第2話 『約束』の経緯

「僕とレーラが出会ったのは5歳の時なんだ」



領主 カルスト・トリッドの次男として生まれた僕は、いつか領主を継ぐことを目標に、兄弟と勉学に励みながら、領地の子供たちと遊んで育ってきた。

その子供たちの中にいた宿屋を経営する両親の娘が、レーラだった。


1つ年下の彼女は昔から気が弱くて、よくいじめられていた。

その彼女を助けたことがきっかけで、仲良くなった。



それから数年が経ち、2年前。

王都の学校を卒業し、戻ってきたときに僕はレーラと再会した。


本当に美しくなっていた。

短かったプラチナブロンドの髪は長くなっていて、風に乗ってふわりと舞う。

いつも泣きそうな顔をしていた表情は、宿屋の経験の賜物だろうか、強く優しいものに変わっていた。



それから、僕らが恋に落ちるのに時間はかからなかった。



「へぇ、かつてのご友人が愛する人に、ねえ」



ベッドに座って一通り話した僕に、愉快そうな返事が返ってきた。

先ほどまで僕が座っていた椅子に彼女は足を組んで座っている。


照明は消され、この部屋はランプの灯だけが僕らを照らしていた。



「彼女は本当に魅力的な女性になっていたんだ。いつも宿屋の仕事の合間を縫って僕に会ってくれる度に、手作りのクッキーをくれるんだ。

 屋敷に戻っても自分を想って食べてほしい、ってね」

「まあ、素敵なお嬢さんだわ」


「ああ、だからどうしても一緒に生きていきたいんだ。

 トリッド家の名前もいらない。結婚を認められれば出ていくつもりだ」



父親であり領主のカルストを始め、家族には結婚を大反対された。

もちろんそうだ。領主の息子が町娘と結婚するなんて、家の名前に傷がつく。

だから家を出ていくと言ったけれど、その瞬間に母親は倒れてしまうくらいだった。



「出ていくことにも大反対なんて、やっぱり家族に愛されているのね、あなた」

「…仲はよかったからね」



愛されて育ったことは十分に自覚している。

でもそれで目の前の愛する人を捨てることはできなかった。



それから何度も話し合って、父親は僕と『約束』を取り付けた。



「ふーん、で、その結婚の条件っていうのが…」



どく ね。


魔女はケラケラと笑って言った。




『明日、3つの小瓶をお前に用意する。

 そのうち2つは毒薬、1つは栄養剤だ。


 お前には瓶を1つ選び、飲み干しても生きていることができれば結婚を認めよう。

 どこへなりとも好きに行けばいい』



なんども頭で繰り返した、父親の言葉を口に出して復唱する。

魔女は帽子の先の装飾を揺らして、目を細めた。



「毒薬なんて大切に思っている息子に使う代物ではないと思うけれどねぇ」

「そういう覚悟で挑め、ということなんだろう」


「本当に毒薬を飲んでしまったらどうするの?」

「その時はその時だ、命と共に想いを断ち切るしかない」



…とはいってもねえ。

魔女は何か言いたそうにもごもごと口を動かした。



「毒薬を飲んで死んでしまったらどうするの?」

「だから、命と共に彼女への想いは」


「違うわ、レーラのことよ。

 あなたを喪って、あの子はどうするの?」




僕は一瞬言葉を失った。


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