起 蒼いユメを捧ぐ 2
“人でなし”を監査する監査官の総本部は都心から離れた山の裾野にひっそりと立っている。真白とはお世辞にも言えない黄ばんできびわれて蔦に覆われた洋館は何処を如何見ても公的機関の本拠地だとは思えない。
それもその筈だ。此処は“総本部”と銘打って入るものの、常駐するのは本部長とその旗下で働く事務局員数名しか居ないのだから。
監査官は支給品の情報端末から届く任務をこなして、報告書を端末で送信する事で任務完了となるケースが多い。
そのため、総本部に呼び出されることがない限り監査官はこの場所に足を運ぶ事は無い。現に夕暮れ時の館には人影も少ない。
幽と伊佐奈が通されたのは洋館の一階にある応接間だ。その紅茶の香りが漂う一室に総本部長はくつろいだ様子で本を読んでいた。
「すまないねこんな辺鄙な所まで来てもらって。基本的には呼び出して依頼をする事は無いのだけど。今回は特別な仕事をお願いしたくてね」
そう言って、此方を見やる総本部長___彼女は微笑んだ。
「大した持て成しは出来ないけど、紅茶と茶菓子を少々用意してあるからね。楽に聞いてくれたまえ」
指し示すのは対面にある座り心地の良さそうなソファーだ。幽は躊躇いなく座る側で伊佐奈がおずおずと彼の隣へ座る。
無理もない、伊佐奈は数回この本部には来たことがあるとはいえ、幽に比べれば本部長と会った回数は少ないのだから。
気安そうに見える彼女だが、伊佐奈と幽を見つめる瞳は静かに凪いでいる。
伊佐奈がふるりと小さく肩を揺らす。
そんな彼女の様子に幽は苦笑した。
本部長は会う機会が少ない相手を試す癖がある。そんな悪癖は相変わらず治ってはいないらしい。
「相変わらずだね亜紗。いいさ、たまには貴女の顔を見にくるのも良い」
そう言って幽は肩をすくめて、一口紅茶を啜る。その様子に亜紗は不貞腐れた顔を見せた。
「久しぶりにあったけれど、変わらないねキミも」
「人間、そう簡単には変わらないさ。僕然り、貴女然り」
「おや、それは私への当て付けかい?」
「真逆」
おろおろと二人の顔を伺う伊佐奈には悪いが、このくらいの応酬はいつもの事だ。一瞬の間を置いて、亜紗はにこりと破顔した。
「あははははは、そうだ、そうだったね。人間そんなものさ。一本取られたよ幽 」
「それはありがとう。それで亜紗、今日の要件はなんだい?そろそろ本題に入らないと伊佐奈が心労で倒れそうだ」
澄まし顔で幽がそういえば、伊佐奈は首をぶんぶんとふる。
「幽!そ、そのくらいで倒れたりしないわ」
「ならばいいけど。君はよく無理をするからね」
「そんなことないわよ....多分....」
しゅんと肩が下がる様子を見るにどうやら自覚があるらしい。それに、亜紗の面前だ。人を揶揄うのが大好物な彼女の前でこれ以上追求するのはやめておこうと幽はため息を一つ溢して追及を止める。
だが、こんな面白そうな気配を逃す本部長ではなく、本題そっちのけでにやにやと笑みを浮かべている。
嫌な気配に幽は眉を顰めるが、もう遅い。
「へぇ.....随分と打ち解けてるみたいだね。そりゃ重畳重畳。キミも久方ぶりかな、伊佐奈ちゃん」
「は、はい!お見苦しいところを...申し訳ありません.....」
恐縮しきりの伊佐奈が顔を真っ赤にして頭を下げる。
「いいさいいさ、なんたってキミは幽が久方ぶりに相棒になることを許した期待の新人だからね。聞きたいことがたくさんあってね」
「はい!なんでもお聞きください!」
「おや、素直だねぇ。幽にも見習って欲しいくらいだよ」
「亜紗 」
「なんだい幽?こんな可愛い仔を一年も隠していたんだ、少しくらいいいじゃないか」
こうなったら彼女は止められない。
長年の付き合いでそれを知っている幽はティーカップを戻して、息を一つついた。
横で伊佐奈が不思議そうに幽を見つめる。
「知ってるさ。貴女はこうなったら止まらない。でも、話が逸れる前に本題を教えて欲しいのだけれど」
相変わらずだ。この男は。
本部長は年甲斐も無く頬を膨らませてむくれた。
「相変わらず、空気の読めない男ね」
相変わらずきょとんとしている伊佐奈の頭をぽんぽんと叩きながら幽は微笑んだ。
「貴女と付き合うにはこの位で丁度良いのさ」
白黒感情領域論 放浪する猫 @errantchat
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