episode3~おじいさんと清水寺~

 発車を告げるベルの音が鳴り響きます。


 おじいさんは今日も先頭車両から歩みを進めます。


 車窓に映る景色は前から後ろへと風のように過ぎ去っていきます。


 おじいさんが今日乗ったのは新幹線でした。


 広くて長い車内をえっちらおっちら歩いて行きます。


 車内にゴォ~という音が流れてきました。


 どうやらトンネルを通過しているようです。


 それでもおじいさんは歩みを進めます。


 おじいさんは十二号車の一番後ろで歩みを止めました。


 二列シートの窓側に高齢の男性が一人座っていました。


 老夫は車窓から外の景色を眺めています。


 視線はどこか遠くを捉えていて、何か物寂しそうです。


「こんにちは」


 声を掛けながらおじいさんは老夫の隣へと座ります。


「ああ……こんにちは」


 老夫はしわがれた声で挨拶を返しました。


 この二人の声質はなんだか似ています。


 おじいさんは老夫の後ろに何か四角いものを見つけました。


「それは何ですかな」


 それを指さしおじいさんは問います。


「これは、亡くなった家内の写真ですよ」


 そう言って老夫はおじいさんに写真を見せます。


 写っていたのは七十代くらいの女性で、丸顔の可愛らしい方でした。


 にこやかに微笑んでいる姿が印象に残ります。


「昨年病気で亡くなってしまいまして……」


 弱々しい声で老夫は言います。


「そうかい。それは寂しいのぉ」


 おじいさんは温かな眼差しで写真の女性を見つめます。


 それから老夫のほうへ目線を移しました。


「お前さんはどこへ向かっているのじゃ」


「京都ですよ」


  老夫は目を細めます。


「最後に家内と二人で旅行に行った思い出の場所なんです」


 写真立てを握る手に少しばかり力がこもります。


「おじいさん。これも何かの縁です。ちょっくら話でも聞いてくれませんか」


 おじいさんはニッコリと微笑み頷きます。


 老夫はおじいさんに今までの思い出を語り始めました。


 初めて二人で旅に行った時の話。


 新婚旅行に行った時の話。


 外国へ旅行に行った時の話。


 すべて旅の思い出でした。


 最後に、京都の話をしています。


「私は清水寺が好きですね。あそこからの景色は絶景です。その時撮った写真もあるのですよ」


 老夫は鞄の中から小さなアルバムを取り出して、おじいさんに見せます。


 おじいさんは、どれどれと目を細めながらアルバムを覗き込みます。


 紅葉した木々を背景に老夫婦が笑顔で写っていました。


 おじいさんは自分の胸に手を当てます。


 温もりを感じたのでしょうか。


 その後も、老夫とおじいさんはアルバムをめくり続けます。


 高速で移動する新幹線の中で、二人の空間だけ時の進みが遅くなっているような気になります。


 それほどに二人の空間は静穏でした。


 アルバムを読み終わった老夫が口を開きます。


「私ももう年ですから、今回の旅を最後の旅にしようと思うのです」


 老夫は名残惜しそうです。


「それならば、とびっきり楽しい旅にしなければいかんのぉ」


 おじいさんは笑いながら言います。


 老夫の顔にも笑みがこぼれました。


 車内にアナウンスが響きます。


 別れの時間です。


 おじいさんは懐から四葉のクローバーを取り出します。


「良い旅になること願っておるぞ」


 そう言って、四葉を老夫に手渡します。


 両手でそれを受け取った老夫は先ほどのアルバムを開きます。


 そして、まだ写真が収められていない場所に四葉をそっと入れました。


 老夫にまた新たな旅の思い出が刻まれました。


 新幹線は滑らかに停車しました。


 老夫とおじいさんは立ち上がります。


 老夫は一礼してホームへと降りていきました。


 新幹線は目的地までまた走り続けます。


 おじいさんはえっちらおっちら歩き始めます。


 顔には笑みがこぼれています。


 ――きっと老夫との会話の中に温もりを感じたからでしょう。


 



 


 

 

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