エピローグ
epilogue1 智奈の最後の願い
———— Tina
その後、霧亜が連絡したのか、サダンが駆け付け、霈念の遺体を回収し、その場を取りまとめてくれた。
ライルに帰る前に、旅で出会った人達に挨拶をしようと、サバノ亭や智奈の両親の所など、各所を回ることにする。
まずはラオを、父親の待つルルソまで送った。今頃は、自分の武勇伝を両親に語り終え、満足げな顔をしていることだろう。
霈念から、解けぬ呪いを受けたクイと秀架は、あの後サダンに連絡をつけ、サダンが到着する頃には、姿を消していた。
「あたしたちが呼ばれないことを祈るわ。こみえのお子様たち」
智奈の耳元で、そう言い残して。
能利は、一度智奈たちと共にライルに戻った。
今は、暁乃家で、智奈の揚げた大量のポテトチップスを、霧亜と無言で奪い合っている。
霈念の葬式は、全てを知る者だけが集められ、ひっそりと執り行われた。
集まったのは、サダン、満瑠、ラオ、ラオの父、能利、霧亜と智奈を混血と知るロウとその両親、智奈の育ての親である功路とレンミ。旅の帰りにお礼を言いに立ち寄った、サバノ亭の芙炸と曄も、頼み込まれて葬式に参列した。
第一の世界では、喪服は黒のイメージがあったが、この世界では白い服を着るのだという。そこに、それぞれの家紋を金色の刺繍で縫い付けている。
智奈は、この世界に霧亜と落ちてきた時の、白いワンピースに、ロウが暁乃一族の家紋を縫い付けてくれた。
暁乃一族の家紋は、霧亜のつけていたペンダントと同じく、六芒星の形をしていた。三角が二つ絡まり合うようなマーク。真ん中の六角形には、手のマークと、その手のひらには目のようなマークがあり、ロウの手で施されていく我が家紋の目と目が合い、智奈には不気味に感じる。
「ちっちゃい頃、オレ暁乃一族の家紋が怖くて見れなかった」
ロウの手元を見ながら、霧亜がポツリと呟いたことを、思い出す。
全員、真っ白の服を着て、暁乃家の前の原っぱで行われた葬式。
ナゴも、いつもはつけていない白い首輪に鈴をつけた。他にも、ロウの犬ガルカン、能利のクズネとザンリも、白い首輪をつけたり、白く身体を変色させて、参列する。
葬式といってもとても簡素なもので、霈念の遺体を棺の中に入れ、それを皆で囲む。一族や地域によって様々な埋葬法があるらしいが、霈念はライルのこの家から、散骨することを智奈と霧亜、そしてサダンと話し、決めた。
棺の中に、火を放つサダン。
大きく、静かにサダンの放った炎は霈念を包み込んでいく。
「親父は、智奈がこみえに殺されるかもしれないって知って、第一の世界に智奈を隠したんだ」
白い髪に白いTシャツに白いジャケット。ズボンも白で、色があるのは青い瞳のみ。炎を見つめる霧亜が、ぽつりと呟いた。
「お父さんは、あたしを守るために第一の世界に連れて行ったの?」
「そう。芙炸たちの言ってた、こみえの風習のせい。でも、親父が智奈を第一の世界に隠している間に、母さんがこみえに殺された。オレたちを連れて逃げた報いとして」
炎が大きく、霈念の姿は見えない。
太陽が、暁乃家の丘に隠れようとしていた。もう、夕刻は近い。
炎が消える頃には、サダンの力で、骨も既に遺灰にまで変わっていた。
大きな棺の中に残る遺灰が、小さな山を作り上げている。
水の張った銀の盆を持つ能利が、棺の隣に立つ。
サダンは、智奈と霧亜に合図の視線を送ってくる。
智奈は、霧亜の左手を右手で握る。お互いの魔力が、手を通じて混ざり合う感覚。
霧亜や能利には見えないという、魔力のオーラ。霧亜に聞くと、壮介の母、洋子さんが、このオーラが見える人だったという。
智奈の左手から緑色のオーラが、霧亜の右手から水色のオーラがふわりと広がる。
能利の持つ盆に貯められた水が、細くチューブのように、霈念の遺灰を吸い込んで巻きとっていく。それを、智奈の風で上へと持ち上げ、天高くまで上げるとライルの空に散布させた。
「智奈が、木の魔術得意なんてなあ」
空を見上げて、霧亜が言った。
「教えてあげるよ」
霧亜はふんと鼻を鳴らした。
「じゃあ、土、金、水は教えてやるよ」
魔術師は、二つの属性を動かせるだけでも珍しいという。だから、三つも操れる霧亜は魔術師として優秀だ。
智奈は、霧亜の苦手な木と火が得意だということがわかった。
「ガンの船でさ、マグマの噴火を見たでしょ」
「ああ、すごかったやつな」
「あの時、一回だけ、マグマの小さい粒を操れた気がするの」
「まだオレが死ぬ前じゃん」
時たま、霧亜はこの冗談を言うようになった。自分への戒めなのか、トラウマにさせないようにおどけているのか。それを聞く智奈は、必ず口を閉じて霧亜を睨み付ける。
霧亜はバツの悪そうな顔をする。
「ごめんって」
「火が得意だったからかなあ?」
少し考え込んでから、霧亜は口を開く。
「その頃には、オレの魔術相当見てただろ。魔術って、成功のイメージがめちゃくちゃ大事なんだ。だから、オレにある魔力を吸収したか、ほんとに少ない魔力でできたか、わかんねえけど、成功したんじゃないか?」
「そっか」
「うん」
ふわりと、下から風が吹き、智奈と霧亜を優しく包み込み、頭をなでる。
「霧亜」
後ろから、能利が声をかけてきた。
冠婚葬祭の服を持っていなかった今日の能利の服は、ロウの母親と智奈が数時間かけて考え抜いたチャイナ服の
服に無頓着なのか、能利は出来上がった服を見て一度眉を顰めたが、何も言わずに着てくれた。
「先に、戻ってる」
そう言うと、ラオに腕を引っ張られ、暁乃家に入っていく。
ラオは、智奈ににこりと笑って手を振り、能利を引っ張っていった。
この後、サバノ亭の芙炸と曄が、暁乃家で料理を振舞ってくれるらしい。兄妹の旅によって生まれた新たな繋がりの祝いと、霈念を
玄関には、ロウが能利とラオを待っていた。
能利は、ロウにも懐かれていた。体術も魔術も知る、霧亜以外の混血の知識や、霈念から受け継いだ魔術の知識に憧れたのか、能利をを質問責めにしている。
「霧亜」
「ん?」
「もうすぐ誕生日だね」
「もう、そうだな。やっと能利と酒飲める」
霧亜は、にやりと笑った。
敢えて、もう一つ、成人したらできることについては、彼の口から言うつもりはないらしい。
「霧亜さ」
「なに」
「能利の行ってた道場に行きたいんでしょ?」
沈黙。
霧亜は、魔術学校を卒業し、功路に体術の基礎を教わった。混血として、能利のように、体術と魔術を併用した戦いがしたい、と常に考えていたのは知っている。
能利は、何故それができたのか。
サバノ亭で、能利がお酒を飲んだ時に零していた。「俺の師匠はすごいんだ。すごい混血の人なんだ」と。
その話を、食い入るように聞いて、羨ましがっていた霧亜。
「い、きたいけど……」
智奈の出方を伺う言い方。
視線を向けると、おどおどと、なんと言えば智奈が怒らないか、機嫌を損ねないか考えているようだ。
お兄ちゃんなのに、なんだか可笑しい。
「なんだよ、何笑ってんだよ」
笑いを堪えられずに、霧亜に突っ込まれる。
「いいよ、行っても」
「え?」
「能利と一緒に、道場に行っていいよ」
「でも、遠いんだぞ、その道場。通いなんて無理だ。行くとなったら——」
そう、当分の間帰ってこないだろう。
「あ、智奈も一緒に行くか? 一緒に弟子入りしてさ——」
「行かない」
智奈の真っ直ぐな一言に、霧亜はしゅんと子犬のように眉を八の字に落とす。
智奈は、智奈の目標ができた。霧亜も、自分のやりたいことをやるべきだ。
「あたし、魔力も体力も戻って、結構強くなっちゃったからさ。守ってもらうには霧亜にもかなり修行してもらわないと」
「智奈……」
「誕生日プレゼントだよ」
智奈の言葉に、呆れと同時に見せる、嬉しそうな顔。
「その前に一つ」
智奈は、顔の前で人差し指を立てた。
「成人したお兄ちゃん、一個だけ、あたしの願いを叶えてくれますか」
霧亜は、にっと歯を見せて笑った。
「もちろん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます