狛江さんと京都を行く その1

 京都駅から奈良線に揺られること五分ほど。稲荷駅を出れば、目の前には伏見稲荷大社の参道が伸びている。視界にはこれでもかというほどに行き交う観光客と大鳥居が映る。 


「あれ? ここって千本鳥居が有名なんじゃなかったっけ?」


 大鳥居を見ながらそんなことを口にした狛江さん。


「千本鳥居はもうちょっと入ったところにあったはずだ」


 昨晩見て回ったサイトに書いてあった事を思い出しながらに答えれば、あっ、そうなんだ、と少し恥ずかし気な返事が聞こえてきた。

 横目で彼女の顔を覗けば、少しばかり人ごみに参っているようにも見られたが、それ以上に興味深そうにあちこちへと目を向けていた。


「まあ、じっとしててもしょうがないし、見に行くか」


 稲荷駅にはまた電車が到着したようで、吐き出されてくる観光客の流れに飲まれないうちにと口にすれば、うん! と上機嫌な返事。その返事を聞いて、俺は足を動かした。


 * * *


「狛江さん、ちょっと待ってくれ」

「ごめん、ごめん」


 ご機嫌な狛江さんと共に千本鳥居へやって来てから十数分。

 遠目に見えれば絶景である赤い鳥居たちは、くぐりながらであってもかなりの絶景であった。鳥居と同じ赤に染まった紅葉が時折風に吹かれて舞い散るのもあり、まるで何かのワンシーン。感動的な体験であることは間違いないし、ご機嫌になってしまうのも分かる。

 ただ、この伏見稲荷大社、鳥居をくぐりながら上へ上へと山を登り続けていくような参拝コースになっている。足元は石段で整備されているとはいえ、高低差や運動量はそこそこなものだ。

 狛江さんのご飯で食生活が改善され健康体へと近づいた俺だが、省エネと称して極力エネルギーを使わないようにしていた時に失われた体力が戻っているはずもなく、見事に疲労困憊の体となってしまった。


「もう少しで四ツ辻っぽいし頑張って」

「ああ、うん」


 石段を数段分下りてきた狛江さんに励まされるがままに頷いて、また足を動かす。

 一応、千本鳥居と呼ばれているのは、すでに通り過ぎてしまった奥社参拝所までらしく、軽い気持ちで観光に来た人はここまで登ってくることはせずに引き返すのがほとんどらしい。ただ、それでも登っているのは、四ツ辻が景色の良さで有名らしいからだ。


 なんとか足を動かして、石段を登り続ければ三分とせずに開けた場所、四ツ辻に着いた。石段が途切れたからといって、途端に元気が湧いてくるわけでもないのだが、これ以上登らないで済むという安心感はなかなかのものだった。切れかけた息を整えながら、ゆっくりと足を進めて先に待っていた狛江さんの隣に立つ。


「おー、すごい」


 狛江さんが感嘆の吐息を溢す。

 それに、ああ、と頷くように溢してみたが、確かに見事だ。秋晴れのレジャー日和という天気予報は確かだったようで、手前には赤く色づいた木々や、先ほど降り立った稲荷駅前、稲荷大社の大鳥居、そしてその奥へと広がる街並みを見下ろすようにして見事に一望できる。


 いくらか景色を楽しんだところで、少しばかり涼しすぎる風で冷えてきた体を温めるべく、すぐそこの茶店へと入る。少しばかりお腹が空いてきたのもあって、お茶とぜんざいを頼めば、ここまで歩いてきたしセーフと言いながら、俺と同じものを頼む狛江さん。別にそこまで気にしないでもと思うが、口にするのは野暮というものだろう。


「すごいな」


 頼んだものが来るのを待つ間に、少し窓の外を覗いて思わず声を漏らした。


「どうしたの? って、おー、絶景だ」


 尋ねてきた狛江さんも同じように窓を覗いて言葉を溢す。そこには、先ほどは見られなかった京都タワーを中心とする北部の景色が映っている。栄えていながらも、かつて都であった頃の名残である碁盤目状に整備された街並みは、見下ろすことでその綺麗な並びを確かめることが出来る。


「はい、お待たせいたしました。お茶とぜんざいです」


 景色に見惚れているうちに、頼んでいたものが出来上がったようで、二人分が机に並べられる。花より団子ではないけれども、空腹感を増長させるような甘い匂いにつられて、机の上に並ぶぜんざいに視線を向けたところで、店員さんから少しばかり景色について解説が入る。

 地名やらを交えながら色々と解説してくれたが、正直その辺は分からないものの方が多かった。ただ、北部の景色は四ツ辻の中でもこの席からしか見られないようで、俺たちは運が良かったらしい。

 贅沢な景色を見ながらぜんざいに箸を伸ばす。


「美味いな」


 小豆の優しい甘さと、程よく焦げ目のついた餅に箸が進む。


「だね。温まるしいい感じ。やっぱり甘いものって元気になるよね」


 この後降って行かなきゃいけないのは少し億劫だけどな、などと言葉を交わしているうちに、あっという間にぜんざいは平らげてしまった。セーフだなんだと言ってた割に、俺と同じように汁まで完飲しているのだから、その美味しさは今さら言わずともといったところだろう。

 口に残る小豆の甘い後味をお茶で流してしまえば、少しばかりの休憩時間は終わり。

 登った以上、降りなければいけないのだが、お昼も近くなってきて、観光客も活発になっており、降りるのは登る以上に大変だった。

 登ろうとする人々とかち合いながらも降りていけば、奥社参拝所のあたりまで行ったところで、ギブアップしたくなるような人混み。それでも何とか最初の鳥居である大鳥居のところまで戻ってきた。


「すごい人混みだったね」

「あぁ。大丈夫だったか?」

「まあ、一応は。片倉君の方こそ大丈夫だった?」


 げんなりとした表情を見せていたが、それでも楽しそうな狛江さんの問いに、一応は、と彼女を真似て答える。

 昨日までで嫌というほど分かっていたことだが、この後もこの人混みとは仲良くやっていくしかないのだろう。

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