第3章 真相編
第41話 真相
◇◇
ゼノス歴304年12月某日、ヴィルモン城の一室――。
「ううっ。さぶっ!」
「冬なのにそんな格好では風邪を引いてしまいます。何か羽織るものをお持ちしましょうか?」
「ふふ、ユーフィンちゃんは相変わらず気が利くのね。でも、ご厚意だけ受け取っておくわ。純白の修道服の上からは何も羽織ってはならない、って規則になってるんだから。それよりもあっつーいお茶はまだなの? 少年!」
「分かってるって。ったく、相変わらずうっせーなぁ」
「グチグチ文句を言わないの! それともか弱いアデリーナちゃんが凍え死ぬのを見たいと言うの?」
「そんな趣味はねえよ。はいよ、お茶できたぜ」
「あちっ! ちょっと! 唇を火傷したらどうしてくれるのよ! 私のチャームポイント……。って、余計なことをしゃべりすぎちゃったわね」
この日はレナードとメリアはティヴィルを訪問中で留守にしている。
だがそんなことなどお構いなしに、ルーン神国の特別捜査員であるアデリーナは、ずかずかと城内に足を踏み入れ、ユーフィンとラウルの二人を呼び出したのだった。
「実はね。今日は二人に用事があったのよぉ」
椅子の背もたれに寄り掛かり、足を組んだアデリーナは、目を丸くした二人をじっと見つめている。
「どんなご用件でしょう?」
ユーフィンが代表して問いかけると、アデリーナは髪の毛を人差し指にクルクルと巻きつけながら答えた。
「悪魔召喚の罪で服役中のドルトンって知ってる? 明日、釈放されるんだけどねぇ」
「ええ。ルドリッツ帝国の貴族とうかがっております」
「そそ、そのドルトンがねぇ。こんなことを言ったのよぉ。
『あの時、意識を失っていたレナードがつぶやいた言葉を思い出せ』ってねぇ。
あの時と言えば、やっぱりレナードをステファノとあなたたちが助けにいった時よね。私はその場にいなかったものだから、彼の言葉の意味が分からないのよぉ。
だから教えてちょうだい。『耳』のいい少年くん」
アデリーナが視線をラウルに向ける。
一見すると眠そうな垂れ目だが、その瞳の奥にはどんな偽りも見通してしまいそうな、強い光が感じられた。
少しだけ考え込んだラウルは、記憶を引っ張り出しながらゆっくりとした口調で言った。
「確か……。『1年後。もっとも利を得た者こそ魔王の手先だ』と……」
ニタリと口角を上げたアデリーナは、独り言のようにつぶやいた。
「今はまさにあれから1年後だけど、どうかしら?
あ、ちなみに私は未だに後輩に遅れをとったままだしぃ、彼氏もいないしぃ、とてもじゃないけど、『利を得た』とは言えない……。ああ、すっごく悲しくなってきちゃった。
……って、私の話はどうでもいいのよぉ。
まずはユーフィンちゃん。どう?」
「どう、と言われましても……。私はこうしてレナード様のおそばで奉公できておりますので幸せです」
「ふーん、彼氏は?」
「そ、そんな人いません!」
「じゃあ、『除外』ねぇ。少年は?」
「お、俺もレナード様のそばにいられるだけで……」
「あれぇ? 顔が赤くなったぞぉ。もしかして恋、しちゃってる? ねえねえ、誰なの? こっそり教えてよ。減るもんじゃないしぃ」
「お、俺のことはどうでもいいだろ! 俺も『除外』しろ!」
ふぅと大きく息をついたアデリーナは、何度か首を縦に振った。
「そうね。あなたたちではなさそうだわ。
となるとぉ……。
『大将軍』に抜擢され、プライベートでもステファノと噂の立ってるハンナ。
アラスの国王となり、ルドリッツ帝国を傘下に収めようとしている絶好調のステファノ。
希望通りに辺境の地で隠棲し、可愛い彼女と婚約したレナード。
そのお相手であるレイラ。
このあたりが怪しいわねぇ」
「くっだらねぇ。単にあんたが嫉妬してるだけだろ」
「私も推測にすぎないと思います。そもそもレナード様が無意識のうちに言葉にしたことが、それほどまでに重要とは思えません」
ラウルとユーフィンが即座に反論したのは、『魔王の手先』の候補にレナードが含まれていたからなのは間違いない。
しかしアデリーナは、彼らの意見など聞く耳を持たずに続けた。
「ところでユーフィンちゃん。あの時に『違和感』を覚えたことはないかしら?」
「違和感?」
「ええ。ドルトンは『違和感』を覚えたって言ってたんだけど、何に覚えたのかは忘れちゃったって言うのよぉ。『目』のいいあなたなら、何か覚えていないかなってね」
今度はユーフィンが考え込む。
すると彼女ははっとした顔になって、大きく目を見開いたのである。
「ふふ。何か思い出したって顔ねぇ」
「いえ……。たいしたことではないので……」
「言っておくけど、これは悪魔召喚のレベルとはけた違いに重要な事案なの。その身に魔王を宿すレナードを助けることにもつながるわぁ。だから協力してちょうだい」
アデリーナの有無を言わせぬ物言いに、ユーフィンはあきらめたように低い声で告げた。
「クリスタル……」
「クリスタル?」
「はい、魔王が封じられていたクリスタルです。最初、私には『綺麗に光る石』にしか見えなかった。でも……」
「一目で『魔王が封じられている』と見抜いた人がいたってことねぇ」
「はい……」
「ステファノね」
「……はい」
消え入りそうな声で答えたユーフィンの肩を、アデリーナがポンと叩く。
そして彼女は話題を別に移した。
「ところで。あの時の一件なんだけどぉ。
レナードの中に、レナード自身の人格、『レナードの体を乗っ取り、世界をわが物にせんと企んだ勇者』、『レナードとともに静かに暮らしたい魔王』の3人がいたというのは聞いてるわよねぇ」
「ああ、それで最後はレナード様と魔王の2人が勇者を倒したんだろ」
「
「ああ、悪い勇者が出てきて、レナードを危ない方へいざなった」
「切通しで
でも今となると、あそこにも『違和感』が潜んでいたのよ」
「どういうことだ?」
「だってメリアがジュヌシーからレナードによって連れ出された時、彼は
「あっ……」
ラウルとユーフィンが一様に目を丸くする。
アデリーナは淡々とした口調で続けた。
「つまり『切通しで宙に浮いたレナード』と『メリアを連れ去る時に魔法を使ったレナード』は、別の人格だったってこと」
「待ってくれ。どういうことだ?」
「それを紐解くには、もう少しさかのぼる必要があるわぁ。
ユニオールでレイラとライアンを助けた後、彼はハンナの命を奪わなかったらしいわねぇ」
「ああ、それから意識を失って、ジュヌシーへ連れていかれたんだ」
「ふーん、でもその時のレナードの人格は『勇者』とは考えにくいわねぇ。
だって『勇者』はレイラに封印を解かれることを望んでいた。
だったらその場でハンナを殺して、レイラの後を追いかけた方が、ジュヌシーに連れ去られるよりも遥かに望みが叶う確率が高いものぉ」
「となると……。ジュヌシーに連れていかれるように仕向けたのは……」
「魔王ってことね。そして同じ理屈で言えば、宙に浮いて向かった先がレイラではなくドルトンだったってことは、切通しでレナードを操ったのも魔王だわぁ」
「そんな……」
「これはあくまで推測の域を出ないのだけど、魔王は『あえて勇者がレナードの体を乗っ取るように仕向けた』のかもしれないわ。
いわば『隙を見せた』といったところかしら」
「でも、なぜ?」
「うーん、勇者を倒す大義名分がほしかったんだと思うの。
もし何も理由がないのに魔王が勇者に襲いかかったら、レナードは彼を何としても自分の中から追い出して、別の何かに封印しようとするでしょうねぇ。
もっと言えば魔王にとって勇者は邪魔だったから、理由をつけて消してしまいたかったんだわ」
「なるほど……」
「勇者はその手にまんまとはまり、魔王をレナードから追い出したうえで、自分の封印を解こうと動き出した。
それがメリアをジュヌシーから連れ去った時よ」
「空を飛ぶ魔法を使ったのは勇者だったということですね」
「ユーフィンちゃん、正解。アメあげるね。
でも魔王には『協力者』がいた。
その人がいることで、クリスタルに封印された魔王はレナードの中に戻ることができた――」
「その協力者がステファノ陛下だったと……」
アデリーナは静かに立ち上がると、部屋を後にしようとドアノブに手をかけた。
「ステファノが回りくどいことをしたのは、ルドリッツ帝国の重鎮たちを巻き込み、帝国を内側から切り崩すため――。そう考えれば、すべての筋が通るわぁ」
「全部、憶測にすぎません」
ユーフィンが冷たく言い放ったのは、ステファノに危害がおよぶと予感したからだ。
そんな彼女の心情を鋭くくみ取ったアデリーナは、穏やかな口調で返した。
「安心なさい。何の証拠もない今の状況で、ステファノの捜査をするつもりはないから」
「そうでしたか。それはよかったです」
「ふふ。じゃあ、私は自分の国に帰るわね。レナードに『お幸せにぃ』って伝えておいてくれる?
あ、あと少年。お茶ありがと。お礼に恋愛相談ならいつでも乗ってあげるからねぇ」
「へんっ。ずっと彼氏のいないあんたに相談したって、ろくなことにならねえっつーの」
首をすくめたアデリーナは、部屋を後にした。
……が、ドアを閉める際に、こう言い残したのだった。
「ドルトンは釈放された後、ステファノの側近になるそうよぉ」
(了)
反攻のレジェンドキラー 友理 潤 @jichiro16
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