狛江さんと京都を行く その2
人混みの発生源でもある駅から逃げるように、けれど少なからず存在する人の波に飲まれるかのように北へ向かってと歩けば、紅葉の名所として知られる東福寺へと行きつく。
「清水寺にしてもそうだけど、紅葉の名所だったり観光名所ってイメージばっかりで寺は参拝ってイメージがないよな」
人の流れに逆らうこともなく、通天橋を目指して足を進めながら、ふと、思いついたことをなんとなしに口にしてみた。
「確かにそうかも。昨日までに見て回ってきた金閣や銀閣とかも、参拝って感じはしなかったし」
「初詣があるから神社の参拝方法は分かるけど、寺の場合、正しい参拝方法すらあやふやって人も多いんじゃないか」
「まあ、メインの目的が観光っていうか、景色だからしょうがないんじゃないかな」
まあ、それもそうかと言いながら流れていく人混みに身を任せれば、通天橋が見えてきた。境内のほぼ中央に切り込んだ渓谷、洗玉澗にかかるそれは紅葉の名所として名高い。
「おー、綺麗だね」
「だな」
葉を染めているのは紅葉や楓。風に揺られるたびに少しずつ葉を舞わせ、渓谷の底まで彩っている。おかげで欄干より向こうの世界はこれでもかというくらいに赤く染まっている。そして、そこに浮かんでいるかのように臥雲橋の姿も見える。どちらかといえば埋まっているようにも見えるが……。
「向こうの橋からこっちを見るようにした景色は有名だけど、こっちからも綺麗だね」
「言葉に困るくらいには綺麗だよな」
「確かに。こっちに来てから景色見るたびに綺麗しか言ってない気がする」
少し恥ずかしいのか、狛江さんはハニカミながらも人差し指で頬を掻くように撫でる。そんな表情を向けられれば、それが伝播したかのように気恥ずかしく思えてくる。
それを誤魔化すように視線は景色の方へと固定して、口だけ動かす。
「向こうからの眺めも見てくか」
「うん!」
頷きながら歩き出した狛江さんと並んで、臥雲橋を目指す。
「キャッ!」
階段を降りて洗玉澗に沿うように、時折紅葉の合間に姿を見せる通天橋を眺めながら、まったりと歩いていると、そんな声とともに方に狛江さんの体重が乗っかった。
「ご、ごめん」
「こっちは平気だけど、大丈夫か?」
「うん。ちょっとぶつかっちゃっただけだから」
なるほど、と頷きながらあたりを見渡せば、遠足なのだろうか、小学生くらいの子どもたちの姿が見られる。そこにはふざけている男子の姿もある。狛江さんにぶつかったのはその子ども達だろうか。
またゆっくりと歩き始めたが、狛江さんとの距離は先程より確かに近づいていた。そのせいか、言語化するのは難しい自然の香りに、甘い香りが混じって鼻孔をつく。ぶつかった拍子になにかあったわけではないのだが、制服の袖口は小さく摘まれている。
別に嫌というわけでもないし、パーソナルスペースに彼女がいるこの距離感を心地よい。とはいえ、それを口にすることは憚られ、ただ非日常を歩いていく。
「綺麗だな」
「写真とかで見るまんま、っていうかそれ以上だね」
階段を登りきって、臥雲橋へと足を踏み入れた。その景色をガイドブックで見ていたとはいえ、目の前に広がるそれに思わず出た声。それに狛江さんが思考でも読んだかのように返す。
「ほんと、一緒に見れてよかった」
付け足すように、それでいて俺には向けられていないであろう、小さな呟き。それは、彼女の学校での立ち位置や俺も知らない家庭の歪さがあるからこそ溢れてしまったんだろう。
「誕生日なんだし……」
聞かなかったことにするのが正解だったのかもしれないが、それでも口は動いていた。
「いや、誕生日じゃなくても、俺でいいならいくらでも付き合うから」
「知ってたの?」
驚いたような表情で尋ねてきた狛江さんの言葉には首を横に振って答えながら口にした。
「さっき雨音先生言われてな。言ってくれれば良かったのに。いつも世話になってるし、祝うくらいさせてくれよ」
「ごめん、ありがと」
「ん。おめでとさん」
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