第35話 冥域の力

「ははははははは!!」


 ニルトの様子は、一か月前とはまるで別人だった。

 どこか興奮状態のように見える。


「二、ニルトさん! 何か変ですよ!! それに、この一か月学院にも来ないで何をしていたんですか!」


 アーシャがそう言うと、ニルト笑いながら答える。


「それはねぇ、アーシャ。これを使いこなすためだよ……!!」


 そう言って、ニルトは自分の手に持っていた剣を抜いた。


『っ!?』


 抜いた瞬間、ネスティとエヴァに戦慄が走る。

 とてつもないマナの波動を、彼女たちは感じたのだ。


「……それは何……?」


 流石にこればかりは、エヴァも口を挟まずにはいられない。

 先程と変わらぬ口調で彼女はニルトを見た。

 それに対し、ニルトは特に隠きが無いようだった。


「これは……『魔剣』さ……!! 僕の、新たな力だ……!!」


 魔剣の柄を握りしめ、その黒い刀身をネスティ達に見せつける。


「僕は最強だ!! ここで『目的』を果たし、イブルを殺す……!!」


 まるで人が変わったようなニルト。

 ネスティは忌々しさを表情に出し、臨戦態勢を整えた。


「……」


 そしてそれは、エヴァも同様だ。


「何をしているんですか?」

「戦う。アレはまずい」

「……足手まといにならないで下さいね」

「こっちのセリフ」


 互いに皮肉を言い合う二人、その様子を見ていたアーシャは言う。


「ふ、二人共……! 今のニルトさんは何かおかしいです!! ここは一旦戻って先生に報告した方が……!!」

「アーシャ、そうしたいのは山々ですが……それは相手が許さないでしょう」

「ははははは!! その通りだよネスティ!!」


 ネスティの言葉に、ニルトが反応する。


「でも安心するんだ!! 君は殺さない……!! 手足を斬り落として、一生僕の人形として生涯を送ってもらうだけだからぁ!!!!」

「……」


 薄気味悪い彼の発言に、一瞬眉を寄せるネスティ。


「さぁ……!!! 始めようかぁぁぁぁぁ!!!!」


 魔剣を携えたニルトは興奮状態のまま、一目散にネスティ達に向かって行く。


「アーシャ、あなたは私たちのサポートに回ってください」

「っ!! わ、分かりました……!!」


 事態の深刻性と、ここから抜け出せないという状況を理解したアーシャは動揺しながらもネスティの言葉を受け入れた。


「『來解の鎖ドラクレット・チェイン』」


 ネスティが拘束型スキルを放つ。

送迅の鎖リクラット・チェイン』が大型魔獣を拘束するスキルに対し、このスキルは対人用だ。

 ニルトの周辺に魔法陣が出現し、そこから放たれた鎖がもれなく彼の腕や足を捕らえた。


「はぁ!!」


 しかし、ニルトはそれを意に介す事無く引きちぎる。


「っ!!」

 

 自分のスキルが打ち破られたという事実に、ネスティは目を見開いた。


「死ねぇ!!! 『剣聖』……!!!」

 

 ニルトの持つ魔剣、その刀身に黒い気が集まり始める。


「目的は、私か」


 ポツリとエヴァは呟いた。


 魔剣、それはかつて……冥域と人域との休戦協定を結ぶ際に、冥域側から送られた品の一つである。

 ニルトの力が強大になっているのも、この魔剣のお陰だ。


「ネスティ、アーシャ。私から距離を取って……じゃないと、命は保証できない」

「……分かりました」

「は、はい!」


 彼女たちはそう言うとたちまちエヴァから離れる。


「……」


 目を瞑り深く呼吸をするエヴァ、その間にもニルトは彼女に対して距離を詰める。

 だが、そんな窮地においても、彼女は至って冷静だった。


「死ねェェェェェェェェェェ!!!!!」


 吠えるニルト、そうして彼は魔剣の攻撃射程にエヴァを入れた。


「……『抜刀ばっとう』」


 しかし、それはエヴァ自身も同じであった。

 鞘から、剣の刀身を数ミリ見せた彼女……その瞬間、


「は……?」

 

 ニルトのそんな間抜けな声と共に、空間が歪んだ。

 

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