epilogue2 壮介と真夏の蜃気楼

———— Sosuke



「壮介、今日ゲーセン行こう」

 康太が、携帯をいじりながら隣を歩く。


 交差点の信号が赤に変わり、壮介と康太は足を止めた。


「今日、公園駄菓子がいい」


 壮介の言葉に、康太はええ、と抗議の声を上げる。

「こんな暑いのにバカじゃないの? いくら今俺たちが男子校だからってさ、未練タラタラすぎじゃない?」


 壮介と康太は、近くの公立中学に行かず、電車で乗り換えが必要なほどの、学力で名門の男子校を受験し、合格した。

 壮介の噂を知ることの無い、新しい所へ行きたかった。そして、智奈と霧亜を知る同級生と、同じ所へ行きたくなかった。

 その壮介の我がままに、頑張って勉強をして、ついてきてくれたのは康太だった。


 今でも、何かあれば壮介の頭を掠めるのは二人のこと。

 智奈だったらどこの中学に行っていただろう。霧亜だったら頭がいいから、一緒の学校に行けたかもしれない。もっと高いところ目指したかもしれない。


 自分の家柄のせいで、二人を巻き込み、転校に追いやってしまったのだから。

 あの事件以来、何も連絡がとれていない。母の洋子に聞いても、わからないと言われるだけ。

 この街で起きた出来事について、栗木組が情報を持っていない訳ないのだ。何かを隠されている。


 そんなもやもやを抱えながら、中学生になった。


「おーけー、俺のことは無視ね。じゃあ駄菓子屋行きましょ。智奈ちゃんより可愛い子がお菓子見てるかもよ」


 康太の軽口に、壮介は康太を睨み付ける。

 公園の裏側に着き、目の前に駄菓子屋が見えた康太は、肩をすくめて逃げるように駄菓子屋に隠れた。


 ほとんど人がいないはずのいつもの公園に、既に先客がいた。公園の周りを囲む木の向こう側から、話し声がする。ブランコを漕ぐ、きいきいという音に重なる、男女の声。


「あたしね、サダンさんに弟子入りする」


「は?」


「それで、道場に通うの」


「え、決定?」


「うん」


「……すげえ、羨ましい」


「負けてらんないもん」


「そうだな」


 まさかと思い、壮介は二人の声に耳を済ませた。


「変わってないね」


「一年でそう変わらねえよ」


「ここに置いとけば、いいかな」


「会わなくていいのか?」


「うん」


「ふうん」


 願望が確信に変わると、壮介は鉄砲玉が弾かれたようにそこから駆け出した。


「壮介?」

 驚いたように、康太も駄菓子屋から顔を出し、壮介を追って走ってくる。


 公園に響く、じわじわと、気をはやらせる幾重もの蝉の音。

 公園を半周して、入口に走り込む。


「お、いいね、学ラン似合ってんぞ」


「かっこいい」


「おい、やっぱお前——」


「そういう意味じゃない!」


 辺りを見回しても、何もいない。が、ブランコは、風もないのに揺れている。ついさっきまで人が使っていたと思われる、不自然な揺れ方。

 遅れて、息を切らす康太が公園に入ってくる。


 どこからか、やわらかい風が吹いた。その風は冷たい霧のようなものを運んできて、壮介と康太の汗ばむ肌に、気持ちよく吸い付く。


 壮介は、また公園の入口を出て、左右の道路を見回す。


 道路の先、蜃気楼のように熱気で歪む遠く向こうの方に、男女の姿があるような気がした。

 いてほしいと、思っただけかも知れない。


 栗色のポニーテールと、白い髪の少年の後ろ姿。壮介の家に招いた時、一瞬だけ見間違いだと思っていた、あの髪の色。


「ねえ、暑さで頭イカレた? 俺友達やめていい?」

 また、康太がため息をついて壮介の肩をつかむ。


 それを無視して、壮介は公園の中にもう一度入る。


「ねえ壮介ー」


 何回か、彼らとパーティを開催した山型の遊具に近付く。


 猫が鳴いた。

 足元を見ると、黒猫が何かを手で弾いて遊んでいる。白いリボンのような首輪に、鈴がついていて、黒猫が動く度に小さな鈴がりんりんと鳴る。


「可愛いー、綺麗な艶してるね。飼い猫かな」


 康太が、易々と黒猫を抱き抱えた。にゃあと鳴く黒猫の、満月のような瞳がこちらを見つめてくる。

 その瞳が、まるで指し示すかのように下を見つめ、また壮介に視線を戻した。

 壮介はその目に誘われるように、足元に視線を落とす。


 そこには、小さな赤い車のおもちゃが落ちていた。さっき、黒猫が弾いて遊んでいたものだ。

 壮介は、その指の第二関節ほどしかない車を拾い上げる。


 赤色の車に、ピンクのピン二本と水色のピン一本が刺さった車。


「こういう猫とか犬がさ、間違って飲み込んじゃうからゴミを放置するのやめてほしいよね。てか、何それ、人生ゲームの駒?」


 ぞくりと、背筋に汗が流れる。


「良かったじゃん、陽平が駒が一個ないって文句言ってたからもらっちゃえば」

 ころころと笑う康太。


 そう、なかったのだ。壮介の家にある人生ゲームの駒は、あの事件で、霧亜が持ち出したままいなくなってしまった。

 赤い車の、智奈が使っていた人生ゲームの駒を。


「ナゴー行くよー」

 どこからか、少女の声。


 康太の腕の中の黒猫が暴れ出し、すたりと地面に降りた。

 じっとこちらを見つめた黒猫は、ぷいとそっぽを向いて公園を出て行く。


 壮介は黒猫を追いかけて公園の入口へと走った。

 道路の真ん中を、優雅に歩いていく黒猫。


「元気で!」


 壮介は、黒猫に向かって声をかけた。


 黒猫は振り返る。口を開くが、にゃあとは鳴かなかった。


「壮介も」


 瞬きの一瞬で、黒猫は姿を消した。


 全身の毛が逆立つ感覚。


 どこからか水が放物線を描き、大きな虹が夏の青い空に掛かった。

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混血の兄妹 -四神の試練と少女の願い- 伊ノ蔵 ゆう @yuu5syou

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