第37話 ニルト100パーセント

「ァァァ……」


 体格や面影は先程よりもニルトに付随していると言える。

 だが、それは明らかに別の生物になったと理解出来る容姿であった。


 ニルトの肌は薄黒くなり、瞳は黒く染まっている。

 そして二本の角が、彼の額から生えている。


 それはまるで……冥域に住まう魔人のようだ。


「人間を、捨てた」


 エヴァはそう言うと、剣の柄を掴む力を一層強くする。


「『双撃そうげき』」


 足を止めていた彼女だが、再びその刃をニルトに向かって振るう。


「……ァァ」


 エヴァのスキルを、ニルトは防ぐ事も無くその身で受け止めた。

 瞬間、両肩から腹部に掛けて、二本の斬撃が彼を襲う。


『双撃』、一回の剣の振りで二度の攻撃とするスキル。

 これは高速で二回斬りつけている訳では無く、一度で二度攻撃するため、一つを防げたとしても必ずもう一つの斬撃を食らうという……非常に理不尽なスキルである。


「……クダランナ……」

「ん?」


 突然声を発するニルト。

 だが、その口調や雰囲気……彼でない事はその場の誰もが理解出来た。


「ニルト……その体の持ち主はどうなった?」

「シンダ……セイカクニハ、マケンデアルオレガ……カラダノシュドウケンヲウバッタ。モウ、モドッテコナイ」


 そう言ってニルト……いや、魔剣はニヤリと笑う。


「そう」


 エヴァはニルトと大して親しくもない。

 彼が死と同義の状況に陥った所で、それは些細な事だった。


「ソレヨリモ、オマエ……イイナ。ツヨイ、ダカラ……コロス……オレノ、カテニナレ!!」


 魔剣に乗っ取られたニルトは、魔剣を握り締め、再び闇を纏わせるとソレを振るった。


「っ!!」


 ゆっくりと横に振るわれた魔剣の一閃。

 先程よりも濃縮され……色濃く漂う闇の瘴気を伴いそれは放たれた。


「イマノヲ、フセグカ。サスガ……ワレワレニタイコウスル『五英傑』」

「私は……五英傑じゃない」


 魔剣の言葉を、即座にエヴァは否定する。


「ハハハハハハハ!! ウソヲツクナ!! ソノケンギ、『剣聖』イガイノナニモノデモナイ!!」

「うるさい」


 敵の言葉を遮るように、思考を振り払うようにエヴァは距離を詰めた。


「チカラクラベカ!! オモシロイ!! 暗黒連斬ダークネス・トリビュード!!」

「『無双斬鉄むそうざんてつ』」


 瞬間、エヴァと魔剣の凄まじい剣戟が始まった。

 息を吐く暇も与えぬ剣の攻撃の応酬……どちらかが少しでも気を抜けばその時点で敗北を期す……それを理解しながらも、その恐怖に動じる事無く互いは刃を振るい続けた。


「グッ!?」


 出来た……隙。


 一瞬怯む魔剣、その機を見逃さずエヴァは剣を放つ。

 だが、


「む……」

「ハハハハハハハ!! オゴッタナァ!! スキヲミセレバ、ソコヲツクトオモッテイタゾ!!」


 歪に口角を上げ、魔剣は自身の剣をエヴァに対し突き刺そうとする。


 しまった。


 ここに来て、エヴァは初めて窮地に陥る。

 魔剣に誘われ、緊迫した戦いの中に生じた勝機……それが危険なものかを確認せずに掴んでしまった彼女自身の落ち度だった。


「『來解の鎖ドラクレット・チェイン』」

「ア?」

 

 その時だ。

 ネスティが間一髪の所を、救ったのは。

 魔剣が自分を持つ手を拘束される。


「ナゼ……ホドケナイ?」


『來解の鎖』は本来十本以上もの鎖が巻き付くスキル。 

 それを少数に限定する事で、一本一本の鎖の強度を上げたのである。


「あ……」


 そしてもう一本の鎖を用いて、ネスティはエヴァを拘束し、こちらへ引き寄せた。


「……」

「……ありがとう。助かった」


 無言のネスティに、エヴァは頭を下げる。


「……勘違いしないで下さい。あなたに死なれては、イブル様が困る……だから助けたまでです」

「そう」

「え、えーっと」


 低い調子で繰り広げられる言葉の応酬にアーシャは苦笑いを浮かべる。


「ですが、問題は何も解決していません」

「うん。奴をここで倒す……もしここで倒せなければ、他の生徒に危険が及ぶから」

「は、はい!!」

「ネスティ、アーシャ……私と奴の攻撃射程に入らないように遠距離攻撃をして。私に当たるとかそんな事は気にしなくていい」

「え……!? でもそれじゃあエヴァさんが」

「分かりました」

 

 戸惑うアーシャとは裏腹に、ネスティは即答した。


「ナニヲ、ハナシテイル? マダ、タタカイハ……ハジマッタバカリダロォ!!」


 魔剣が吠える。

 すると、彼の体から夥しい程の闇の瘴気が噴き出した。


「っ目くらましか……」


 ネスティは目を瞑ると、空気の振動から敵の位置を推測。


「見えた……」


 そして、彼女は敵の場所を補足する。


「『水明至上エンド・シェイド』」


 狙いを定めた個所に、彼女は水の魔法型スキルを発動する。

 無数の水槍が、魔剣に向けて一斉に放たれた。


「ハハハハハハハハ!! ソノテイド!!」


 魔剣は自身を振り回し、それらを弾き飛ばす。


「『大地の息吹』!!」


 次いで、アーシャが土の魔法型スキルを放ち地面を隆起させた。

 ネスティの攻撃によって意識を拡散させ、アーシャの攻撃によって足元をおぼつかせる。


「ッ!!」

「『無突むとつ』」


 そこを狙うのは勿論エヴァだ。

 剣にマナを纏わせた神速の突きが、魔剣を襲う。


 そして次の瞬間、敵は勢いよく吹き飛ばされ、凄まじい音を立てながら壁に激突した。


「ガハァ……!?」


 非常に呼吸のあった連携攻撃。

 これが、班として成長した三人の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る