第38話 主役は遅れてやってくる

「ブッ……ゴホォ……!!」


 魔剣が主導権を握るニルトの心臓部には、大きな風穴が開けられていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……!!」


 マズイ……!! マズイゾ……!! コノママデハ!!

 

 動悸を荒くし、魔剣は半眼で彼女たちを見詰める。


 状況は劣勢……事態の悪化に彼は歯ぎしりを立てた。

 

 カンガエロ……カンガエロ……!! テダテ、テダテヲ……!!


 そうして思考を巡らせる魔剣、目の前に広がる光景と照らし合わせ打開策を捻出しようと試みる。


 ……オ?

 

 そして、嫌な事に彼は思いついた。

 先手必勝、悪辣卑劣……しかし、効果的な一手を。


 ハハハ……ヤッテミル……カチハアル……!!


 何か決意を固めた魔剣は、卑しく笑い……手を地面に触れさせた。


「た、倒したん……でしょうか?」

「まだ辛うじて生きてる……しぶとい。さっさとトドメを刺す」


 そう言って、エヴァが一歩踏み出す。

 その時だった。


「え……?」


 アーシャの背後の地面から、黒い手が出現した。

 この時、ネスティとエヴァは自分に対する警戒のみに注力していた。

 そのためにアーシャへの反応が、数刻遅れる。


 その数刻が、明暗を分けるとも知らずに。


「アーシャさん!」


 咄嗟だった。

 スキルを放つ暇もなく、ネスティはアーシャを庇うように突き飛ばす。


「っ……」

「ネスティ……さん?」

 

 黒い手は、ネスティの右肺を貫いた。


「ぐ……ぁ……!!」


 苦悶の表情を浮かべる彼女は、口から血を吹き出す。


「くっ……!!」


 エヴァは黒い手を叩き斬るが、事態は既に起こってしまっていた。


「ハハ……ハハハハハハハ!!」


 魔剣は目を見開き声を上げて笑う。


「コレデェ……!! ジャマモノハキエタ……!! ソコノヨワイニンゲンハモンダイガイ……アトハ、キサマヲコロスダケダ……!!!」


 立ち上がった魔剣は目を細め、エヴァを見る。


「アーシャ。ネスティに回復ヒールを掛けて」

「で、でも……!! 私の回復じゃ……!」

「いいからやって。今その女を助けられるのは、貴方しかいない」

「っ!!」


 エヴァの言う通りだ。

 彼女はこれから再び魔剣と剣を交えなくてはならない。

 ネスティを治療する……彼女の命を握っているのは今間違いなくアーシャである。


「……分かり、ました……!!」


 涙を流しながら、アーシャはネスティ抱え、走り出す。


「サァ……!! ハジメヨウ!!」

「何かを勘違いしているみたいだけど、一人になった所で……私が負ける事は無い」


 そう言って、エヴァは刃を魔剣に向ける。


「ハハハハハハハハ!! タシカニ、タシカニナァ!! ダガ、ソレハ『イマ』のハナシダ!!」


 魔剣は体中に力を籠める。

 すると、依り代となっているニルトの肉体に変異が生じ始めた。


「アアアァァァァァァァァァァ!!!」


 雄叫びを上げる魔剣。

 それに呼応するように、肉体が膨張を始める。


 腕や足は先程の何周りも太くなり、それに合わせるように体格も肥大化していった。


「ハハハハハハハ……!!!」


 ……はち切れんばかりの筋肉、三メートルは超えると思われる体躯の化物がその場に顕現する。


「イクゾ……!!!」

「っ!!」


 魔剣とエヴァは互いに地面を蹴り、次の瞬間には互いの姿は目と鼻の先になっていた。


 鉄と鉄、歪な高音が火花を散らしながら洞窟内に響き渡る。

 エヴァは技術で、魔剣はその膂力に物を言わせて渡り合う。


「『無突:六式』」

 

『無突』を六連続で行うスキル。

 あまりにも早しその突きは、同時に六回の攻撃を行っていると同義だった。


「『影膜シャドウ・ベール』!!」


 だが、それは魔剣が放った黒い膜によって全て防がれてしまう。


「『暗黒大切断ブラック・ディオディール!!』」


 攻撃に転じた魔剣。

 魔剣はその刀身を包む闇を何十倍にも巨大化させ、自身を巨大な太刀へ変貌させた。


「ハァ!!」


 その太刀を振り下ろす魔剣。


「ここ」


 だが、その凄まじい一撃をエヴァは体を捻らせる事で避けた。

 正に紙一重。


「『無突:零式』」


 神速の突き。

 だが、零式と言ったそれには予備動作すらない。

 ただニルトの体の心臓部が貫かれたという事象のみが残る。


「ニィ……」

「っ」


 しかし、ニルトの……いや、魔剣の体は即座に再生していた。

 魔剣は剣を持っていない左手を握りしめる。


 そして、拳を放った。


「くっ……!!」


 剣で魔剣の拳を受け止めたエヴァ。

 この時、初めて彼女はまともに苦しい声を吐き出した。


「ハハハハハハハハ!!」


 魔剣の一撃によって、エヴァは地面を転がる事を余儀なくされる。

 即座に立ち上がり体制を立て直す彼女だったが、

 

「……」


 折れた自分の剣を見て、魔剣の方を睨み付ける。


「ドウシタ!! 『剣聖』トイエドケンガナケレバタタカエナイカ!!」


 そんな事はない。


 そう口を開こうとしたエヴァだったが、すぐに口をつぐんだ。


 実際の所、エヴァは得物を使用しない場合でもかなりの戦闘能力を発揮する。

 だが、今回はあまりにも相手が悪い。


 剣が無ければ……勝てない相手だった。


「ハハハハハハハハ!!! ヨシ、ヨシ、ヨシ……!!! カッタ!! オレガ、『剣聖』ニ!!!」


 叫ぶ魔剣。

 声音には、間違いなく歓喜が含まれている。


「トドメダ……!! シネェ!!!」


 魔剣は勢いよく跳躍しエヴァに向かって飛び掛かった。


 聖剣があれば…。


 後コンマ数秒の命、その最中でエヴァはそんな思いを胸に抱く。


 その時だった。


「とぉう!!」

「ア?」

 

 何処からともなく聞こえて来た威勢の良い声と共に壁から大穴が空くと、それによって飛び散った石破片が魔剣を襲う。

 その石破片は奴にとってさして脅威ではない。

 だが、エヴァへのトドメを中断するには充分であった。 

 

「ダレダ……? オマエハ……?」


 攻撃を止めた魔剣は突如訳の分からない場所から現れた者に目を向ける。


「ガハハハハハハハ!!! 俺を知らないとは世間知らずめ!! 俺の名はイブル!! 最強の男だ、覚えておけ!!」


 気持ちの良い高笑いを発しながら、イブルは舞台に降り立った。

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幼馴染の副官に追放された魔王の復讐譚~次は裏切られないように忠実な幹部を育てようとしますがやはり少し育て方を間違えたようです~ 三氏ゴロウ @philisuke082

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