episode4~おじいさんとルービックキューブ~

 車内に橙色の光が差し込み、昼間とは違った印象を乗客に与えます。


 車窓から見える景色もまた橙色に染まっています。


 黄昏の世界に乗客の皆さんは何を感じているのでしょうか。


 侘しさでしょうか。


 儚さでしょうか。


 それとも、温もりでしょうか。


 ――きっとおじいさんは温もりを感じるのでしょう。


 おじいさんは今日も先頭車両から歩みを進めます。


 四両編成の電車に乗客は数人ほど。


 おじいさんはすぐに歩みを止めました。


 他に誰もいない長椅子の真ん中に少年がポツンと座っていました。


 十歳くらいの少年です。


 足の間に青藍せいらんの四角い鞄を挟み、手にはルービックキューブを持っています。


 少年は慣れた手付きでルービックキューブを回転させ、ほんの数秒で統一感のある四角形へと変化させました。


 それを見届けたおじいさんは、少年に話しかけます。


「上手じゃのぉ」


 少年はルービックキューブから目線をおじいさんへと移します。


「こんなの普通だよ」


「そうかのぉ」


 言いながらおじいさんは少年の隣へと腰かけます。


「おじいさんもやってみる?」


「いいのかい」


 少年はおじいさんにルービックキューブを手渡します。


 おじいさんは不慣れな手付きでルービックキューブを動かします。


 しかし、何度動かしても色はそろいません。


「難しいのぉ」


 見かねた少年はおじいさんに何度かアドバイスをします。


 けれど。


「貸して」


 見ていてもどかしい気持ちになってしまったのでしょうか。


 少年はおじいさんの手からルービックキューブを取り上げます。


 少々乱暴な気もしましたが、おじいさんは嫌な顔一つしません。


 少年はもう一度、ルービックキューブを統一感のある四角形へと変化させます。


「簡単じゃん」


 その様子をおじいさんは微笑ましく見つめています。


「坊ちゃんはこれからどこへ向かうのかのぉ」


「家に帰るんだよ。塾の帰り」


 ぶっきらぼうに少年は答えます。


「そうかいそうかい」


 おじいさんは和やかに話を進めます。


「坊ちゃんはその遊びをどこで覚えたんだい」


「ルービックキューブのこと? これは去年お父さんがくれて、動画とか見てコツを覚えたんだ」


「一年間でできるようになったのかい」


 おじいさんは少し驚いています。


「そうだよ。でもこんなの出来たって何の役にも立たないよ」


 少年はルービックキューブを見つめながら暗い表情になります。


「そんなことはないと思うがのぉ」


「…………?」


 おじいさんの言葉に少年は訝し気な表情になりました。


「わしは楽しかったぞ。難しかったがのぉ」


 そう言っておじいさんは「ホッホッホ」と豪快に笑います。


 そして、言葉を続けます。


「それで良いではないか。人を楽しませる。それだけで役に立てると思うがのぉ」


 ニッコリとおじいさんは笑います。


 少年は納得しきった様子ではありません。


 それでも。


「そうなのかなぁ」


 何か感じることがあったのでしょう。


「その四角い玩具おもちゃみたいに人の感情を色鮮やか染めてあげればよい」


 おじいさんはそう言って懐に手を入れ、四葉のクローバーを取り出します。


「わしは坊ちゃんを緑に染めてやるぞ」


「ありがと……」


 少年は受け取ったそれを少しばかり見つめてから、ズボンのポケットにそっと入れました。


 電車は速度を落とし、ホームへと滑り込みます。


 周りに田園が広がる田舎駅です。


「じゃあね」


 少年は立ち上がり、おじいさんに声を掛けてから電車を降ります。


 陽の光を受けて赤く染まった頬を持ち上げながらおじいさんは少年を見送ります。


 少年はホームに降りて一度振り返りおじいさんに向かって大きく手を振りました。


 手にはルービックキューブが握られています。


 何色にも染まっていない真っ白な面をおじいさんに向けて。


 少年はこれから人々を何色に染め上げるのでしょうか。


 橙、黄、青、緑、赤。


 それとも白のままでしょうか。


 それはおじいさんにも私にもわかりません。


 電車は乗客を減らし、次の目的地へと向かいます。


 おじいさんは立ち上がり車内を歩き始めます。


 胸に温もりを抱えながら――。

 



 

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温もりをポケットに詰めて 青赤河童 @seisekikappa

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