最終話 『約束』の先

「待っていたぞ、マルクス」



翌日の昼頃。

僕はレーラの手を握り、屋敷の広間に立っていた。


目の前には領主であり僕の父、カルストがいる。

そしてその両隣には顔色の悪い母と、不安そうな顔をした兄弟たちが立っていた。



「約束を果たしに来ました」

「そうか」



父は僕の隣にいるレーラを見た。

確かに繋いだ手は震えていたが、それでも彼女はしっかりを父を見て会釈する。


その挨拶を無視して、父は目の前のテーブルに3つの瓶を置いた。



「この小瓶には伝えた通り毒薬か栄養剤が入っている」



赤色、青色、黄色の蓋がついたガラス瓶が置かれた。

どれも無色透明、量も液体の滑らかさも差異がないように見える。



「毒薬は飲んでから10分以内に死に至らしめる代物だ。

 お前が小瓶を飲んでから10分、死ぬことがなければ結婚を認めよう」

「…わかりました」



振り返ってレーラの手を離すと、両手でしっかりと握った。



「レーラ、僕を信じて待っていてくれ」

「わかったわ…信じているから」



離れていく愛おしいぬくもり。

寂しさを感じたが、今一時の話だ。


小瓶を飲み干し、生きて、また手を繋いで生きていけばいい。




さあ、選べ。


父の言葉に、僕は3つの小瓶を観察した。




やはりどれも見た目の差異はない。

となると、もう自分の感を信じるしかない…か。



どれにしようか。



赤色は、彼女と2人で初めて出かけた花畑に咲いていた花の色。


青色は、僕は初めて彼女に告白した日の晴れ渡る空の色。


黄色は、いつも僕を想って作ってくれた彼女のクッキーの色。



ああ、それだけじゃない。

黄色は、あと―――――――――






「それでいいんだな」



父は手に取った黄色の小瓶を指して僕に言った。

何も言わずに頷くと、そうか、と表情を変えないまま口を閉ざす。




黄色。


昨日出会った不思議な魔女の、瞳の色。


意地悪な彼女とのほんのわずかなやりとりを思い出す。






『それでもあなたは、毒を飲むの?』



ああ、飲むさ。


そして、僕の欲しい未来を、手に入れてみせるんだ。




僕は一気に小瓶の中身を飲み干した。







――――――――――――――――――――――





「…旦那様」



トリッド家の使用人が、おずおずと1人の男に声をかけた。

先ほどまで大勢の人がいた大広間には、もう男しかいない。



「旦那様」



使用人がもう一度声をかけた。

男は一点を見つめて動かなかった。



放たれた扉の向こうの空に思い出されるのは、

手を繋ぎ、駆けていく年若い夫婦の後ろ姿。



息子の新たな旅立ちを、彼はその目に焼き付けようとしていた。





「…呼んだか」

「はい、お呼びしました」



数秒、使用人の戸惑う雰囲気を感じつつも、男は気に留めず言葉を待つ。



「マルクス様のお部屋にあった鏡台の鏡が、割れてしまっておりました。

 朝は何ともなかったのですが…いかがなさいましょうか」



目線を外すことなく、男は使用人に言葉を返した。




「…丁重に処分してくれ」






彼の部屋の開け放たれた窓から、穏やかな風が流れ込んでくる。


雲一つない空から降り注ぐ光に照らされて、その割れた鏡は最期の輝きを放っていた。






――――――――― それでも魔女は毒を飲む Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでも魔女は毒を飲む 綾乃雪乃 @sugercube

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ