『あるバイク屋の憂鬱』
「……と、まあそんな感じだ」
この街の港の埠頭に最も近いバイク屋である〝港屋〟の店長、
店長はゆっくりとカウンターの上に届けられたバイクのパーツを確認し始めた。
「そんで、店長。そのいかれたヤンキー姉ちゃんの話をなんで俺にするんだよ」CB750Fに乗る
「ん? だから、お前のCBは美香姉さんが見つけて来たんだよ」
「げっ! マジか……まさか、竹やりマフラーとかロケットカウルとか付いてたんじゃねえだろうな!」
「んなわけねえよ。あの人、基本的にバイクは大事に扱う人だからな。そう言う改造はしないんだ」
「どう言う改造すんだよ」
「うーん、マフラー付けるならヨシムラとかモリワキとかかな……。まあ、フォーク伸ばしてチョッパー作ったり、リジットサス入れて車高下げたりはしてるけどな」
「やっぱ、やべー人じゃねえか!」額に手を当てて嘆く黒瀬。
「ほら知ってるだろ。お前が良く行ってた峠の向こうにあるバイク屋」
「あんなところにバイク屋なんかあったかな?」
「大型バイク専門店クルセイダー」
「あっ! あの頭悪そうなバイクばっかり売ってるとこか!」
「お前が言うな! まあ、大型バイク専門店何て言いながらノーマルカブやスクーターも普通に売ってるけどな」
「何だよそれ詐欺じゃねえか」
「まあ、そう言うところこだわらないからな、あの人は……。それに大型バイク専門店の看板を掲げたのは旦那さんなんだよ。経営戦略がどうとか言ってたな……」
「うわ、さらに俺のバイク乗るの怖くなってきた!」
そう言って黒瀬は頭を抱えた。
その時、店内の作業場でバイクの陰から男性が立ち上がる。
以前この店でアルバイトをしていたヤマハセロー225に乗る
「あれ、そう言えば店長の奥さんの旧姓って、確か久留世でしたよね」そう語りながらケイは手をウエスで拭いた。
勿論、奥さんとは何度も話したことのあるケイは事情を知っている。知っていて黒瀬に情報提供のつもりで語ったのだ。
「ん? ああ、まあな……」照れくさそうに店長が答える。
それに黒瀬が噛みつく。「何だよそれ、どう言う事だよ!」
「んー、ウチの優香は美香さんの妹だ……」
「はー、呆れたー。店長、その姉ちゃんの妹に手を出したのかよ」
「んなわけねえだろ。俺が落ち込んでる時に優しくされたんだよ……。それで、ちょっと……」
「うわ! やっぱ、手、出してんじゃん。よくやるよ……」
「うっせい」店長は黒瀬を無視して伝票の整理を始めた。
そして、ケイが作業場を片付けながら店長に話しかける。
「店長。オイル交換終わりました」
「ああ、悪いなケイ。結局全部お前にさせちまって」
「いいですよ、どうせ暇でしたから」
「そう言やあ、そのSR400。どっかで見た事あるな……はて?」
まじまじとケイの整備していたカフェレーサー風の改造を施されたSR400を眺める黒瀬。
「これ一条さんのバイクですよ」
「ああ、一条先輩のか。何? あの人まだここに来てるの」
「よく来てますよ。黒瀬さんこそ一条さんとお知り合いだったんですね」
「ああ、大学の二輪車同好会の先輩で、此処を紹介してくれたのもあの人だよ。店長は同級生だったんだよな」
「高校の時のな。同じ柔道部だったぞ」
「それが今ではあんなに軟派なおじさんに成っちまって……」そう言って黒瀬は泣く真似をして見せた。
「え? 一条さんは良い人ですよ」同じツーリング仲間のケイは一条を擁護する。
「馬鹿、お前な。あの人に何人の男が泣かされたと思ってるんだ。気を付けねえと彼女取られるぞ」
「真に受けるなよケイ。御影は勝手にモテてるだけだからな」
「だから、たち悪いんじゃねえか。あのダンディーおやじ。あちこちで女作りやがって」
「ははは、気を付けます」顔に縦線を入れたケイが渇いた笑い声を上げた。
その時、店内に爆音が鳴り響く。
テーブルの上に置かれた空き缶がカタカタと躍り出す。
「な、何だー! 地震か!」慌てる黒瀬。
港屋のショウウインドウに巨大な影映り込む。爆音の正体は店外に停まったバイクから響いてくる。
「何なんだ、畜生!」黒瀬が吠える。
「げっ! あれは、ホンダ・ワルキューレ……すまんケイ。俺はちょっと配達に出て来る」
そう言ってこの店の店長である広重光一は手に持った伝票を投げ出して、店の裏手の扉から一目散に駆け出した。
「何だよ、あの慌てよう……」黒瀬が独り言ちるように呟く。
「ははは、ワルキューレは先程の話の美香さんのバイクですよ」笑いながらケイが答える。
「マジか! 俺も逃げる」
「黒瀬さんは駄目ですよ。CBの前押さえられてるから逃げられませんよ」遠い目をしたケイが告げる。
CB750Fの横に覆いかぶさる様に止められた巨大な黒い影。
全長実に2560㎜。排気量1832㏄。水平対向6気筒エンジン。ホンダ・ワルキューレルーン……。
それに、アメリカ製の六本出しマフラーが付いている……。
「んげっ! 俺のCBがちっちゃく見える。ナナハンなのに……」
港屋の入り口を塞ぐ様にして真っ赤なツナギの女性がヘルメットを抱え入って来る。
角刈りにまで刈込んだ金髪。見る者を射殺すような鋭い眼光。はち切れんばかりに膨らんだその胸部……。
「おらー! 光一、居るか!」
ドスの利いた女性のバリトンボイスの声が店内に響き渡った。
「ひぃ!」黒瀬の小さな悲鳴が聞こえた。
「ははは」ケイが諦観を込めた渇いた笑い声を上げた。
―風の旅 END。
ここまでお読みくださり大変ありがとうございました。
本ストーリーはここまでとなりますが、バイク物のストーリーはこれからも制作を続けたいと思います。
風の旅~バイクが綴る物語~(旧題:バイクに関するエトセトラ) 永遠こころ @towakokoro
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