第39話
俺達はアカゲオオカミとボルさんを追い続ける。向かっていく先は俺達がいつも写真を撮りに行っていた森の中。
「……ごくり」
いつも遊びに行っている森なのに夜の暗さと相まって不気味に感じる。一歩中に踏み込めばもう二度と出られない……そう思わせられる。だが、俺達は前に進むしかないリアちゃんを取り戻すためにそして、ボルさんから真実を聞くために……
「暗い……」
暗い。何もかも暗い……魔法の光で正面だけは何とか見ることが出来るが、それ以外は何も見ることが出来ない。正直この状態でボルさんを探すのは難しいだろう。
「なんで……なんで……ボルさん。」
「……」
ミハルの疑心暗鬼は恐らくピークに達している。ミハルにとってボルさんは自分とリアちゃんを救ってくれた恩人で写真好き仲間でもありそして……これは俺の予想の範囲でしかないがおそらくミハルはボルさんのことが……好きなんだと思う。
「あれ……ボルさんじゃない!?」
突然ミハルはボルさんの名前を叫ぶ。ボルさんが見つかったのだろうか?
「どこだ?どこにいるんだ?」
「そこ……あそこに!」
周りを見渡すが暗くて何も見ることが出来ない。ボルさんにだけミハルにだけ見えているそんな感じだ。
ボルさんの罠か?いや違う。心の流れを見ているんだ。心のオーラの流れはこの暗闇の中でも見ることができるんだ。俺には分からないがきっとそうなんだろう。
「待って!!待ってよ!!ボルさん!!」
「おい、ミハル!!あんまり奥へいくと……」
ミハルは一直線に彼の方へ向かって突っ走る。それは止まることを知らない子犬のように……もう彼女の目にはボルさんしか映っていない。俺のことなど眼中にもないんだろうきっと……
「待ってくれ!ミハル!おい!!」
ミハルの姿が見えなくなって行く暗い闇の中へと消えていき……完全に姿が見えなくなった。
「はあはあ……はあ……」
俺は自分の心の中の何かがぐつぐつと何かが煮えたぎっていくのを感じた。いらつき、焦り、不安……気が付くと俺は無意識のうちに指を口元に近づけて爪をかもうとしてしまっている。
「はぁ……」
俺は深いため息をつく。自分のふがいなさに呆れる。ミハルが……自分の悩みを打ち解けてくれたとき。俺はすっかりいい気になっていた。彼女の悩みを聞いて俺は頼られているんだと……
「ははは……どうしよ。本当に……どうしよ。」
暗い森の中ぽつんとひとりぼっち。雨の中でひとりぼっち。ボルさんも見失いミハルも見失い……もう俺に出来ること何てなにもない。
「……戻ろう。助け呼ばなくちゃ……」
そう思い俺は村へ戻ろうとした。……森の中を駆け回る赤い光を見るまでは……。
「あれは……まさか!?」
今確かに赤い光が見えた。アカゲオオカミの目だ。冷静さを取り戻していた頭はまた熱を上げる。
「追わなくちゃ……追わなくちゃ!!」
俺はアカゲオオカミの後を追う。こいつの後を追えばきっとボルさんにたどり着くことが出来るはずだ。そう信じて俺はオオカミの後をついて行く。その赤い目の光を見失わないように……
「光だ……誰かいる。」
顔はよく見えないが確かにそこには人型のシルエットを視認出来る。この暗闇、この雨で森の中に人が一人怪しくないはずがない。しかもその人がいる場所にオオカミが利口に『お座り』をしている。これはもう決まりだ。
「……。」
俺は腰につけた護身用の短剣を取り出し息を殺して気づかれないようにひっそりとその人影に近づこうとする。
「……!!」
「……どうかした1号?飯でも食いたいのか?
『ぐるるるる』
「おいおい落ち着けって後でいっぱい食わしてやるから今は我慢しろよ……」
『くうん……』
見られた……あの犬さっき追いかけてるときは全然気が付かなかったのに……俺の現在位置はやつから大体15m。それがあのアカゲオオカミの鼻レーダーに感知されるギリギリのライン。
俺の心臓は今までに無いぐらい鼓動している。心臓内の血液が心臓を突き破ってしまいそうなぐらいに……。だが、俺もいつかは父さんのような魔法使いになるために戦いの場に立つことになる。こんなところで怖じ気着いてられない……
*
『ぐるるるる……がおん!!』
「おいおいまたかよ……だから魚は後でいくらでも……」
『ぐるるるる……』
『ぐるるるる……』
オオカミたちは二頭とも一点を見つめ警戒しながらその視線の先に向かって進んで行く。
「おいおいまさかあいつがここに……」
オオカミ使いの男もオオカミの視線の先を同じく警戒しながら確認しに行く。
「……ん?これは……」
男はオオカミが吠えていたその先にあるものをつまみ上げる。
「ネズミ……何でこいつらこんなネズミごときに吠えて……?」
男は首をかしげている。そしてその隙を俺は見逃さなかった。俺は隠れてた場所から飛び出し男に向かって突撃し短剣を突きつける。
「な、なんだ!?こいつ!!」
完全に虚を突かれ男もオオカミもすぐに行動できない。
「な、なななな……なんでこいつらの鼻レーダーがこいつを感知出来なかったんだ?それなのにネズミには過剰に反応して……ま、まさか!!」
「お察しの通りだ。俺はこのネズミに自分の魔力のほとんどを渡したんだよ。おかげで魔力がすっからかんだよこっちは……だが、お前が魔法を撃つ瞬間に喉元にナイフを刺すぐらいは出来る。」
「う、うう……」
「動くんじゃねえぞおい!もし、オオカミに俺を襲わせようとしたら……お前を殺す。」
「ひっ、ひいいいい!!」
俺は男に短剣を突きつけてそう訴える。卑怯な手だが、俺とオオカミの実力差から考えればこうするしかない。
「な、なんだお前は……こんな時間にこんな場所で……」
「それはこっちの台詞だ!!お前こそ何者だ!?」
「え、ええええ、ええっとそのだね。その……」
「答えろ!!」
「ひいいっ!!ガラルク!!ガラルクです!!」
「名前を聞いてるんじゃねえよ!俺が聞きたいのは……ん?ガラルク?」
ガラルク……どこかで聞いたような、確かあれは……ミハルが村を案内してるとき……
『で、ここが……カントの家でこっちはガラルクの家でこっちは……』
「お前獣使いの一族の人間か?」
「は、はい……」
馬鹿な!?獣使いの一族の人間がリアにオオカミをけしかけた犯人だと?同じ一族でそれも長老の孫娘であるリアちゃんを……じゃあ、オオカミを凶暴化させていたのはこいつのギア?……ギアなのかこれは?
「なあ、こいつはお前のギアで操ってたのか?」
ガラルクは俺の問に対してびびりながらもこくりと頷く。
「どうしてリアちゃんを襲ったんだ?今、ミハルは……リアちゃんはどこにいるんだ?」
「ち、違う。違う……」
「とぼけんな!!リアちゃんを襲ったアカゲオオカミはここのオオカミみたいに目が充血してた。関係ないとは言わせねえぞ……」
「あ、ああ……あれはじ、事故だったんだよ……」
「事故だと……?ふざけてるのかお前は……」
「本当だって!!俺達は竜の片割れを探してただけだホントに……」
「何言ってるかわかんねえよ!!竜って何だよ!?ボルさんのことを言ってるのか?」
「ボルさん……?」
「ボルザード、この森で写真を撮ってる竜人のことだよ!!知らねえとは言わせねえぞ!!」
「ボ、ボルザード……あの竜人のことか?そうか……どっかで見たことあると思ったらお前一緒にいた子供か?」
……なんだこの感じ。なんでこんなに会話がかみ合わない?この期に及んでとぼけてるのか?それともナイフを突きつけられて混乱しているのか?ああ……こんなことしている場合じゃないのに、早くボルザードのところへ向かわなければいけないのに……
「ああくそむかつくな!!」
俺は冷静さを失いかっとなって叫ぶ。これが……いけなかった。いけないと思っていたのに俺はその性に足をすくわれることになる。
『ぐるるるるぐるるるる……ばうばう!!』
『ばうばう!!』
「なに!!」
さっきまで大人しく待機していたオオカミ二匹が突然俺に襲いかかる。今の俺の声でオオカミを刺激してしまったようだ。
「くそ……!!」
こいつの爪には毒がある。この状況でやつの爪にひっかかれれば俺の命はない。この攻撃を退けるには俺はガラルクを解放するしかなかなかった……
「こ、これで……形勢逆転だな。」
「う、うぐぐ……」
悔しいがこいつの言うとおりだ。俺はここまで完璧な形勢逆転を今まで見たことはない。そしてここまでの絶対絶命もまた俺は見たことがない。
「このガキを殺せ!!一号!二号!」
『ぐおらあああああ!!』
死ぬ……死ぬ……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
「ああああああああ!!!」
「やれえええええ!!」
「……」
「……え?」
俺が目を開けるとそこにあったのはアカゲオオカミが直視できないぐらいに無残な姿となって倒れていた。
「……な、なんで?え、なんで?」
ガラルクも俺と同じく何が何だか分からず取り乱している。一体誰がこんなことを?俺は爆発しそうな心臓を押さえ込みながら後ろを振り向く。
「と……父さん!?」
「あ、ああ……あんた!なんd……」
「……インフェルノ」
父さんはガラルクに有無を言わせず魔法を放つ。炎系魔法最上級の『インフェルノ』。インフェルノは心臓部に直撃し、えぐり出し、貫通する。
「あ、ああ……死……」
ガラルクは自分の左胸に開いた穴をただただ見ることしか出来ない。絶命し目を閉じるその瞬間まで。
「……と、父さん?」
死を免れたというのに俺の体の震えは止まらなかった。人間が心の臓を貫かれて死ぬ姿を初めて見たのもあるが、自分の父親が人を殺している姿がかなり衝撃的だったというのが大きい。
「おい、レンジ。」
「……」
「こんなところでなにやってるんだ?」
父さんは怒るわけでもなく静かに俺に問いただす。いつも家でのんびりくつろいでいるときの父親とはかけ離れている。仕事をしているときの父さんの顔だった。
「じ、実は……」
俺は父さんに今までのことを包み隠さず全てを話した。
「なるほど、そういうことだったのか……。」
「ああ……ごめん父さん。」
「まさか、無策で土砂降りの中、子供二人で森の中へ入っていくとは……勇敢というか考えなしというか……」
「……ごめん。」
「……はあ、レンジ。とにかくお前は借家に戻れ。俺がそのボルザードとか言う竜人からリアちゃんとミハルちゃんを取り戻しに行く。」
「……でも。」
「でもじゃない。はっきり言って足手まといだ。心配なのは分かるが一緒について行くのは危険すぎる。だからとっとと帰れ。いいな。」
「……」
そう、俺は帰るべきだ。このままついて父さんについていけば足手まといになることは間違いない。だからここは引き下がるべきなのに……それなのに、何かが俺の中で引っかかっていた。
*
俺は父親に帰るまでの道のりを聞き俺はその道を自身の魔法の光を頼りにしてその道筋をたどる。
「……」
父さんの言っていることは正しい。俺はアカゲオオカミの一頭もまともに倒すことも出来ない魔法使い見習い。それを一瞬で倒すボルザードを相手に俺は力不足なのだから……
「……」
それに比べて父さんは優秀だ。いくつもの成果をあげ王国からの評価も高い。いずれは三大魔道士にもなるだろうと言われている魔法使いだ。だから信じていいはずなんだ。信じて……いいんだよな?
ムゲン/テンセイ[最低最悪な異世界転生と僕] 三村 @akaaosiro3824
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