英雄と呼ばれた騎士は悪夢に苛まれるほど苦しんでいて。
心の苦しみを和らげるために、森の中の魔女にあった。
ひっそりと恥じるように、それでも少年のような童心とその姿の麗しさを持つその魔女と、騎士は次第に心を通わせていく。
なのに。
この心温まる交流が、想いが。
あっという間に消え去ってしまったその瞬間、私が言葉にできることはなく。
ただただ、涙がこぼれそうでした。
この物語は、きっとどこかの世界で起きた、二人の男女の切ない物語。
人の中に潜む悪意によって、夢のように消え去った時間は。
読まれた方への心に淡く、もしくは強く残るでしょう。
そんなお話です。
これは人に頼られ、人に疎まれ、人に愛されたひとりの魔女の物語です。
度重なる戦争で心に傷を負ったかつての英雄。戦地でのことを思いだしては悪夢に侵され、眠れぬ晩を過ごしていた彼は、身体だけではなくこころの薬まで調えることができるという魔女の噂を頼りに「彼女」のもとを訪れた。楚々とした麗人でありながら、何処かあどけない魔女に彼は段々とこころ惹かれていく。
この魔女がほんとうに素敵なのです。少年めいた声に大人の余裕を感じさせる物言い、それでいて可愛らしく、何処か愁いがあって……こころまで透きとおるように綺麗で……読後はしばらく、彼女のことを考え、物思いに耽りました。
とても静かで、せつない御伽噺。
どうか、そうっと紐解いてください。
非常に好みの短編でした。
この作品に登場する人物は、「理不尽」に対して怒ったり、抗ったり、必要以上に悲しんだりしません。
それは「魔女」が自分の社会的立ち位置を経験上正しく把握していたり、主人公の騎士が戦場で死線を潜った経験から突然の不幸というものはありうると認識しているからだったりするわけですがーー彼らは理不尽を受け入れ、その上で自分にとって大切なもの、ことを愛します。
凡百の物語であれば、理不尽に対して憤り、それを強いてくるものと戦います。もしくはそれから逃れ、逃避行を選ぶでしょう。
それはドラマチックですが、ある点ではリアルではありません。
登場人物の思いや性格、確かな息遣いが感じられる本作は素晴らしいと思います。