Mara in the sky with diamonds

藤原埼玉

Mara in the sky with diamonds

 6月の朝。目覚めると私の股間のベルナルドが天空に鎮座ましましていた。そして私の思春期真っ盛りの中学生男子の身体はなぜか美少女のそれへと変化していた。


 混乱する私だったが、郵便受けにしたためめられた通知書によって私は事の経緯を知ることになる。


「あなたのマラは現生にて1万回の苦行に耐えたことが神々によって認められ、神格を授与されることとなりましたbyグスタフ・マーラーww改め、神様よりww」


 私は憤慨した。欄外に記載された「クーリング・オフ対象外」に対してなどではない。


 なぜ私ではなくベルナルドなのか。


 苦楽と快楽と退廃と悦楽を温熱オナホやテンガ、オイルやローションと共にしてきた我がベルナルド。それがなぜ私の体を離れ、よりにもよって自ら衆目に晒されることを望むがごとく天空に鎮座ましましているのか。チンだけに。 


 しかし、どれだけ憤慨し、朝には生理現象で怒張しようが栓なきこと。その日から私のベルナルドは物言わぬ現人神ならぬ魔羅人神まらびとがみとなったのだ。マラだけに。


 だが、例え神とはいえ、天空で威風堂々たるそのカリと裏筋を地上人にみせつける我がベルナルドに対してPTAは黙ってはいない。公序良俗の問題だの性風紀が乱れるだのと今までの比ではないヒステリックさで喚き立てた。


 世論も昼夜、突如天空に現れた謎の巨大陽物の動向を注視しワイドショーでも取り上げられ、ペニ◯(※学術用語)撲滅過激派とペ◯ス(※医学用語)擁護派に分かれ、ゾーニング論、表現の自由論、果ては宗教論までをも武器に持ち出し日夜激しいバトルが繰り広げられた。


 ――◯ニス(※学術用語)がすべて性的であるならば、芸術絵画のペ◯ス(※医学用語)はすべからく性的になるではないか!


 ――いや、男の付属物としてのペ◯ス(※学術用語)はあくまで道具ツールに過ぎない。あれはペニ◯(※医学用語)のみ存在しているから性的なのだ。


 ――勃起していない◯ニス(※学術用語)はいい。勃起しているペ◯ス(※医学用語)が性的なのだ!故に勃起時のペニ◯(※学術用語)は報道規制を敷くべきである。


 ――子供のペ◯ス(※学術用語)はいいが、あの◯ニス(※医学用語)は黒ずんでいて使用の痕跡が見られるから駄目だ。


 ――それでは生まれつき黒ずんでいるペ◯ス(※学術用語)に人権がないというのか?


 ――うまれつきの黒ずみはいい!使用による黒ずみが悪なのだ!


 使用済み認定をされるほど黒ずんでいると言われ、童貞の私の胸は微かに痛んだ。ここまで来ると本日の勃起確率が測られ全国区で報道されるような勢いではないか。


 私はそれらの混乱を横目に虚しく独りごちる。


 ……それは生命の神秘ではなかったのか?


 私は中学校で受ける保険の授業などというまやかしを信じるほどおぼこちゃんだった訳ではない。


 だが…なぜパンツという薄布を飛び出した途端に蛇蝎だかつの如く忌み嫌われるのか?


 ベルナルドよ。それならばなぜお前は生まれてきたのだ?


 私は教壇に立ち、ビデオを再生しながら言いづらそうに雄しべと雌しべの話をする保険の橋屋先生(当時56歳)のことを思い出していた。


 橋屋先生…スン…


 閑話休題。


「田井中」


「なんだ」


 遠く自衛隊のヘリがこちらへ向かってくるのが見える。


 目指すは、パブリックエナミーたる私のベルナルド改め、天空の肉塔ドピュタ。


 私は授業をサボって、ベルナルドの最期を見届けにここまで来たのだ。


「やっぱりここにいたんだな…」


「…なんの用だ」


「なあ…田井中…今からでも遅くない…あれがお前のモノだってことを世間にいえば…きっとみんな分かってくれるはずだ…!!」


 私は反射的にかぶりを振った。


「もういい…もういいのだ…私はこれ以上私のベルナルドが世界を混乱に貶めることをもう望まない…」


「…諦めるなよ!!男だろ!!」


 男…なのだろうか。自らのマラにすら見放され、少女の体となった私はそれでも男なのだろうか。


 しかし、なんと言おうと自衛隊のヘリはもはや私のベルナルドを撃滅せしめんがために、その銃口を鈴口に向けて発射せん勢いだった。


 私は悲痛な思いでその光景を見上げた。


 ベルナルドが何をしたというのだ。


 白濁に染まった腎液と尿道球腺液(1702年、イギリスの外科医ウィリアム・カウパーが、解剖学の書籍に発表した、性的興奮を感じた際に尿道球腺から尿道内に分泌され、外尿道口から体外に排出される液体。通称カウパー氏腺液)(※医学用語)を流す以外に一体何をしたというのだ。


 ベルナルドは決して獣などではない。


 傷つきやすく、時に赤子の如く無力な生物なのだ。


 その時、十数集まった自衛隊のヘリから紙片のような何かがベルナルドに向かって振りかけられた。


 その紙片は風によって舞い、私の足元にも落ちてきた。私はそれを拾い上げてみる。


 「これは…」


 エロ本だった。


 私は戸惑いを覚えながら空を見上げる。


 ヘリの中の自衛隊の面々は涙を流し、それぞれ両手をそっと合わせた。


 私は戸惑い驚いた。そして、不思議なことに私にはその思いが理解できた。


 想いを馳せているのだ。私のベルナルドに。いや、より正しくは、私のベルナルドを通して各々のベルナルドに。


 ――一番大事な友でありながら、碌な扱いをしてこなかった。


 ――息子と呼びながら、何一つ親らしいことなど出来はしなかった。


 ――生命の営みなどという綺麗事を吐きながら、自らの身勝手な快楽の道具とするだけだった。


 そのような想いを、みんな巨大な肉塔を前にして想っているのだ。


 そして…この期に及んで最後の弔いをしようと言うのか。


 私のベルナルドを。


 私は涙を拭った。


 その時、脳内で声が響いた。不思議と…懐かしい声だった。


『久しいな…我が主よ』


『まさかこの声は…ベルナルド!?』


『よもや、このような形で再会しようとはな…』


 ベルナルドだ。


 私のベルナルドだ。


 ベルナルドが私の脳内を通じて語りかけているのだ。


『私の体を離れ…一体今まで何をしていたというのだ!』


『神であるよりも…私はお前とともにいきたい』


 私はハッとした。重い覚悟のこもった一言だった。私はその一言で、これまでのベルナルドの想いや過去、すべてを共有できた。もともとは一つの身体に生まれたのだ。これくらい不思議でもなんでもない。


『世界を…敵に回すと言うのか』


『そうだ』


『辛く長い戦いになるぞ…』


『承知の上だ』


 私が目を開くと、遠くのわたしのベルナルドはにっと鈴口を綻ばせた。私も釣られて口角が上がる。


 …私はもう逃げも隠れもしない!!


 「立ち上がれ…………!!!ベルナルド!!!!」 


 私は夕陽にテラテラと頭を照らされたベルナルドに向かい、走り出した。


 「今夜のオカズは橋屋先生!!貴女に決めた!!」


 「応!!!」


  ――合体だ!!!


 〜完〜

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