狛江さんと京都を行く その4
渡月橋から伸びる通り、嵐山商店街へ出ると行き交う人々の多さに圧倒されてしまう。一本入れば人はまばらに見えるだけだったというのに、ここは道から溢れ出んばかりに観光客が行き交っている。
「で、雨音先生オススメのお店ってどんな感じのところなんだ?」
歩きながら狛江さんの手元のメモを覗き込む。
書かれているものは、喫茶店に食べ歩き、和風のパフェに、コロッケ、中華まん、さらにはラーメンまで、食べ物については幅広く書かれている。
「食べ物八割、ほか二割くらいなんだけど、雨音先生ってそういうキャラなの?」
「あのスタイルだし、そんなイメージはないけど、これ見るとちょっとね……」
「そもそも、さっき食べたばっかりだし、気になるのはなんか見てから寄るくらいでいいかもな」
「そうだね。じゃあ、どこからにしよっか」
そう言う狛江さんだが、視線は地図の端に書かれたそれに向いており、気にしているのが隠せていない。
まあ、確かに嵐山まで来て、という気はわからんでもないが……。
「モンキーパーク、行くか」
「え? ほんと?」
言い出す気配を見せない狛江さんに、零すように告げる。すると、大きな瞳は見開かれ、輝きを帯びたかのように、光を反射する。
そんなにも気になってたなら言ってくれればいいのに。今日の主役なんだし。
「嫌なら他でも良いけど──」
そんなことを思いながらも、主張したがらない彼女に意地悪をするかのように言葉を紡げば、遮るようにやっと主張してくれた。
「全然嫌じゃない。行きたかったし」
「じゃあ、遠慮とかしないで言ってくれ。夕飯作ってくれる事になった時くらい強引でもいい。言ってくれないと分からないし」
「うっ、あの時のことは忘れてよ……。でも、うん。分かった。次から、気をつけるね」
狛江さんが頷いたのを確認してから渡月橋へと足を踏み出す。
夕日に照らされるくらいが一番綺麗だとかいう雨音先生のメモを信じて、ほとんど見ることなく渡りだしたそこからは、これまで見てきたもののように見事に色付けられた山々を見られる。
狛江さんはそんな景色に目を奪われ、ゆっくりとした歩調で歩いている。
心地の良い空気の中で、先程並べた言葉を思い出す。
誕生日だから要望は叶えてやりたい、なんて一言では説明がつかない気がするそれが出てきたのは、三鷹先生や雨音先生の言葉の所為だろうか。
「景色、やっぱりすごいね」
「えっ、あぁ。そうだな」
考えながら歩いていると、橋の中腹を過ぎたあたりで声がかかり、現実へと引き戻される。
どうにも、ここに来てからというもの柄にもなく考え込んでしまっている気がする。
* * *
「大丈夫?」
「あ、あぁ。うん」
上がりかけた息を飲み込みながら、狛江さんになんとか返す。
ボーッと考え込んでは、思い出したかのように相槌を打つのも良くないと、渡月橋を渡り切るところで気持ちを改めたまではよかった。渡月橋から少し歩いたところで見えてきたのはモンキーパークの看板。そして、その横には山の中へと向かう階段。てっきり動物園みたいなものだと思っていたのだが、その場で調べて判明したのは、山の中で暮らしている彼らの元へこちらが赴くものだということだった。
そりゃ、狛江さんも遠慮もするわ。伏見稲荷の時点でヒィヒィ言ってたんだし。とはいえ、良いと言ったのだし、と覚悟を決めて階段に足をかけたのは二十分くらい前のこと。
道中では紅葉した木々のトンネルなんかも抜けてきたが、疲労感を誤魔化すので精一杯だった。
「もうすぐ頂上だってさ」
「はいよ」
一歩一歩、一段一段、足を進めれば、狛江さんの言葉通りすぐに頂上に辿り着けた。
「すごっ!」
「想像以上にいるな、猿」
「そうじゃなくて、いや、たしかにそっちもすごいけど」
「分かってるよ。景色だろ」
猿の椅子になってしまっている望遠鏡の傍まで足を動かして、その景色を溢れないように視界へ収める。
先程超えてきた桂川をはじめとする嵐山の全体が見えるのはもちろん、京都市内の町並みも一望できる。そして、その向こうには赤く染まった山々が見える。伏見稲荷からの景色もなかなかだったが、向こうでは見ることができなかった京都の北西部を中心に見るとまた一つこの街の魅力を見つけたような気がしてくる。
「エサやりもできるみたいだよ」
「やってくか?」
「うん!」
休憩所で餌を買い、そのままエサやり用の場所へと移動する。すると、外でのんびりしていた猿たちは、それとなくこちらを追うように移動して金網の向こうからこちらを見てくる。
秋の味覚を求め山の奥の方へと入っていった猿も少なくはないと言うが、それでも十分なくらいに餌を求める猿がいる。
「手に乗せて金網のそばに持っていくと、上手いこと手を伸ばしてとるんだと」
言いながら、今日のエサであり、彼らの好物でもあるらしい切られたバナナを手に乗せて金網の方へ手を伸ばす。すると待っていましたと言わんばかりに、小さな手が伸びてきて手のひらのそれを持っていく。
金網から離れていく様子は見せず、俺の手から取ったそれの皮を器用に剥いて、必死に食べる姿は想像していたよりもずっと可愛らしい。
「可愛いね」
「まあ、そうだな。動物園とかのふれあいコーナーとか、そういう感じに近いのかもしれん」
「動物園とか行ったことないから、ふれあいコーナーとか分かんないけど、イメージ的にはそういうのが近いのかもね」
「小学校の遠足とかで行くもんだと思ってたが……。まあ、いいや。ふれあいコーナーってモルモットとかウサギみたいな小動物に餌やったりできるんだよ。まあ、それは飼育されてるやつだし、動物たちのいる柵の中に入るからまたちょっと違うんだろうけど」
へー、と興味深そうに頷く狛江さん。
そして、俺達の前で他の動物の話をするな、早く餌を寄越せ、と言わんばかりに金網から手を伸ばしてくる猿たち。それに応じるようにバナナを差し出せば、奪い合うかのようにそれを持っていく。
一匹が食べるのを見るのは微笑ましい図だけど奪い合いは、野生を感じるな、うん。可愛さ吹っ飛んだわ。
奪い合いまで始めた猿たちではなく、狛江さんの方へ視線を向ければ金網越しに、猿と格闘をしている。
「狛江さん、なにやってんの?」
「いや、ちっちゃい子にもあげたいんだけど、ほら」
狛江さんが小さな猿の前に手を持っていくと、大きな猿が押しのけるようにして、その手の正面に位置取る。まあ、自然の摂理と言えば、それまでなのだが、気持ちはわからなくもない。
「一切れもらっていいか? 俺のは全部持ってかれたし」
「うん、いいよ」
受け取った一切れを手のひらに乗せて、大きな猿に見せるようにしながら、狛江さんと少し距離を取る。大きな猿は見事こちらにやってきたので、そのまま引き付けるようにして少し待つ。
小さな猿は、少し戸惑った様子を見せたが、それからまもなく狛江さんから受け取ったバナナを大事そうに食べ始めた。
それを確認してから手を金網に近づければ、またも強引に持っていかれる。まあ、もとから上げるつもりだったから良いんだけどさ……。
「ちゃんと食べさせられたか?」
「うん。もう、めっちゃ可愛かったよ」
「そりゃ良かった」
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