最終話 睡眠こそ最大の栄養素なり。
「魂年齢で言えば、零歳児かな(笑い)。済まん済まん。私の持てる知識の種をそなたに撒いておる。その種は、睡眠中に定着する。許容範囲を超えれば、欠伸がでるでな。遠慮はいらん、堂々寝るが良い」
「肉体がないのに欠伸ですか…生前の学び方とは、かなり違うというか、楽というか…」
「そうじゃな。生前慣れ親しんだ習慣を違った意味で用いておる。受け入れやすい故にな。空界では、この方法が合理的とされておる。人は、高い知能を持つ生命体だ。それゆえに厄介なこともある」
「厄介とは、これほど楽なことはないと思いますが」
「楽、楽と言うな。人は、知識を得る場合、その者の経験や考えが、無意識・意識的に加味されてしまう。それが、元々ひとつの真意であったはずのものが、捉える者の考えが加味され、変化してしまう。真意が捉えるものによって変化してしまうという不具合は、共通認識の妨げになるゆえにな。それを防止するための術なのだ」
「言わば、伝聞と同じことですね。伝える者によって内容が変化してしまうということですね」
「そうじゃ。これは、私も知らぬ大昔に、神が幾人かを集められ、人が幸せになる経を伝えたと聞く。聞いたものは、それを多くの者に広めるために、それぞれの目的地に散らばった。その旅路の過程で、幾多の経験を良くも悪くも繰り返し、また邪気などの巧みな洗脳を受けた。その結果、幾多の宗教や経典が生まれてしまった。その反省から、空界では思念を直接植え付ける方法をとっておるのじゃよ」
「私が知るだけでも、南無阿弥陀仏、南妙法蓮華経、アーメンなどがあります」
「それらは、元々ひとつの経典が変化してしまったものと聞く。元々の経典がどんなものだったのかは、知るすべはない。経典は、心の安らぎを得るもの。それを、教える者の都合のいい発想や利益が加味されて、広まることは嘆かわしい現実だ。本に心が痛むわ」
「確かに」
「勿論、元々の経が分からぬいま、我らの学ぶ教えが真の経などと奢ることはない。いいものはいい、変更すべきは正す、その柔軟性は常に持つよう心がけよ、よいな。人の教え、宗教に上下関係などないゆえにな。邪教には注視すればよい」
「して、その判別方法は?」
「簡単に言えば、進化する生き方を宗教と言う名の壁を設けぬこと。また、常に自分が他者よりも優れていると、何ら根拠もなく風潮する者、神の生まれ変わりなどと言うのは疑って憚りない。日本の天皇制度はいい例かもしれない。天皇が神の生まれ変わりと言うのはいささかだが、少なくとも、千年以上継承している事実は、他に類を見ない。権力者による宗教への弾圧はあったとはいえ、ひとつのことを継承し続ける意識は、誇りに思うことに憚りないでな」
「不変、継承には、重大な意味が 含まれるということですね」
「なぜ、不変でよいのか、なぜ、継承されるのか、そこには、人が生きるのに大切な要素が含まれているのだろうよ」
「そうですね…中心人物が変わるたびに考えや風習が変われば、真実はぼやけて何が真実かもわからなくなります。歴史の経緯とは、良くも悪くも真実。御都合主義で変化させるものではないということですね」
「そうじゃ。継承する難しさ、誇りを経験することが民度の品格を築くのじゃよ」
「…ふあぁぁぁ、あれ」」
龍厳は、大きなな欠伸を躊躇いなくした。
「おっ、出ましたな。少し、詰め込み過ぎたかな。寝ればよい。寝る子は育つ。無意識で素直な気持ちで得た情報を寝ることで脳が、整理し、知識、物の考え方として育てる。睡眠は、心意の安らぎ、栄養じゃよ。さぁ、寝ろ、寝ろ」
法師の言葉が、子守唄のように聞こえ、龍厳は穏やかな眠りに着いた。眠りの中で、法師によって撒かれた真意の種は、龍厳の脳に時間を掛けて、根付いていった。それぞれの真意は、プナシスによる回路によって、複雑に、多岐に渡り、結合、融合を繰り返していた。まるで、細胞分裂するが如くに。
幾年月が流れたのや…。
夢物語の中で大厳言法師と時代を行き来し、心理の襞を学び、空界で学びし者が如何にして人間と関わるかを享受され、気がしていた。そう、龍厳には現実なのか空想なのかの判別が出来ないでいた。
「のう、龍厳よ。ちと、早いが生きた者と関わってみないか」
「是非」
「うん、では、私が選んだ世界へと参って、思う存分、新たな人生というものを愉しむがよかろう」
「で、どこのどなたに憑依致せば宜しいのでしょうか」
「ほほほほほ、面白き時代を生きた人物じゃよ」
「はい…」
「では、参ろうか」
大厳言法師は龍厳を左に据え置き、青と白の煙が渦巻く時空を旅した。暫くして、中央に橙の色の光が差し込み、その矢先の指す人物の頭上に留まった。
「ほれ、あれよ。あれがそなたが憑依し、この世を救う人物よ」
「この世を…」
「と言いても、肉体を持てるときのの」
「は…い」
「それでのう、龍厳。そなたの名を本日只今より、龍玄と致すゆえ、精進致せ」
「はい」
「では、後はそなたに任せるわ。存分に愉しむがよい」
大厳言法師が経を唱え終えた時、龍玄はある人物と一体化していた。
「それがそなたが憑依する人物よ」
「このお方が…、で、何をなされておるお方なのでしょう」
「名を明智光秀と申してな、日のもとでそれはそれは名の知れた権力者と深くつながるものよ、色々な意味でな、ほほほほほ」
「意味深で御座いますな」
「そうよ、多分にな。そなたの身の振り方、考え次第でこの日のもとが大きく変わるやも知れませんぞ」
「そ・そんな…」
「そうじゃ、最後に行っておくわ。そなたの記憶は私が経を再び唱え終えた後は、すべて消し去られる。私の事もな。ゆえに、尽力致せ、自分を信じてな」
「そのような大任、いくばくかの事調べを頂きとうございます」
「大丈夫か。これから時代を動かそうと致すのに、尻込みして」
「いや、これは武者震いともうすもの」
「うん、それでよいわ。この明智光秀は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と深い関係を持つ男よ」
「なんと…」
「この男は百歳は生きたと言われる人物でな」
「百歳…」
「そのからくりはそなたが作り上げればよい。面白いでな。おう、そうそう。言い忘れておったが、そなたに協力者を用立てておる。楽しみにしてるがよい」
「そのお方とは…」
「行ったであろう、すべての記憶は消え去ると」
「はっ、はい」
「そうそう、歳かの~物忘れが激しいわ。そなたは空界の定める学びの時間を大幅に簡素化しておってな伝授すべきことも足りてぬ処が多いであろう。これは私のこの世界の改革の一手じゃよ」
「飛び級制度ですか」
「そうじゃ。教わるも大事じゃが自ら考え動くことよ。空界は失敗を良しとせぬ。過去の経験値より来たる世を創造するは面白みに欠けるように思えてな、我が意志にてそなたを導いた。それだけに苦労を強いやるやも知れぬ、その点は許せよ」
「お気遣いなく」
「うん。これから歩む道は、簡単に言えばこういう事よ。道を歩めば、必ず分岐点に出くわす。その際、右に行くか、左に行くか。上るか下るか。はたまた斜めに行くか。その行く手にはそれぞれ異なった道が開かれる。後の世で言うパラレルワールドじゃよ」
「パラレル…」
「よいよい、いずれ分かるでな。要は、大事は分岐点。その際の選択、駒の作り方、動かし方をそなたが考え動くものよ」
「将棋の勝ち負けに似てますね」
「そうじゃな。大きく乱れた世は、天界のお力で揺り戻されるわ。大災害や戦などによってな。ただ、その仕打ちがこの日のもとに集まるは、理不尽な思いはあるが、八百万の神がおられるでな、仕方がないわ」
「誤れば、神が正しく導かれると」
「そう思い、悔いのなきように動けばよい」
「はい」
「では、思う存分、魂の世界を堪能致せ」
大厳言法師は、経を唱え始めた。再び目が覚めた龍玄は初老の男として新たな命を得た。記憶と引き換えに。
さて、この物語の続きは、「蠢く鴉は闇夜に笑う」にて、お話致しましょう。
この世の花に魅せられて、今はあの世で生き候 龍玄 @amuro117ryugen
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