ぼくはそら

長月そら葉

第1話

 こんにちは。ぼくはそら。人ではなく犬。

 ぼくが生まれたのは十年以上前のこと。日本のある場所で、たくさんのきょうだいたちと共にお母さんやブリーダーのお兄さんお姉さんに育てられていた。

 ある時、新しい家族を探すことになり、ぼくは弟と一緒にゲージに入れられた。おねえちゃんたちは先に迎えられてしまったから、二匹っきりだった。

 とある日、女の子がお父さんとお母さんと一緒にやって来た。女の子は小学生で、ぼくら子犬を見て目を輝かせていた。

 女の子は迷い、考え、ぼくを選んだ。

 弟はまた後日、別の家族に貰われたと聞いている。

 それから、女の子はぼくを抱き締め、帰りの車の中でぼくを名付けた。

『そら』。それがぼくの名前になった。


 ぼくは新しい場所での生活をスタートさせた。

 慣れない場所で、夜泣きをした。不安で暴れたりもした。吠えまくったこともある。

 女の子はぼくの世話をお母さんに任せっきりにして、怒られていた。ぼくを捨ててくるよ、と。女の子は泣いて謝った。

 初めて散歩に出た時は、外の世界が怖くて立ち止まった。いくら引っ張られても動かなかった。出かけた人が帰って来て、「まだいたの?」と驚かれた。

 でも、ぼくはその後散歩が大好きになった。

 たくさんの友達に会って、好きな場所も見つけた。ブロック塀の穴に顔を突っ込んで動かなかったこともある。

 特にお父さんが同じだという子とは、仲が良かった。会うたびに走って遊んだ。家の事情で引っ越さなきゃいけなくなった時、最後に会って別れる時は泣いた。


 ぼくは成長して、大きくなった。

 折れていた耳が立って、かっこよくなった。

 ご飯が好きで、散歩が好き。そして、家族が帰ってくると何か咥えて走り回った。

 クッションにかみついていると安心した。何枚もダメにして、何度も買ってもらった。

 ホットケーキミックスを食べておなかを下したことも、蝉を踏みつけて反撃に鼻をつかまれたことも良い思い出。

 抱き締めて、頭を撫でてくれる家族が大好きだった。

 いたずらたくさんして、ごめんね。


 ぼくが10歳になる頃、心臓が悪いことがわかった。

 お医者さんに薬を貰いながら、毎日を過ごした。

 いつしか発作を繰り返すようになり、お医者さんに駆け込んだこともある。

 あの時、タクシーに乗せてくれた運転手さん、ありがとう。犬を飼っていると言っていたね。その子たちは元気かな。

 大好きだった長距離散歩もご飯も、減っていった。

 あまり動けなくなって、寝ていることが増えた。

 女の子も家族も心配して、気にかけてくれた。

 お医者さんも、夜間でも診てくれた。出来ることを精一杯やってくれた。


 あれは、冬の朝。

 ぼくが冷たくなっていて、女の子は泣いた。号泣した。

 仕事に行かなくてはいけなかったけど、抱き締めて、それから手紙をくれた。

 たくさんぼくが好きだったものを持たせてくれた。

 りんご、さつまいも。ドッグフード。寒くないように、毛布。大好きだったクッション。

 ぼくのお葬式はしなかった。立ち直れなくなりそうだったから。

 ぼくは、たくさんの気持ちを貰って、旅だった。


 ――大好きなそらへ

 おいしいものを食べてますか? 大好きだった友だちと、仲良く遊んでますか?

 わたしたちと、出会って、暮らしてくれてありがとう。

 またどこかで会えますように。

 これを書きながら、また泣きそうです。

 きみと出会ってもらったたくさんの幸せを、何処かに記しておきたくて。

 ここで、簡潔な思い出を書かせてもらいました。

 もし最後まで読んでくださった方がいるのなら、嬉しいです。


 恥ずかしながら、大切な小さな家族と出会った誰かに。

 そして、この子を見守り、かかわってくださった全ての方へ。

 感謝を込めて。

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