第37話  隠し事

とある場所にて……


「くそ……どうしてどうしてこうなった!!」


 男は声を荒げてそう言う。その様子を見るにかなりいらついているようだ。


「調子が悪かったってだけだ。いつもだったらこんなことにはならない……」

「うるさい!!言い訳など聞きたくない!!このことをあの人に知られれば俺もお前もただではすまないんだぞ!!」


 男は今度は爪をかみ始める。これは彼の癖だ。イライラが極限まで高まったとき彼は決まって爪をかむ。それはもう深爪になりそうなぐらいに。:


「ともかく、お前はの発見と回収を急げ……俺はを探す。」

をですか?」

「ああ、どのみちはあれを探すのに邪魔な存在だからな。それに、やつを利用すれば……俺達の失態を誤魔化せられるかもしれない……」







「……ちょっとレンジ、なに爪噛んでるの?」

「え、ああ……」


 俺はミハルに爪をかんでることを指摘される。


「悪い悪い……ガキのときからの癖でさ。」

「……そういう癖は直した方がいいよ。見ててなんかいい気分しないから。」

「うっ……まあ、そうだよな……次から気を付ける。」


 ガキ臭い癖であることは自覚していたが面と向かってそう言われるとなんか少し傷つく。まあそうはっきり言ってくれたおかげで今度こそ直そうと決心できたわけだが……


「おおい二人とも!!そろそろ日が暮れるぞ戻ってこい!!」


 少し離れたところからボルさんが俺達を呼ぶ声が聞こえる。空を見ると彼の言うとおり日はすっかり傾きかけている。早く帰らないと父さんから大目玉を食らいそうだ。


「ねえねえボルさん。今日撮った写真どう思う?」

「どれどれ……お、結構よくとれてるじゃないか。特にこのアラクレラビットとかなかなか……」

「そうですよね!!私もこの写真結構気に入ってて……」


 ミハルはすっかりボルさんと打ち解け、撮った写真について語り合っている。


「そういえばそっちはど大丈夫だったんですか?」

「ん?そっちというのは?」

「さっき何かにつけられてる気がするって言ってたでしょ。それのことですよ」

「ああそのことか……なんか俺の勘違いだったみたいだ。すまないな。」

「そうですか……それならよかったです。」


 あれから数日経ったが何らかの動物に襲われる……といった事態は起きていない。この森にいる動物たちは一見凶暴そうに見えるものも基本人間を襲うことはない。それはこの前襲ってきたアカゲオオカミも例外ではない。だからこそ気になる。ミハルとリアのことを襲ったあのオオカミは一体何だったのか……すごい気になる。


「じゃあねえボルさん。」

「おう、なた明日な!!」



「うーん……」


 二人で村へ戻るときも俺はなんとなくミハルとリアちゃんを襲ったアカゲオオカミのことについて考え込んでいた。


「今、爪かもうとしたでしょ。」

「え?…………あ、いけね。」


 いけないいけない……ミハルに言われたことを忘れてまた爪をかもうとしてしまった。慌てて僕は手をポケットの中にしまう。


「なにか、考え事してたんでしょ。」

「ああ、まあそうだな。」

「……もしかしてアカゲについて考えてた?」

「え、まあ……」

「そんな考え込む必要ないって。あれからアカゲオオカミが人を襲ったって聞かないし、あの日はたまたま虫の居所が悪かっただけだよ。」

「そうか……そうだよな。」

「それよりも見てよこの写真私の最高傑作!!特にこのミタラクスネの角度とか……」


 この日は俺はこのことをあまり気にしなかった。ただ……なんか今日のミハルは少し勘がいいというかなんというかそのぐらいにしか思わなかった。だけど、明らかにおかしくなったのはその次の日のことだ。





「おっ、来たね二人とも。」

「はい、今日もよろしくお願いします。」


 時刻は正午過ぎ今日も俺達はリアちゃんのために写真を撮るためにボルさんがいつもいる場所へ向かった。


「…………」

「ん?どうかしたのかミハルちゃん?」

「…………え?」

「なんか心こにあらずって感じだけど?」

「あ、ああ……別にその……何でもないです!!」

「……ああ、そうかだったらいいんだが。」

「……?」


 その後、俺達はいつものように森の中で探索を続ける。


「ねえミハルちゃん。ここの風景の写真とか撮ってみてもいいんじゃないかな?」

「…………」

「動物の写真ではないけどたまにはこういう写真を撮ってみてもいいんじゃないかな?」

「…………」

「……ミハルちゃん?」

「……あ!すみません……なんかぼーっとしちゃって」


 いつもと同じ探索。だが、ミハルの様子はいつもと違っていた。いつもならところ構わず写真を撮りまくっているのに今日はやけに大人しい。ボルさんや俺が話しかけてもどこか上の空だ。


「どうした?ミハルお前どこか体調でも悪いんじゃないか?」

「なに?そうなのかい?」

「ち、違うって!!もう二人とも大げさだな……」

「そうか……ならいいんだけど。」






「今日はもうお開きにしよう。天気が荒れそうだ。」


 空を見てみると確かにお天道様は雲に隠れその雲も黒みがかっている。


「そうっすね。そうしましょうか。……ミハルもそれでいいよな。」

「まあ……仕方ないね。」


 俺は何気なくミハルの顔を見てみる。ミハルの顔はなぜか少しほっとしているように見える。


「レンジ君……」


 ボルさんはミハルに聞こえないように俺にこっそり話しかける。


「どうかしましたか?ボルさん?」

「ミハル君の様子どう思う?」

「ああ……なんか明らかに変ですよね。昨日は別にあんなんじゃなかったのに。」

「……だよな。」


 ボルさんもミハルの様子がおかしいことを気にしているみたいだ。


「あのさレンジ君。ミハル君のことだけどな……何があったか君から話を聞いてきてきてくれないか?」

「お、俺からですか?俺なんかからよりもボルさんから聞き出した方がいいんじゃないですか?ミハル……ボルさんになついてるし。」

「そうかい?ミハル君は君と一緒のときの方が楽しそうに見えるけどな。」

「そうですか?」

「ああ、それに年上の俺よりも同年代の君との方が話しやすいだろ。」

「……そういうもんですかね?」

「そうだとも。」


 あいつが俺に相談か……話してくれるのだろうか……





 そういうわけで俺達はまだ時間は早いがそのまま村に戻ることにした。


「……」

「……」


 やっぱりなんか様子がおかしい何かあったの……


「何かあったのかって……そう思ってるでしょ?」

「……!」

「やっぱりそうなのか……そう……なんだね。」

「……?」


 なんだ……何だろうこの感じ。別に大したことじゃない。今ミハルが言ったことは自分でもおかしい自覚があったからそう言ったともとれる。だが、そう解釈するとなんかどこか違う感じがする。何て言えばいいのか分からないけどそんな感じが……


「今朝から……いや昨日からだったな。なんか私……ちょっと変なの。」

「……変?」

「なんていうかね。その……見えるの人の心の流れ……見たいなやつが。」


 ……何を言っているのかいまいち理解出来ない。


「例えば、今私はレンジのことを見てるじゃん。」

「ああ見てるな。」

「そのレンジの方を向いてねこうギューッて眼に力を込めるとね。なんかぐわわーんってなってそれでその人が今どういうことを考えているかがなんとなく分かるの。」

「え、ええ……」


 突拍子もないことを言われて俺はかなり戸惑う。


「今、私の言ったこと疑ったでしょ。」

「う、まあ……」

「次にあんたは『そんなのなんとなく雰囲気で分かるだろ』みたいなことを言う。」

「……確かに言おうとしてたけど。」

「ああ、まだ疑ってる!!じゃあ、私が絶対分からないようなこと考えて見てよ!!」

「え、ええっとそうだな……じゃあ……」


 俺は言われたとおりミハルには分からないようなを考えて見る。


「ふむふむどれどれ…………ってう、うわ!!え?ちょっと、え!?」


 この反応を見るにミハルの言っていることは本当に……


「う、うわー……レンジあんたそういうこと考える人だったんだ。引くわー。」

「ご、誤解すんなよ!!これは、お前が言ってることの確証を得るためで別に!!普段からこんなこと考えてるわけじゃねえっつうの!!」

「まあ……そういうことにしておいてあげるよ。」

「ぐっ……ま、まあいい。それでそのミハルが言う人の心の流れが見えるっていうのはもしかして……」

「……もしかしたら、私、特殊能力に目覚めたのかもしれない。」

「特殊……能力」


 人の心を読む能力だと……聞いたことないぞそんな能力。でも、今の一連の流れからしてその可能性を否定できない。そういえば昨日の夜。俺が爪をかむ前に爪をかむなって注意していた。もしかしてあのときにはもう能力が目覚めてたってことなのか?


「でも、別にそれっていいことなんじゃないか?人の心を読める能力とかいろんな場所で重宝されんだろ。別に常時発動してるとかじゃないんだろ?」

「……まあ、確かにこの能力が発現したこと自体はいいことだったんだけど……それでさ、その『眼』でさ……ボルさんの心の流れを……つい、見ちゃったの。」

「ボルさんの?」

「……本当についなのよつい!魔が差したというか何というか!!別にボルさんの心の中をのぞいてやろうぐへへみたいなことではなくて……」


 別になにも言ってないのにミハルは俺に長々といいわけを続ける。


「ま、まあそれでね。ここからが本題なんだけど……」


 ミハルが本題に入ろうとするとさっきまでの浮ついた雰囲気が急にピリッとしたものに変わるのを感じた。


「ボルさん……私達に何か隠してることがあるかもしれない。」

「隠し事……ボルさんが?」

「……うん」


 ……このとき俺は虫の知らせそれが本当にあるものだということを実感させられた。


「いやでも…それってボルさんは無断で勝手に入っている不法侵入者だってことだろ。でも、その隠し事はすでに俺達にばれていることだ。だから、俺達に隠すこと何てなにも無いはずだろ。」

「そうなんだけどさ……」

「それともなんだよ……あの人はそれ以外にもなんか隠してるって言うのか?」

「……」

「……まじかよ。」


 ミハルが決して冗談を言っているわけではないのは分かる。だが、あの嘘をつけなさそうなボルさんが俺達に隠し事をしているなんて……どうにも信じられないな。


「私もこの『眼』のことあんまり理解してないから確信は持てないんだけどさ……でも、そんな気が……してしまうの。私はボルさんのこと好きだし感謝もしてる。でも拭いきれないの……あの人が何か私達に隠してるかもないっていう疑念が……」


 ミハルはとてもつらそうな顔をしている。リアちゃんがオオカミに襲われたときに見せた顔とはまた違う顔。心にもやが掛かっていて煮え切らない……そんな感じの顔だ。


「私……どうすればいいのかな。」

「…………」

「ごめんね、こんなこと……」

「ったく……さっきかららしくねえぞ。普段はもっとふてぶてしく『私の言うことを聞け!!』みたいな感じなのによ。」

「……ごめん。」

「……」

「……」

「はぁ……こういうときなんて言えばいいからわかんねえけどさ……その……あれだ。そんな気にする必要ないって。きっと、大したことじゃないさ。お尻に蒙古斑があるとかその程度の秘密だろ。」

「そっか……そうだね。」


 俺の冗談を聞いてミハルの沈んだ表情はほんの少しではあるが明るくなったような気がする。……多分気がするだけだろう。ミハルの心のモヤモヤがこんなしょうもない冗談で晴れるとは思えない。


「ありがとうねレンジ。」

「……別に、感謝されるほどのことはしてないと思うんけど。」

「そんな気がするだけだよ。レンジは私に十分感謝されることをしてくれたよ。」

「……」


 なんだこいつ……こんな素直なやつだったか?なんかこそばゆいな……


「お、俺の方こそありがとうな。」

「……ありがとう?なんでレンジがありがとうっていうの?」

「なんでって……まあ、なんとなくな。」

「ふふふ……なにそれ」


 ミハルの顔に笑顔が戻る。やっぱりミハルに悲しい顔は似合わないな。こう憎たらしく笑っている方がいい。

 

「……あれ?」

「ん?どうした?ミハル?」

「雨……」


 ミハルがそう言うのとほぼ同時、首筋に何か冷たいものが落ちてくるのを感じた。落ちてきたものを手で触れるとそれが水のしずくであることが分かる。


「これは、本降りになりそうだな……まあそのそういうわけだからあんま気にするなよ。」

「うん、わかったよ。」

「じゃあな。」

「うん。じゃあね。」


 あのとき俺がミハルにありがとうと言ったのは……うれしかったからだと思う。ミハルが俺に悩みを打ち明けてくれて……信頼されてるだって実感できた。これが、友達だ。友情だって思った。でもそれは、だったんだ……



 




 



 

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