狛江さんと京都を行く その5

 少しばかりの名残惜しさを感じながらも山を降り、再び嵐山商店街に戻ってきたわけだが、体力はすでに限界に近い。なれない山登りを、しかも一日で二回もしてしまったのだから、疲労感はピークといっても過言ではない。


「少し疲れたよね?」

「ああ。少しっていうか……、まあ、うん。楽しかったけどな」

「それなら良かった。ちょっと、休憩してく?」

「そうしてくれると助かる」


 じゃあ、どこにしよっかと狛江さんは例のメモを取り出す。雨音先生のオススメの中にはカフェや喫茶店といった小休憩に向いていそうな店がそれなりに書かれていたはずだ。


「片倉くんって和菓子平気だっけ?」

「和菓子? まあ、平気だけど、なんか良さげなところあったのか?」

「うん。この通りに面してるっぽいし、ほら、良さそうじゃない?」


 差し出された携帯を受け取って、映し出された画像を何枚かスライドしながら眺める。季節の和菓子やわらび餅は、写真映えする洋菓子と比べてしまえば地味な見た目ではあるが、どれも美味しそうなことに違いはない。


「良いんじゃないか、美味そうだし」


 じゃあ、行こう、の言葉に頷いて足を進める。

 すれ違う人混みの中には着物を着ている人もいて、隣りの狛江さんにも似合うかもしれない。栗色に近いその髪に似合うのは淡い色のものだろうか、などと考えながら歩いていると、狛江さんが腕に顔を埋めてくる。


「えっと?」

「ごめん、クラスの人がいるから……」


 顔を上げてすれ違う人々を見ていくが、制服を着ているわけでもないし、俺らと同じ高校生であろう人の姿は多く区別なんて付きそうにない。


「よく分かったな」

「あんまり、仲が良くない、っていうか、目の敵にしてくる子だったから」

「なるほど。まあ、そういうことなら……」


 歩くペースを落とし、極力彼女を隠す影となるように気をつけてみる。すれ違う他人なんて滅多に気にしないものだと思うし、その効果があったのかは不明ではあるが、一分ほどで俺の腕は解放された。


「ありがとう、ごめんね」

「いや、気にしないでいいけど。っと、ここじゃないか?」


 狛江さんに返しながら、足を進めていると、視界の隅に先ほど見せてもらった写真の店が見えてきた。いかにも老舗といった趣のある店の中へと踏み込めば、パッケージされた和菓子が迎え入れた。


「和菓子作り体験もあるんだ。今日はできないけど、今度来る時はやってみたいね」

「えっ? ああ、うん。面白そうではあるよな」


 当たり前のように次の話をする狛江さん。それにいくらかの驚きを感じながらも、わざわざ指摘するのはこちらが意識してしまっているみたいで、適当に誤魔化す。

 すると、茶寮へと案内をしてくれている店員は、その様子が少しおかしかったのか、口元を隠しながら上品に笑う。


 * * *


 案内された席で撮った写真なんかを見ながら、今日の出来事を思い出しつつ話していると、頼んでいた本わらび餅が黒い塗りの重箱に入れられて運ばれてきた。

 メニューのお値段を見たときにも少し感じた、背筋の伸びる感覚を再び味わいつつも、それをゆっくりと開ける。真っ先に視界に映った少し涼しげな印象を受けるわらび餅にはオススメの食べ方があるようで、1つ目は何もつけずに食べてほしいとのこと。それを断ってきな粉と黒蜜につける理由も見つからないので、そのまま頂く。

 箸で氷水の中のそれを持ち上げてみれば、ふるふると柔らかな印象を受けた。だが、口へ運べばもちもちとした少しの弾力があり、それでいてつるんとしたのど越し。


「美味しい」


 貧弱な語彙ではそんな言葉しか出てこないが、美味しいのは確かだ。正面の狛江さんに目をやれば、同じ言葉をこぼしながら、顔をほころばせている。

 黒蜜をつけ、きな粉をつけ、同じ言葉を繰り返して、柔らかな表情で食べている狛江さんを見ていると、こちらまで頬が緩んでしまう。


「こっちばっかり見て、なにか付いてた?」

「いや、ただ、美味しそうに食べてるなって思ったから」

「しょうがないじゃん美味しいんだから。っていうか、あんまりマジマジと見ないでよ。恥ずかしい」

「わ、悪い」


 言いながら、わらび餅に黒蜜をつけて口元へと運ぶ。黒蜜の香りと甘さがプラスされたそれが、先程よりも美味しく感じるのは甘党だからだろうか。きな粉をまぶして口に運ぶと、これはまたこれで美味しい。じゃあ、両方つけたらどうなるだろうと思ったところで、いよいよ視線が気になってきて箸を止める。


「あんまり見られると食べづらいんですが……」

「さっきの仕返し。にしても、美味しそうに食べるよね。いつも思うけど」

「そうか? 荒川と部室で飯食ってる時は死んだ目で食べてるとか散々な言われ様だけど」


 ほうじ茶を一口飲んでから、あっ、でも、と俺は付け足す。


「昼飯は割引のよく分からん菓子パンを課題しながら食ってるし、荒川のはそれに対する評価だからな。美味いものを食ってるときは、そういう顔で食ってるのかもしれんな。狛江さんのご飯はいっつも美味いし」

「そ、そっか」

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中古と噂の狛江さんが俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくる件 夜依 @depend_on_night

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