第12話 君と一緒に。

 これで、僕の冒険は終わり。

 

 緊急事態宣言の夜の、

 支倉さんとの、

 たった一夜の再会はお終い。

 

 だけど、僕の冒険は終わってはいなかった。

 支倉さんとの再会を終えた僕には、帰路を辿るという長い道のりが待っていた。体はヘトヘトな上、眠くて目の前が朦朧とする中を、僕は一生懸命に自転車をこいだ。頼りのスマホは充電切れ、頭は上手く回っていないので何度も道を間違えながら、半ば迷子のような感じで自宅を目指した。


 正直、そこからの冒険のほうが、長く、険しく、そして過酷だった。

 旅の終わりは、突然にやってきた。

 僕は、巡回をしていた警察官に補導された。派出所まで連れて行かれて事情を聞かれることに――その頃には、僕の両親が警察に捜索願いを出していて、お母さんもお父さんも、僕のことを必死で探していた。

 僕は迎えに来たお母さんにとんでもなく叱られ、車の中で待っていたお父さんはどこか気まずそうに笑っていた。久しぶりに見る父親の顔は、ものすごく疲れてやつれていた。

 僕は、車の後部座席で泣きながら謝った。ものすごく情けなくて、かっこ悪かった。それに、こんなに大事になるとは思っていなかったので、僕は自分がしでかしてしまったことの重大さに恐れおののいた。

 世界中が大変な時に、僕は余計な混乱を巻き起こしてしまった。

 今夜、支倉さんに会いに行ったことに後悔はなかったし、それが間違っているとは思わなかったけれど、それでも、僕は自分がしでかしてしまった事の大きさに押しつぶされてしまいそうだった。

 そんな底抜けに落ち込んでいる僕に、お父さんがバッグミラー越しに僕を見て行った。


「ごめんな」

 お父さんは短く謝った後、続ける。

「お前をこんなに追い詰めて、本当に悪かったと思ってる。長い間家を留守にして本当に悪かったと思ってる。お前が不安になるのも当然だ。俺が家にいないほうがお前たちを感染から防げて安全だと思っていたんだけど、それは間違いだった。こんなことがなきゃ、家族が揃わないなんて間違っているもんな」

 お父さんの声は、ぜんぜん怒っていなかった。

「お前が今夜したことは、たしかに大勢の人に迷惑をかけたけれど、お父さんは間違っていなかったと思ってる」

 そう言った瞬間、お母さんがものすごく怖い顔でお父さんをにらんだ。

「もちろん、お前はいけないことをした。だけど、アリサちゃんに会いに行くことは、お前にとって重要なことだったんだろ? お前だけじゃなく、きっとアリサちゃんにとっても重要なことだったんだと思う。それで、アリサちゃんのお父さんと話したよ。向こうの家も、色々大変らしい。それで、色々なことがもう少し落ち着いたら、支倉さんの家とまた交流を持とうと思ってる。そうしたら、夜に家を抜け出さなくてもアリサちゃんに会えるだろ?」

 お父さんはそれだけ言うと、片目をつぶって頷いた。

 お母さんはまだ怒った顔をしていたけれど、それ以上の説教はなかった。

 僕たちの距離が少しだけ縮まったような気がした。

 僕は泣きながら笑った。

 

 家に帰ると、僕は直ぐに眠りについた。

 夢を見ることもなく泥のように眠った。

 

 翌日。

 五月二十五日。

 緊急事態宣言が解除された。

 緊急事態宣言の全面的な解除を正式決定したと、よく分からないニュースが流れた。


 僕たちは、また外出ができるようになるらしい。学校も始まって、色々なお店がまた開いて、イベントなんかも開催されるようになるみたいだ。夏休みは短くなるという。あらゆる社会経済活動を、段階的に緩和するということらしい。それにかんしては、よく分からないけれど。


 だた、今回の混乱で僕たちの生活は大きく変わってしまったと思う。

 世界の形も、大きく変わっていくような気がしている。

 何より世界はまだ混乱したままで、その形を変えている途中な気がする。

 もちろん、僕だってまだ混乱している。


 今、世界はとても遠くなってしまった。海の向こうよりも遠くに行ってしまったかもしれない。僕たちはそれぞれが距離を保たなければならなくり、多くのことと離れ離れになってしまった気がする。

 ソーシャルディスタンス。

 密。

 僕たちは、透明な壁に阻まれている。


 僕たちは、

 元には戻れないのかもしれない。

 以前のような世界は、

 過ぎ去ってしまった過去なのかもしれない。


 それでも、

 僕はこの狭苦しい部屋を抜け出して、

 外の世界に飛び出したいって思う。

 

 新しい世界に向けて。

 

 確かに、

 僕たちの世界は変わってしまった。

 元の世界は戻ってこない。


 だけど、

 前に進むことはできる。

 変っていく世界を背にして、

 前進していくことはできる気がするんだ。

 

 そうすることで、

 僕たちはもう一度近づくことが、

 距離をつめることができると思う。

 透明な壁を乗りこえられる。


 僕には会いたい人がいる。

 再会をしなくちゃいけない大切な人がいる。


 支倉さんに会うために、

 僕はこの狭い部屋を抜け出して、

 前進をし続けるんだ。


 不安や混乱を振り払って、

 真っ直ぐに進んで行く。


 どこか、

 とても遠くに行くために。

 夜の海を越えるために。

 

 君と一緒に。

 みんなで一緒に。

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緊急事態宣言の夜に、僕は君に会いにいく 七瀬夏扉@ななせなつひ @nowar

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