第27話 エピローグ
世界の危機を救った英雄は国へと帰り、大金持ちになってお姫様と結婚し、そして末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
――なんて物語のように、世の中は単純な造りにはなっていないようで。
魔竜ビフェムスを追い返した日から二日がたったお昼。
自室の机に座った俺の前には、何枚もの紙が積まれていた。
「……終わらんな、これは」
書きかけの書類に走らせていたペンを置き、俺はため息をつく。
そこに書かれているのは、嘘や誇張を大いに交えた一連の事件の
……結局、俺は英雄となる道を選ばないことにした。
偶然魔獣召喚の儀式に遭遇して訳もわからぬまま助けを呼んだ、通りすがりの生徒A。
それが俺の選んだ自身の配役だ。
英雄と呼ばれることに憧れがないわけじゃない。
俺だって人並みに評価されたいと思うし、幸せな人生とやらを送ってみたくはある。
だが今回はその手柄を享受できない理由があった。
それは
バームは言っていた。「奴らと群れることはない」、と。
つまり裏を返せば、アンジケーターという組織は複数人以上で構成された組織ということだし、その中にはバームと違って集団で行動する奴もいるということだろう。
バームが死んで計画が阻止されたことで、他のアンジケーターが俺たちに接触してくる可能性もある。
相手がもし権力に食い込んでいたりした場合、俺たち学生の身分ではどうしようもない。
せめて学校を卒業して勇者という身分を得てからでないと、簡単に抹殺されてしまうことだろう。
だからノンやウィルを危険に巻き込まない為に、俺たちの存在はおおやけには隠すことにした。
仲間の命を危険に晒すわけにはいかない。
――と、そこまではいいのだが。
問題はエイリオに渡されたこの面倒くさい宿題だった。
俺たちの存在をできるだけ隠しつつ、夜の森にいた理由やバームの動向、
逆に言えば上手く情報を公表できれば、人類側にとってもプラスになるのだろうが――。
「……面倒くさい」
――他人とのコミュニケーションが苦手な俺に、正確な情報共有をしろというのが無謀な指示だった。
俺が何とかならないものかとため息を漏らしつつぼんやり窓の外を見つめていると、ノックの音が響いた。
「――開いてるぞ」
ドアが開き、少女が姿を見せる。
彼女はその腕にウニを抱えつつ、部屋の中へと入って来た。
「……なんだ毛玉か」
「おお? この後ろの美少女が目に入らないとは、もしや目に怪我でも負いましたか」
「ああー……美少女かどうかはわからんが、小さすぎて見えなかった。すまん」
「あぁ~そのとってつけたような謝罪がむかつくぅ~! あと数年したらどこもかしこも大きくなりますからね、わたしは!」
「ハハハ、たしかにあと数年すれば成長期の一つも来るかもな」
「そこまで幼児じゃないやい!」
入って来て十秒でやかましいノンを適当にあしらいつつ、彼女はこちらの手元を覗き込む。
同時に毛玉が「うにぃ!」と鳴いた。
「あんまり進んでませんねぇ」
「……
彼女は俺の書いた書きかけの報告書にサッと目を通すと、感情を込めずに口を開いた。
「――バーム先生、残念でしたね。ちょっと調べてみたんですよ」
「調べた?」
思わず聞き返す俺に、彼女は言葉を続ける。
「はい。バーム先生は昔、北方で魔獣の侵攻を抑える為に戦っていたそうです。ですが十年前の魔獣戦役では目を負傷。さらに奥さんと息子さんが囮として使われたとか」
彼女は神妙な面持ちでそう語る。
「バーム先生も、魔獣の被害者の一人だったのかもしれませんね」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
「――そうだな」
奴を倒したときのことを思い返す。
たしか奴は『レイシア』と名前をつぶやいていたはずだ。
……もしかすると、それが亡くなった奥さんの名前かもしれない。
考え込んでいる俺の前で、彼女は人差し指を立てた。
「あともう一つ調べてみたことがありまして、ロイくんが戦ってたときにバーム先生が持っていた黒い結晶。……あれ、気になりません?」
どうやらノンもウィルも、俺がバームと戦っている様子をこっそり眺めていたらしい。
バームが魔獣化したとき、奴はたしかに小さな黒い結晶を持っていた。
ノンは腕を組みながら首を傾げる。
「たぶんあれを使って魔獣化をしたり、ゲートを開いたりしたんですよね。ロイくん、あれに心当たりあります?」
「……ある。――といっても、似ているだけの全然別の物ではあるが」
思い返せば、あれは
ゲートを開く際に崩れ落ちていたが、もしかするとあれは
「あれは
「ほほう、魔界にあるという伝説の……?」
「ああ。一度見たことがあるんだ。雰囲気がそっくりだった」
俺の言葉に、ノンは腕を組んで首を傾げる。
「なるほど。そっちの線で探してみれば、バーム先生の協力者――
「だがあれは壊れてしまったようだしな。実物があれば探しようも――」
……ん?
俺は言いかけて、眉をひそめる。
「……おい、お前まさか黒幕を突き止めようなんて思ってないだろうな?」
「……え? むしろここで探すのやめちゃうんですか?」
俺は大きな、とても大きなため息を吐く。
「相手の全容もわからんのに藪を
「えぇ~……。でも、気になるじゃないですかぁ~」
彼女は不満そうに口を尖らせた。
俺は呆れながらも言葉を続ける。
「お前はそんなだから――」
――一周目で死ぬことになるんだぞ。
……そう言いかけて、やめた。
「……なんです?」
首を傾げる彼女に、俺は目を逸らす。
「――そんなだから、嫁のもらい手もいなくなるんだぞ」
「……えぇ!? 今そんな話してましたっけ!?」
「してたしてた。良い女は細かいことを気にしちゃいけない」
「え~? ……まあ、いいですけど~。もし行き遅れたらロイくんにお嫁さんにしてもらうんで~」
「俺の意思にも少しは配慮してくれ」
俺はまたため息をついて――そして少しだけおかしくなって、笑った。
こいつはきっと死ぬまでこんな調子なのだろう。
「お前に合わせていたら、これから先も大変そうだ」
「えー、そんなことないと思いますけど。……ていうか、これからも一緒にいてくれるんですか?」
俺の言葉に彼女は少し顔を赤らめて、上目遣いにこちらを見つめた。
……自分で『お嫁さん』とか言っておいて照れてるんじゃない。
俺はため息をつきつつ、ノンに笑いかけた。
「……そりゃあ、仲間だからな」
ゲートが閉じかけていた時に、手を差し伸べてくれた彼女のことを思い出す。
――一周目では手に入れられなかったものを、手に入れられた気がした。
俺は彼女に向かって口を開く。
「――ずっと部屋にいたら息が詰まるな。少しぐらい外に出るか」
俺がそう提案すると、ノンは手を上げて賛同した。
「あ、じゃあ街のオシャレな喫茶店見つけたんですけど、そこ行きません? 一人で入る勇気がなくって」
「お前の奢りならいいぞ。俺は金がない」
「じゃあお金貸しますね。利子はお安くしとくんで」
「……お前に借りたら毛の一本までむしり取られそうだ」
「え~! どんなイメージなんですか、わたし!?」
二人でそんな言葉を交わしつつ、俺たちは部屋を出た。
――ウィルやミカドも誘って、気分転換といくとするか。
廊下の窓から、外の景色が見えた。
中庭の緑が生い茂り、日差しが降り注いでいる。
そこには魔界には存在しない、のどかな日常が広がっていた。
俺の内に宿る憎しみは――狂気はきっと簡単になくなりはしない。
それを発散させる方法は、俺にはわからない。
――だけど。
せわしなくちょこまかと動くノンの背中を見ながら、考える。
――こんな日常を楽しむのもいいかもしれないな。
俺たちは二人で一緒に廊下を歩く。
そうして少しの間全てを忘れて、俺は学生としての青春を楽しむことにするのだった――。
『反転』勇者のリスタート~裏切られた英雄は二週目の学園生活で復讐を遂げる~ 滝口流 @Takigutiryu
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