第38話 あの夜

 夜、俺は一人でご飯を食べていた。俺は幼いときに母親を亡くしているため父親が帰ってこない日は自分で料理することも多い。父さんはまだ仕事から戻ってきていない。いつもならもう戻ってきてもいい時間なのだが色々忙しいのだろう。


「……止まないな。雨。」


 雨はまだ降り続いていた。やむ気配は一向にない。別に雨はそこまで嫌い。だが今日のこともあってあまりいい気分ではないのにこうジメジメしていると気分が沈んでくる。

 

「……ん?」


 今、雨の音に混じってなにか聞こえたような……


 ……おーん!!


「……!!」


 雨の音と混じってはいたが、今確かに聞こえた。何かの音……いや声が。俺はその声が聞こえた家の入り口へ向かい玄関のドアを開ける。


 ここの借り家は村から少し離れたところにあり夜になるとその周囲をほとんど見ることが出来ない。だがそんな状況にも関わらず俺は見た赤く光る点が家の前を通り過ぎるのが……


「あ、あれは……」


 不可思議な現象ではあるが普段の俺ならば特に気にすることもなくそのまま家に戻っていたと思う。だが、このときの俺はそうしなかった。この赤い光に心当たりがあったからだ。


 俺は雨が降っているのもお構いなしに赤い光が向かっていった方へと走る。周りが暗い分赤い光を追うことはそこまで難しくはなかった。


「おいおい、マジかよ……」


 赤い光りの正体はアカゲオオカミだった。しかもただのアカゲオオカミではなくミハルとリアちゃんを襲ったときと同じように目が真っ赤に充血している。


「なんであのときのオオカミが村の中に……」


 ここで無闇にオオカミの前へ出て行けば俺が返り討ちにあうだろうし村人にオオカミがいることを大声出して伝えようとすればその声に刺激されて暴れ回ってしまうかもしれない。だから、俺はしばらくオオカミの様子を見ているしかなかった。


『ぐるるるる……』


 観察を続けているとオオカミは辺りをキョロキョロし始める。その様子は何かを探しているように見える。


『……くうん。』

「……止まった?」

 

 さっきまで村中をうろちょろしていたオオカミはとある場所を前にして突然立ち止まる。


「ここは……リアちゃんが入院してる病院!。一体何でこんなとこに……」


 アカゲオオカミは特に暴れ回るわけでもなく病院の辺りをうろうろしている。中へ入るための入り口を探しているように見える。


「ねえ……」


 一体何で病院なんかに?うまい飯でも転がってるわけじゃあるまいし……


「ねえ!ちょっと聞こえてる?」

「ひゃいっ!!」


 後ろから声をかけられ俺は思わず今まで出したことがないような声が漏れる。


「だ、誰……」


 俺は慌てて後ろを振り向く。


「ミ、ミハル?なんでお前がここに?」

「あんたこそどうして……こんな雨降ってるのに?」

「俺はそのオオカミを追って……あ、オオカミは!?」


 俺は慌てて後ろを振り向く。だがときすでに遅しオオカミの姿が見当たらない。


「やっば!見失った……くっそどこに行ったんだあのオオカミ。」

「オオカミ?」

「ああ、何故か知らねえけどアカゲオオカミが村に来てるんだよしかも、この前ミハルやリアちゃんのことを襲ってきたやつみたいに目が充血してるやつが。」

「それ本当なの……?」

「本当だっての。俺のことをその目でみればわかるだろ。」

「…………」


 ミハルは俺のことをその目でじっと見つめる。


「……確かに本当みたいだね。」

「……?」


 今の間は……なんだろう?何か考え込んでいたような……。


「ほら、もたもたしないの……」

「え?」

「オオカミ……見失ったんでしょ。早く探さなきゃ」

「あ、ああそうだな……」


 この病院は三階建てで広さもかくれんぼが出来そうなぐらいにはある。だから周りを一周するにも結構長さがある。


「見てここ……窓、開いてる。」

「あ、ほんとだ。」


 ミハルの言うように窓の一つが完全に開ききってしまっている。身内だらけの村とはいえさすがに不用心だ。俺達も開いている窓から病院の中へと入る


「それにしても何でアカゲオオカミがこんなところに……今まで村に下りてきた何てこと一度も無かったのに……」

「なんか何かを探してるようなそぶりだったんだけど……何か心当たりとかあるか?」


「アカゲオオカミはね。魔力を感知する特殊な鼻を持ってるの。」

「鼻って……こんな雨の中、匂いでここを探り出したってことかよ。」

「魔力の匂いってのは雨とかで消えるものじゃないの。まあ普通の人間じゃそんなの分からないんだけどね。」


 魔力は魔法武器のような例外もあるが基本的に『生きている生物』からしか発せられない。だから、オオカミの狙いは病院にある『物』ではなく『生物』だということが分かる。そしてここにいる生物……人間は病院で寝泊まりしている先生達と入院している患者達……患者?


「なあ、ミハル……俺ちょっといやな予感がするんだけど。」

「奇遇ね私もよ……」

「急いだ方が良さそうだな」

「そうだね……」


 俺達は急いでその場所へ向かう。もし、偶然じゃなかったら……あのオオカミがあの子を襲ったのが偶然じゃなかったとしたら……!!


「リア!!」


 ミハルは勢いよくリアの病室のドアを開ける。


「……えっ!?」


 そこにいたのは目が充血し毛が逆立ったアカゲオオカミ……


「ど、どうしてあんたがここに!?」


 ……と僕らが知った顔の人間……いや、がもう一人リアの病室にいた。


「ボ、ボルさん……」

「…………!」


 ボルさんは俺達の姿を見て驚いた表情を見せるが声は一切出さない。


『う、うう……』


 俺らがボルさんに気を取られている隙にオオカミはリアの病室の窓を突き破り外に出て行く。


「……やむを得ないか」


 ボルさんはそう一言口にするとベッドで寝ているリアちゃんを抱える。そしてオオカミの後を追うように窓から外へ出て行こうとする。


「あ、ちょっとまって!!ボルさん!!なんで……」

「……」


 ボルさんは何も言わない。その目はいつもの頼りなさそうながらも優しい目ではない。その目はするどくて冷たくて……姿はいつものボルさんなのにまるで別の人を見ているようだった。


「待って!!待ってよボルさん!!」


 ボルさんは結局言葉を一言も発さず病院の外へ出て行ってしまった。


「行っちゃった……」

「後を追うぞミハル!!あのボルさんとオオカミを!!」

「う、うん……」


 何が何だか状況が一切飲み込めない。アカゲオオカミを追って病院まで来たらそこにはボルさんがいて……それでボルさんはリアちゃんをさらって……本当に色々なことが起きすぎだ。


「なあ、ミハル……これってさお前が言ってたボルさんの隠し事と何か関係あるのか?」

「分からないよそんなこと……」






 

 



 

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