第36話 『剣聖』の力
何だ……!? 僕は今、何をされた……!?
突然の事態に、ニルトの脳は理解が追い付かない。
エヴァが何をしたか分からない、だが……何が起こったかは辛うじて理解が出来た。
間合いが、強制的に詰められた……!!
ニルトは間違いなく、自身の攻撃射程にエヴァを捉えていた。
そして、射程に入った瞬間に魔剣を振るえるように彼は構えていた。
しかし今……起こっている事態は彼が予期していたものとは違う。
自信とエヴァとの距離があまりに近いのである。
どの程度近いかと言えば、エヴァがニルトの懐に入り込んでしまっているのだ。
これでは攻撃をしてもエヴァに当たらない。
だが一つ言える事がある。
対峙している互いの体格差、そして位置関係。
それらを含め……圧倒的優位に立ったのはエヴァという事だ。
『抜刀』……『剣聖』であるエヴァのスキル。
鞘から剣を抜く瞬間、そこに空気を集約させ周辺の空気を引き寄せる。
当然周辺に居た者はエヴァの元に引き寄せられ、まるで空間が歪んだかのように錯覚するほどの突然の接近に戸惑う。
「『
ニルトが驚愕の表情を浮かべる中、特に関する事なくエヴァは剣を振るう。
いや、振るったはずだ……。
「……あ……?」
何故なら、ニルトの胴体には斬られたであろう箇所から血が噴出しているからである。
「がはぁ……!!」
突如襲来した痛みに、ニルトは声を上げた。
まただ……!! 何をされた……!? 何故俺は斬られている……!!
『居合』……剣を抜き、その過程で敵を斬りつけ、再び剣を鞘に納めるというただそれだけのスキル。
だが、剣技の極致にいる者がそれを行えば……その『居合』は限られた極僅かな者しか視認できない。
多くの者が、目の前の人間が何をしたのか全く分からない……神速の剣技へと昇華するのだ。
「次」
「っ!?」
エヴァが声を出した瞬間、脳から下された生存本能によりニルトはたちまち距離を取る。
「はぁ……!! はぁ……!!! あぁ……!!」
斬られた胴体の箇所を押さえながらニルトはエヴァを睨み付けた。
「すごい……」
それを遠巻きから見ていたアーシャは思わずそう呟く。
「……」
エヴァの戦いの様子は、勿論ネスティも目にしていた。
やはり、強い……イブル様に認められているだけはある……。
素直に彼女の強さを認めるネスティ、しかしその裏で彼女は確かな嫉妬心を抱いていた。
「『剣聖』……!! やるなぁ……!! だがぁ……!!」
ニルトは体に力を籠める、するとたちどころに斬られた箇所が元通りに修復される。
「そんな力もあるんだ」
変わらぬ様子でエヴァは呟く。
「はははははは!! 少し驚いたが……今の僕はその程度では倒れない……!!」
傷の在ったはずの場所に触れ、ニルトは自身の力に酔いしれる。
「そう……なら、もういい」
そう言ってエヴァは再び構えた。
「殺すつもりは無かったけど……このままじゃあなたは危険。だから、殺す」
「っ!!」
瞬間、夥しいマナの波動と凄まじい殺気をニルトは肌で感じ取る。
そして理解した。
先程の攻撃は、自分を殺さぬために急所を外し、手加減を要したものだと。
その事実は、ニルトの表情を歪ませるのに事足りるものだった。
「ふざけるな……!! この僕に手加減だと……!? 僕を僕を僕を僕を……!! 愚弄するなぁァァァァァァァァァ!!!!」
ニルトの脳にあの日の模擬戦がフラッシュバックする。
何も出来ず、まるで赤子の手を捻るように敗北の苦汁を飲まされたあの屈辱を。
その瞬間、ニルトの魔剣に更に闇が灯る。
闇はニルトの負の感情を食らい、大気のマナを食らいその力を絶大なものにしていった。
「……ふぅ……ふぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
魔剣に纏わる闇は次第にニルト自身の体にも浸食が進む。
「うぅぅぅぅぅぅ!! 憎い憎い憎い憎いニクイ!!!! 僕を見下す者、僕に反抗する者……!!! それらを全て殺す!! 殺し尽くすぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ニルトの体は闇によって次第に変化を生じさせた。
人間の部位一つ一つが、異形へと変貌していく。
その様は不気味でおぞましく、見ている者に確かな不快感を与える。
「ぁぁぁぁぁぁぁ!!! 『魔剣』六十%……!!!」
魔剣の力を開放し、彼は更なる力を得た。
「アァァァァァァァ……」
「まだギリギリ人」
冷徹な眼差しで、エヴァは見据える。
「『
ニルトのスキルと魔剣の力が合わさり、漆黒の竜巻が生成される。
あまりの衝撃波に、あたりの壁や天井が崩れ始めた。
「アーシャさん。魔障壁を」
「は、はい!」
これでは自分達の身も危ない。
ネスティとアーシャの二人は魔障壁を張り、崩れ落ちる岩から身を護る。
「シネェェェェェェェェェェ!!!!」
怒号を発しながら、彼は勢いよく剣を振るう。
負の感情を全て相乗した攻撃がエヴァに向かった。
カッタ……!! イクラ『剣聖』ダロウト、コレヲトメラレルワケガナイ!!!
「……仕方ない」
自分に向かい放たれた一撃に、一切臆することなくエヴァは構えから剣を抜く。
そして……次の瞬間、
「『
彼女の前から、竜巻が消え去った。
「……ハ……?」
竜巻の残滓、残ったそよ風を頬で受け止めたニルトは、目を丸くする。
「え……え……!?」
端からそれを見ていたアーシャもまた、何が起きたのか分からない。
「……今のは」
だが、ネスティは理解していた。
何が起こったのか……ではなく、エヴァが何をしたのかが。
彼女は今、攻撃を
彼女に近い高みにいるネスティは、それを見抜いた。
『断斬』……剣の武術型スキルを極めたものが得られるスキルの一つ。
どんな攻撃であろうと、剣を以て斬り伏せる事が出来る。
かつての『剣聖』も使っていた……『剣聖』のみが使えるスキルだ。
ナンダ……? ナンデ……? ドウシテコウナルンダ……?
魔剣を強く握り締めるニルトだが、その腕には力が入っておらず、だらんと垂れ下がっていた。
ドウシテ? ドウシテダ? ボクハチカラヲエタハズダ……。
ダレニモマケナイチカラヲ、ダレデモクダスチカラヲ。
ナノ二、ナンデオレノコウゲキガトオラナイ……?
「終わらせる」
そう言って、エヴァはニルトにトドメを刺すべく地面を蹴った。
マケル……? マタボクガ……?
受け入れられない現実が、再びニルトの目の前に訪れる。
ミトメナイ……、ミトメナイ。
だが、この前と違う事があるとするならば、
「……ハハ」
彼の手には、冥域の力の一端が握り締められている事だった。
ニルトが『魔剣』の力を引き出せるのは六十%が限界だった。
それ以上は、自分の身が保たないから。
それ以上は、自分を失ってしまうから。
だが、そんな事は彼にとって最早どうでもよくなっていた。
今の彼には渇望するものがある、切望するものがある。
そのためになら、どんな犠牲も厭わない覚悟……いや、愚かな足掻きを矜持として抱いている。
「百%」
そう呟いた彼は、その瞬間……人間を捨てた。
「っ!?」
脳が全身に危険信号を発し、エヴァは足を止める。
次の瞬間、ニルトを暗黒の
そして数秒後、繭は弾け飛んだ。
繭から現れたニルト、だがそこにいるのは最早ニルトではなく、
『……』
人ではない異形種だった。
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