狛江さんと京都を行く その3
東福寺をあとに、京都駅へと戻ってくる頃には、お昼どきも過ぎており昼食自体は並ぶことなく済ませることが出来た。
「この後は嵐山だっけ?」
「そのつもりだけど……」
俺の視線の先には嵐山方面へと向かうバスのバス停があるのだが、そこには長蛇の列が既に完成していた。今から倣うようにして並んだところで座ってゆっくり移動とはならないだろう。人や荷物に揉まれるのは目に見えている。
「電車も結構混んでたんだし、しょうがないよ」
「まだ電車のほうがマシか……」
出来ればゆっくり回りたいなんて思ってみたが、秋の京都でそんなことは叶いそうにもない。それでもなんて思いながらロータリーを見回せば、タクシー乗り場が視界に入った。
「こっからだといくら位だろうな?」
「イヤッ」
小さく零すように呟いてみただけだというのに、拒絶の意がこれでもかと籠もった言葉が耳をつき、手には指が絡められる。思わず、え? と聞き返してしまったが、彼女は誤魔化すように言葉を紡ぐだけだ。
「いや、やっぱり高いだろうし、電車でいいよ」
早く行こうよ、なんて言いながら手を引く狛江さんにそれ以上尋ねることは出来ず、ただ足を動かしてついていく。
流れていく人混みの中で、三鷹先生が五条通りで口にした踏み込むだとか、踏み込まれるだとか、そういうセリフが脳裏をよぎる。
俺と狛江さんの関係は、他の人のそれに比べれば近いのかもしれないが、そういう関係ではないし、知らないことのほうが多いのは確かだ。誕生日だって知らなかったくらいなのだし。先生が願ったように俺は彼女の元へと踏み込んで、その拒絶の意を知ることはあるのだろうか。
* * *
狛江さんに手を引かれるがまま乗り込んだ嵐山方面へと向かう電車は、通勤ラッシュほどではないにしろ、やはり観光客で混み合っている。
そのせいか、デカい荷物を持った客の姿も多く、席に座りそびれた俺たちはドアの直ぐ側へと追いやられていた。電車が揺れるたびに荷物がぶつかり、狛江さんを庇うように陣取った俺へとチマチマしたダメージを与えてくる。
「やっぱりちょっと混んでるね。大丈夫?」
顔に出ていたのか、狛江さんが心配そうに覗き込んで訪ねてきた。いつもより距離が近いのもあって、その整った美貌に言葉がつまりかける。
「えっ、あぁ、うん。平気だけど──」
平静を装いながら言い切ったところで、カーブに差し掛かったのか車両は大きく揺れた。ドアに吸い寄せられるかのように揺られた狛江さんと、そんな狛江さんに壁ドンをするかのような形でバランスを保つこととなった俺。
近かった距離はほぼゼロとなり、体勢を戻そうにも、先程俺の体があった空間には大きなリュックサックが陣取っている。つまり、しばらくはこのままの体勢が続くということだ。
「……悪い」
「混んでるししょうがないよ。それに私を庇ってくれてるわけだし」
「お、おう。そう言ってくれると助かる」
碁盤目状に区分けされた街の間をそのルールに則りながら進んで行く。車窓に映る景色の殆どは珍しくもない住宅街だが、時折見える京都らしさを感じるものが見え隠れする。それを探すのは言葉を探すよりもよっぽど楽で、そうこうしている内に嵯峨嵐山駅へと電車が滑り込んだ。
嵐山と言われて真っ先にイメージするような渡月橋と、そこから清凉寺へと伸びる嵐山商店街なんかからは少し離れた嵐山の入り口なんて呼ばれているらしいが、当然ながらに混み合っている。
「ここにいてもしょうがないし、川沿いに出るか」
駅前のロータリーの隅で嵐山一帯の観光マップを確認しながら口にする。
紅葉の山中をゆっくりと走り抜けていくトロッコに乗って紅葉をさらに楽しむというのも手かもしれないが、そちらの駅から人の姿は絶えることがない。紅葉は散々見てきたし、あの人混みは出来るなら遠慮したい。
「渡月橋とかそっちの方に出る感じ?」
「まあ、一応は。そっちのほうが色々ありそうだし。行きたいところが他にあるならそっちに行くってもいいけど」
「雨音先生から聞いたお店とかもそっちにあるっぽいし平気だよ。むしろ、そっちに行きたかったくらい」
「そりゃ良かった」
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