第23話 灯火

「俺のMARUTO1~30巻まであげるから毎日24時に電話して起こしてくれない?」


 学校の帰り道。二人乗りで自転車をこぎながら松本まつもと平泉ひらいずみに持ちかける。



「まぁやってあげてもいいけど、君にとって何のメリットがあるの?」


 当然平泉はその理由を知りたがる。


 さすが将来会社を起こそうという奴だ。後々になって自分が不利益を被らないかチェックしてくる。



「単位がやばくて、その時間に起きて勉強したいんだ。礼は弾むってばよ」

 

 平泉は少し考えてから、30日という期限付きで了解してくれた。


 こうして学校帰りに自転車に乗せてもらっているのも断りづらくした理由だろう。



 大丈夫。


 一度した約束は破らない、それが平泉の社長道だから。


――――――――――――――――――――



(まだか…頼む、平泉!!)



 松本は部屋にある押し入れの中に隠れていた。


 火事が発生したことは知っている。


 木之上きのうえが大声で下宿生を助けて回っているからだ。



 しかし松本は逃げることではなく、木之上から隠れることを選択した。


 今来られると電話に出られなくなる、そう判断した。



ドン!ドン!ドン!



「先輩!火事です!」



(ついに俺の部屋まで木之上きのうえが来たか)


 鍵をかけていなかったので、木之上が部屋へ上がり込む気配を感じる。



ガシャーン!


(!?人の姿鏡を何故いきなり壊す)



 松本は飛び出したくなる衝動を必死に抑え込む。


 ドタンバタンと倒れるような音がしてから、その気配が遠ざかっていくのを感じる。



(くっそ、もう今飛び出して一緒に逃げた方がいいか…)


 松本が暗がりでこらえていると



「俺のせいで…ごめん、先輩……佐渡子………」



 微かに聞こえた木之上の声。



(木之上が犯人!?いや、そうとも限らないが。。自分で火をつけてみんなを逃がしてヒーロー扱いされたかったと思えば辻褄は合う)


 しかしいまさら火事は消せない。


 もし死傷者が出たら取り返しがつかない。


 このまま焼け死んだらそれこそ元も子もない。



 松本の我慢が限界に達したとき


トゥルルルル! トゥルルルル!


 電話が鳴った。



トゥルルルル! トゥルルルル!


「っ!この!」


 松本は電話が切れる前に出ようとするが、いざ開けようとした押し入れの観音扉が引っ掛かり思うように開かない。


バタン!


 勢いよく飛び出して5コール目でなんとか電話に出る。



「もしもし!」


「あぁー、ごめん。ちょい遅れたわ、んじゃ」


「待って待って!このまま切らないで!!」



 やれやれと電話を切ろうとする平泉を松本は全力で阻止する。



「明日の夜は23時30分に俺の下宿に来てくれ」


「悪ぃ、明日は24時に君に電話してから藪内やぶうちとチーペンフェイハン食いに行く約束があんだわ」


「あぁ!俺も食いたい!チーペンフェイハン!たしか木之上も食べたいって言ってた。下宿待ち合わせで4人で行こう!」


「はぁ?逆方向じゃねーか」


「俺が自転車こぐ!麻雀に負けた奴が4人分飯代払う!どうだ?!」


「…いいね。君も中々わかってきたじゃない」


「将来一緒に働いてもいい!」


「いや、それは遠慮しとく」


 平泉は嫌そうに即答すると、藪内と二人で23時30分にまず下宿1階の木之上、次に2階の松本と順番に迎えに行くことを約束してくれた。



「あ、最後に。今日は何色だったっけ?」


「? 今日は池谷と同じ授業なかっただろ」


 今日のイケパンは黄色で平泉もそこにいた。その答えで十分。



 すべて昨日の平泉と明日の平泉に託し、松本は電話を切ってその場から逃げることにする。


 木之上への追及はチーペンフェイハンを食べてからでもいいだろう。


 何が放火の理由かまだわからないが、可愛い後輩へきつい説教が必要だということはわかった。



 ふと電話機の留守番電話ボタンが赤く光っていることに気付く。


 残された時間は少ないが好奇心に逆らえず、松本はそのボタンを押してみる。



「録音メッセージは 1 件です。 ピーッ 」



『………………………………………………………………………………………………………』



(……何も話さないんかい!!)



ウゥウゥウウウウ!!


 けたたましい消防車のサイレンの音。


 すさまじい煙と熱気。


 火事が目前まで迫っているのを肌で感じる。



(もう待てない)



 松本は鼻と口を服の袖で塞ぎ、ドアに向かって駆け出す。


 階段は目の前、逃げられないわけがない。


 自信を持って走り出したが、


「えっ」


 ドアから駆け出して三歩目で廊下の何かにつまずいた松本は、割りと急な階段へ身を投げ出す。



(嘘、だろ…)



 前方宙返りしながら、股の下から後方を見やる。


 逆さまな視界の中、つまずいたところに誰か倒れているのがわかるが、もう遅い。


 スローモーションに見えた世界が終わり再生開始されると、重力に従って一気に落下していく。



ドドド!ドッ!ドッ!!


 ぐるぐると回りながらあちこち全身打撲していく衝撃に耐えかねた刹那、緩んだ右手の防御の隙間を介して一階の床に


ダーン!


 と右側頭部を打ち付けながら全身で着地して、松本は意識を失った。


『………………………………………………』



『……あの、私、一年後にはたぶん死んでます。けど!子供産んでもいいですか?赤ちゃんの名前も考えてあかりってい』


「ピーッ。メッセージを終了しました。

もう一度聞くには 1 を押してください」



――――――――――――――――――――



ゴォオオォオオオ!!



 暗い夜空を貫く赤い光は一週間前のリプレイ。


 激しく燃え上がる第一萌木荘だいいちもえぎそう


 木枯浜こがらしはまをはさんで遠く離島からも見えるほどの炎はさながら、灯台のようだった。



 


 

 




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いのちの電話~電話スキルで過去改編して困難乗り越えます~ ブギー太郎 @boogietarou

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