第36話 楽しかった(過去形)
『ぐおらあああ!!』
「リアああああああ!!」
くそ……くそ!!
『…………』
「……な、なに?」
「……と、止まった?」
突然、オオカミはリアを襲うことを止めて立ったまま静止する。その様子はまるで……
「死んだよ。」
「……え?」
「死んだんだ。このアカゲオオカミはね。」
竜人の男は遅れて現れてそう言う。死んだ……僕達の魔法でか?いやそうとは思えない。俺視点でオオカミは見えない何かを食らってそのまま死んだように見えた。
「すまないね。来るのが遅れて。やっぱ体がなまってるな。普段からちゃんと運動しておくべきだったか……」
この人が……この竜人がオオカミを倒したってことなのか?何かの能力と言うことなのか?
「あの、一体何をしたんですか?」
「ああ……まあちょっとな。そんなことよりリアちゃんを……」
「あ、そ、そうだ!!」
俺とミハルは事切れたオオカミのことをどかし倒れているリアの様子を確認する。
「う、ううう……」
「リア……リア!!しっかりして!!リア!!」
どういうことだ……リアはオオカミに襲われる前に倒されたはずじゃ……
「やっぱり……アカゲの爪でひっかいた傷跡がある!!」
「ひっかいた……跡?」
リアの腕を見てみると確かに動物にひっかかれたような傷跡がある。しかもその傷は青く化膿している。
「アカゲオオカミの爪には毒性があるの……」
「ど、毒……!?」
「即効性のものじゃないけど時間が経てば経つほど体に毒が回って……とにかくすぐに応急処置をしないとリアが……!!」
「……見せてくれ!!」
竜人の男はリアの腕を持っていたハンカチで腕を縛り止血をする。そしてカバンから水筒と薬のようなものを取り出す。まず竜人は水筒の水で傷口を洗い流した後、薬をリアの腕の傷に塗りたくる。
「これで、とりあえずの応急処置は出来たが……ことは一刻を争うすぐに病院へ運びにいこう!!」
「は、はい!!」
*
俺達は必死になってリアを担ぎ村にある病院へと駆け込んだ。医者はリアの容態を見てすぐに治療室へとリアを連れて行った。
「ミハル!!リアの容態は?」
村の長老……リアの両親らしき人達が病院にやってきた。恐らく病院の看護師がこのことを伝えたのだろう。
「じ、じいちゃん……ミハルのお父さん、お母さんごめんなさい。本当に、本当に……」
「……話は後だ。今はリアの回復を待とう……」
「う……うん。」
そして……それからさらに時間が過ぎ……
「……あ、出てきたぞ!!」
手術室から病院の先生が出てくる。どうやら手術は終わったようだ。ミハルは一目散に先生の方へと向かう。
「先生!!どうなんですか?リアは……」
「大丈夫。命に関わるようなことにはならないよ。」
「よ、よかった……」
ミハルはほっと胸をなで下ろす。なんせ自分のせいでリアちゃんが死んでしまうかもしれなかったんだ。もしそうなればミハルは自責の念に駆られて深く絶望していただろう。
「応急処置が的確だったおかげだね。ミハルちゃんがやってくれたのかい?」
「いや……私じゃない。」
「……そうなのか?じゃあそっちの坊主がやってくれたのかい?」
この病院にあの竜人の男はいない。まああの人は森の中に無断で侵入していたんだから当然といえば当然だ。
「……はい、俺が彼女に応急処置をしました。」
そういうわけだから応急処置をしたのは俺ということにしてくれとあの竜人に頼まれたのだ。
「おお、そうだったのか……ありがとうレンジ君!!君がいなかったら今頃娘は……本当に……」
「……」
長老様は俺に感謝の意を現す。あまりいい気分はしないな。自分の手柄でもないのに自分の手柄であるかのように褒められるっていうのは……
*
それから俺は俺と父さんがここにいる間泊まらせてもらっている宿へと戻った。
「ただいま、父さん。」
「おお帰ってきたかレンジ……遅かったな。」
「ああ、ちょっと色々あってさ……」
俺は父さんに今日遭ったことを説明した。
「そうか、そいつは災難だったな。」
「俺は別にいいんだよ。俺はさ……でも、リアって子は……」
「おいおい、そのリアって子も命に別状はないんだろだったらそう落ち込むことはないさ……」
「まあ……そうか。」
「ところで、そのリア君を襲ったというオオカミだが何か変なところはあったのか?」
「……変なところ?」
「ああ……アカゲオオカミは人を襲わない大人しい生き物だと聞いていたからな。こうなったのにも何か理由があるんじゃないかと思ったんだ。」
ミハルも言っていた。アカゲオオカミは魚しか食べないから人を襲うことはないと。だが、俺が見たアカゲオオカミは凶暴さがにじみ出ていてとても大人しい生き物には見えなかった。もし、ミハルのいうとおりあのオオカミが大人しい生物なのであれば、あのオオカミに何らかの異常があったのは間違いない。
「そういえば……あのオオカミ……目が真っ赤に充血してたような気がするな……」
「目が充血?」
「まあ、元の目がどういうのかはよく分からないけどさ。あの目の感じはそうだったと思うよ。」
「なるほど、目が充血していたか……ふむ……」
父さんは深く考え込むようなそぶりを見せる。
「このことは長老様にも伝えておこう。何か分かるかも知れないからな。」
「……俺もそうするべきだと思う。」
*
「あ、おはよう。」
「……おはよう。」
俺とミハルはばったりと出会った。……というのは嘘で本当はある場所へ向かうために待ち合わせをしていた。そして僕達はそのまま僕達は森の中へと入り昨日と同じ場所へと向かった。そこにきっとあの人がいるはずだ。
「お、来たね。二人とも。」
そこには、昨日と同じようにカメラをもった竜人がそこにいた。
「あ、こんにちは!ええっと……」
「ああ、そういえば名前をまだ言っていなかったね。僕の名前はボルザード。ボルって呼んでくれ。」
「その……ボルさん。昨日はリアのこと本当にありがとうございます。」
「いやいや別に大したことは……そんなことよりリア君の容態はどうなんだい?」
「ああ、おかげさまで命に別状はないみたいです。お医者さん曰く一ヶ月もすれば退院出来るだろうって。」
「おおそうか!そいつはよかった。」
それでも退院出来るのは一ヶ月後か……ほんと不憫な目に遭っちゃったなリアちゃん。
「それと……この写真」
「あ、この写真は昨日撮ってもらった……」
「森の中で拾ったんだ。リアを病院に連れて行くときに落としたんだろう。」
竜人の男が渡したのは昨日彼にとってもらった写真だ。写真の中にはミハル、リアちゃん、そして俺の姿が映っている。
「あ、ありがとうございます。」
「そうそうそれとこれも……」
そう言うとボルは俺に一枚の写真を渡す。その写真はリアに渡したものと全く同じ写真だった。
「この写真は……?」
「ああこの写真は今ミハル君がもっている写真を複製したものだ。」
「複製……同じものってことですか。」
「ああ我ながらナイスショットな写真が撮れたからな。せっかくだしもらってくれ。」
俺はもらった写真を見てみる。ミハルは満面の笑みでピースしリアもうれしそうな顔をしている。だが俺はというと機嫌が悪そうでひねくれていてで生意気そうな面で写真に写っている。普段鏡で自分の顔をいる機会が少ないからこうして見るとなんとも言えない気持ちになる。
「で、今日はなんだい?リアちゃんが無事だったってことをわざわざ伝えに来てくれたのかい?」
「ああ、まあそう……」
「それもそうなんだけどさ。また、森の動物の写真撮りたいからさ。その……カメラ触らせてくれない……かな?」
「……は!?」
俺はミハルの今の発言にほんの少しの驚きと電気のようにバチッとしたいらだちを覚える。
「おいミハル!!昨日リアがあんな目に遭ったってのに何言ってんだよ!!」
そしてそのいらだちの感情のままに俺はミハルの言ったことに対して思わず怒鳴りつけてしまう。
「ひっ!!」
俺の怒声を聞いてリアは柄にもなくひくっとなって縮こまる。
「わ、悪い……ついかっとなっちまった。」
俺はきれやすい性格であると自覚している。少しでもイラッとするときれて相手に怒鳴ってしまうこともしばしばある。自分でも直すべきところだと自覚はしているが、これがどうにも直らない。これは今後ずっと……下手すれば一生付きまとう自分の性なのだろう。
「……まあ言い方はともかく彼の言うことはもっともだ。昨日いたあのアカゲオオカミどこか普通じゃなかった。そんな生物がいる今のこの森の中を子供が無闇に森の中を歩き回るのは危険だ。」
「……」
「それとも何か他に写真を撮りたい理由があるのか?」
ボルさんがそう言うとミハルは快活な彼女が見せないなさそうな少し寂しげな表情を見せる。
「リアさ……しばらく病院から出られないじゃん。きっとその間退屈すると思うんだよね。」
確かに7歳の女の子がずっと病院にいるのは退屈で仕方がないだろう。
「あの子『写真』気に入ってたからさ。この森の動物写真を撮ってくれば少しは退屈しなくなるんじゃないかって思ってさ。」
意外だ……ミハルって結構気が気が利くやつだったんだな。そんなミハルに俺は何も考えず怒鳴りつけてしまったのか。反省しないとな……。
「でもだからって一人で森をうろつかせるのもな……一人で……」
そう言いながらボルさんは俺の方をチラチラと見てくる。
「……何で俺の方を見るんですか?」
「まあまあ、そう言うなよ。一人で歩き回るよりも複数人で行動した方が安全だろ。」
「……でも俺とミハルじゃ、またあのオオカミが襲ってきたら対処出来ませんよ昨日もボルさんがいたからなんとかなったわけだし。」
「もちろん、俺もついて行くよ。それならもしアカゲオオカミが来ても問題無いだろ。」
「まあ、それなら……ん?ボルさんが一緒について行くんならなおさら俺必要ないんじゃ……」
「……細かいことは気にすんな!!とにかく君が一緒なら彼女も安全ってことだ。」
「は、はあ……」
結局俺はボルさんに乗せられるがままミハルについて行くことになった。
「レンジ、レンジ!!ちょっと来て来て!!」
「……なんだ?」
「あそこにさベノリザードいるじゃん。」
「ベノリザード……ああ、あのトカゲのことか?」
「そう、あれの写真撮りたいからさレンジ肩車してくんない?」
「は?肩車!?」
「レンジが肩車してくれればさちょうどいいアングルでベストショットできるんだよ。だからお願い!!」
「……何言ってるのかわかんねえけど。いやに決まってんだろそんなの……重いし。」
「お、重いって失礼ね!!あんたそんなんだから友達出来ないのよ!!」
「と、友達いないのは関係ねえだろ!!」
「え、本当に友達いなかったの……なんかごめん。」
「哀れむなこら!!」
その後数日間俺達はリアのために写真を撮り続けた。口げんかしてばっかりだったが、正直……楽しかった。楽しかったさ。何でか分からなかったけど本当に楽しかった。なのに、それなのに……
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