように、私のそれを強く握った。

「腰あげて、しゃがむようにしろ。入れるぞ」私は命令した。

「え…」

「入れる」

「でも……」

 ふと見ると、薄やみに白く浮かんだ由美の肩越しに、ケンがこちらをうかがっているのがわかった。灯台の光が、一瞬、部屋の中を明るくし、彼のそそり立ったものが見えた。ケンはそれに手を添え、銃の手入れでもするような仕草をした。

 私がサキに入れば、ケンは同じように報復するつもりだ。

 それにしても……と、私は痺れた頭で考えた……もともとは、両夫婦の仲を元に戻すために始めたことなのに、なぜこんなことになっている?

「どうする、やめるか?」

 私はケンにではなく、サキに言った。それも私の狡さだった。サキはすっかりその気になっている。

 サキは後ろを見た。

「だって由実が……」

 それがどういう意味かは分からなかったが、言ったサキの腰が落ちてきた。

 もうだめだ。

 私はサキの腰を両手で掴み、繋がった。

 もう何の言いわけもない、と思った。

 これからどうなるのか……

 そう思うと少し怖かった。夫婦の楽しい付き合いは、いままで通りにはいかない。もうそれはない。それに、私と由実との関係はどうなる? サキとケンの夫婦はどうなる?

 ……全て壊れたのか……

「ねえ、お願い、ねえ」サキが懇願していた。「さっきみたいに、して、さっきみたいに……叩いて」

 ……今ならまだ傷は浅いのかもしれない。取り返しがきくのかもしれない。

 頭のどこかでそう考えながら、私は叩いた。サキの筋肉がそれに呼応して締まり、それに応えて私の筋肉も締まった。私はまた叩いた。

 聞き慣れた由実の嬌声が聞こえた。何があったかは分かった。由実は受け入れる時、一段と大きな声を上げる癖がある。

 見ると由実は、私との時と同じに貪欲に動いている。腰骨が外れてしまいそうなほどだ。

 あいつがこんなふうだとは、ケンは知らなかっただろう……

 私はサキの耳たぶを噛みながら言った。「叩いてやるよ。だからその代わり、もっと動かせよ。もっといやらしくな」

 サキは動いた。私も合わせて動いた。一突きごとに何かが消えて行き、がらんどうになったその場所を、快楽が埋めた。

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