それでも魔女は毒を飲む

虎渓理紗

今日も貴方に毒リンゴを

「……白雪姫に毒リンゴを作って、その毒リンゴを食べてちゃ、意味ないじゃない?」



 誰かがそう私を嘲笑った。

 それはおそらく気のせいだ。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは?」

「――それは貴方です」

 決まりきったセリフを吐く私の鏡が、ある日違うことを言うようになった。

「――それは白雪姫です」

 私はその日から、自分の城に住み着いた『白雪姫』という女を恨むようになった。真っ白い肌と真っ黒い髪。可愛らしい装丁の絵本から来たかのような、誰からも愛される少女を、私は恨む。

 鏡からの評価を回復するため、国中から肌に良い化粧水を買い求め、何人ものメイドに髪の手入れをさせた。夜は早く寝て、食事はオーガニック食品にこだわり、誰もまだ起きださない早朝に起き化粧を施す。

「お妃様! 大変美しゅうございます!」

「お妃様ほどの美しい女性はこの世にはいませんわ」

「まるで、女神さまのよう」

 けれど、若さだけはその少女にかなうはずがない。

 城のメイドたちはみな私を美しいという。けれど、メイドたちは気づいている。この世で一番美しいのは『白雪姫』だと。

 だから私は、『魔女』になった。

 敵わない。勝てない。――ならば、殺してしまおう。

「――お妃様、……もう諦めては?」

 鏡が諭す。確かにそうだ、殺すことを諦めて、美を磨いた方が精神的にも物理的にも、良いはずだ。

 けれど、そうもいかなくなった理由。

「なんであの女、毒リンゴを何個何十個、何百個、何千個送ってもぴんぴん生きてるのよ! 挙句の果てに、この前は、目の前で確かに飲み込んだのに『お母さま、おいしいリンゴをありがとう』ですって! なんで、なんで、なんで生き返るのよ!」

「――どうやら白雪姫にはもう毒耐性があるようですね」

「なんなの、そのスキルは!」

「――主人公特性でございます」

 いつの間にか後に引けなくなった。はじめは、家来を仕向けたけれど、その家来に白雪姫は殺せなかった。それはまぁいいわ。あの子は恨まれる子じゃないもの。私以外にはね。家来は白雪姫を殺せなかった、それは私の監督不足ということでいいの。

 殺す、と決めたからにはとことんやるわ。

 毒も森にすむ古い魔女の元に赴いて、勉強してきたの。毎日毎日努力して、魔女から「貴方の努力の結晶ですよ」なんて言われるほどの良い毒薬が出来たわ。

 その後も私は努力を惜しまない。

 こういうのは日々地道に積み重ねてこそ良いものが出来る。

 毎日寝る間を惜しんで研究するの。

 ――白雪姫を殺すために。

「鏡! 出来たわ。最高傑作よ!」

「――お妃様、何徹目ですか? ……そろそろ寝た方が」

「今日作ったのは、フグから抽出したテトロドトキシンと、テングタケのイボシン酸を組み合わせ、口に入れれは胃腸炎と痙攣、精神障害、幻覚を引き起こす毒リンゴよ!」

「――お妃様、毒リンゴ作りに力を入れすぎなのでは」

「ここにヤドクガエルのアルカロイド系、神経毒を加えれば――、ほら見なさい鏡! これで白雪姫はこのリンゴを口に入れただけでたちまち死んでしまうわ!」

「――お妃様? 聞いてます?」

 私は毒リンゴ作りにハマった。趣味になった。

 今日も白雪姫は可愛い。鳥に話しかけ、その美しさを欲しいままにしている。そこに忍び寄るは毒リンゴ作りにハマり、本日一週間目になる徹夜の果てにある魔女。

「白雪姫や」

「お母さま! あら、お母さま、最近寝ていないの? 酷いクマよ。髪もぼさぼさ。お肌はかぴかぴ。目はうつろ。……まるで、おとぎ話の中の『魔女』のよう!」

「……白雪。――お前の軽口も今日でおしまいだ!」

 魔女はそう叫ぶと、白くて美しい『白雪姫』に飛び掛かった。


 ◇◆◇


「……白雪姫に毒リンゴを作って、その毒リンゴを食べてちゃ、意味ないじゃない?」

 私は嘲笑う。足元に転がる哀れな魔女に。

「ワタシ、リンゴはすりつぶしてジュースにするのが好き。だってさ、毒リンゴって、皮に毒が塗ってあるんでしょ? すりつぶしてジュースにしちゃえば毒が薄まるし? それにおいしいもん」

 白雪姫は、魔女が転がした毒リンゴを手に取り、キッチンの奥にあったミキサーですり潰す。

 ぐわんごわん、機械は音を立て、そして数分。

「ほら、出来上がり」

 なんでそんな毒リンゴをわざわざ飲むのかって? そりゃ私にも分からないけど、でもそれは私が『白雪姫』だからじゃないのかなーって、私が可愛い可愛い誰からも愛される白雪姫で、この女が私に地位を奪われた哀れな女で、それだけ。

 とっくの昔に王子様が現れるはずなのに、現れない。

 いつまで経っても王子が現れないから、私は毒リンゴを食べても飲んでも死なないし物語も進まない。

 どうしてなのか分からないまま、私は何度も毒リンゴを食べる。毎日、あの人は違う毒を盛る。

 あの手この手と毒の配分を変え、あの人はどうにかして私を殺そうと躍起になっている。ただ待っているだけの私とは違い、あの人は前に進もうと努力をしている。

「馬鹿だよねぇ、いつも同じ手にのるかってぇの。ちょっとは工夫したらどーぉお?」

 けれど、本当の理由は、こんな『魔女』のように魅力的な白雪ちゃんを恨んでも恨み切れない、人一倍努力家さんなお妃様が、毎回毎回毒リンゴを作ってくるのが、哀れで可哀そうで。

「今日はどんな味かしら」

 ほら、ワタシ、優しいから。

「――ッ」



 嗚呼、やっと、貴方の毒で死ぬことが出来たわ。

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