第3話 それでもあなたは毒を飲む?
「もしあなたが毒薬を飲んで死んでしまったとしましょう。
レーラはきっと悲しむわね」
「…そうだろうね」
ランプの灯だけが僕らを照らす静かな部屋。
突然現れたこの魔女の存在によるものなのか、今まで暮らしてきた自分の部屋でないような冷たい空気が流れていた。
きっと、今日は特に冷える夜なんだ。
「そしてきっとレーラはこう思うわ。
『私がマルクスを愛さなければ、喪うことはなかった』と」
「…………」
そんなことはない、なんて言えるはずがなかった。
誰にでも愛嬌のある笑顔を振りまく彼女は、強さと優しさも備えた人間であることはよく知っている。
それ故に、喪うことの悲しみも人一倍であることをよく知っていた。
病で失った友人の墓前で、1人涙を流す彼女の記憶が脳裏に蘇った。
「きっと今回の約束だって、レーラは迷っていたのではなくて?」
「ああ、確かに迷っていた」
視線が魔女の足元に落ちる。
彼女の裾は地面を引きずるほど長く、足の先までは見えなかった。
深い吸い込まれそうな紫が僕の視界を埋めている。
「でも、レーラは言ってくれたんだ。
『あなたの想いを信じます』と、僕の手を握ってくれた」
「彼女は優しいのね。だからきっと、本音は言えないのでしょう」
「あなたは随分と意地悪だ」
「あらあら、思ったことを言っただけよ」
もう一度視線が上げて、僕は魔女の顔を見た。
ランプの灯が彼女の顔を横から照らし、明暗をはっきりと映す。
「他にもあるわ。もしかしたらあなたのお父様は、3つの瓶すべてを毒薬にするかもしれないわ」
「それはないだろう。父はそういう人間じゃない。約束を曲げるような人じゃない」
そう、と魔女はそっけなく返事をして、僕らの間にある鏡台を見た。
「ねえ、マルクス」
「…何だ?」
「それでもあなたは、毒を飲むの?」
その一声は、この部屋全体に響き渡っていくような強い何かを持っていた。
つられて鏡台を見ていた僕は、思わず目の前の人物に視線を移す。
その金色の瞳は細められることなく、僕をじっと見つめていた。
「…ああ、飲むさ。
そして生きて彼女と、レーラと添い遂げてみせるんだ」
僕も魔女をじっと見返した。
数秒して、彼女はまたふっと目を細めた。
「そう。それなら、私もあなたの未来を願おうかしら」
「…僕はもう寝るよ。今なら休めそうだ」
「そうすればいいわ」
僕は座っていたベッドに足を投げて、布団を被った。
部屋の唯一の灯が大きく揺れたので横を向くと、魔女はランプを片手にベッドの脇に来て、僕らを照らす。
「ゆっくり眠りなさい。よい夢を」
緊張の糸が切れたように、突然睡魔に襲われる。
魔女の穏やかな顔が、どんどんぼんやりとしていった。
朦朧とした意識の中で、僕は言葉を零した。
「…あなたと話せて、よかった」
ふふ、と。
声が聞こえた気がした。
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