第5話決着・愉快な人達
翌朝
ついに、シンデレラの家の近くに王子様がいらっしゃる日。
シンデレラは、いつもより早く起きて家事をこなしていった。いつもの手順で手際よく行われていくそれは、熟練の域まで達していて、シンデレラにとっては目を瞑っても出来ることだった。
体内時計でそろそろ約束の時間ねと自室に戻り支度を始める。
すると、ガチャりと後ろで音がした。
「へ?」
間抜けな声を発してしまったが、注意深く音の方向を眺めても何も変わったことは無かった。
しかし、ドアの向こうから古い足場の木材が軋む音が聞こえて初めてそこに誰かいる事が分かった。
そして、音の正体も何となく察しがついてしまった。
「誰?」
「……」
シンデレラは、昨日の夜こっそり家に帰ってきた時お母さんの部屋だけ電気が着いていたのを思い出した。
「お母さん?」
「…シンデレラ、昼からの家事はしなくて構いません。今日はそこでゆっくり休みなさい」
淡々と言い含めるように言った。
「どうして、鍵なんかかけるんですか?私は行かなければならない所があるんです」
「駄目です。なりません」
「っどうして!」
「貴方が王子が探してる女の子なんでしょう?」
「っうぅ!」
心臓を掴まれたように、苦しくなる。お母さんは知っていたんだ。
「森の魔女に頼んで怪しい薬でも貰いに行くつもりでしょう?ネズミのようにはしたなく下品ですね。あの老婆を信用するなといつも言っているでしょう」
「そんな事しません!それにおばあさんは私のお友達です。…悪く言わないでください」
シンデレラは、懸命に伝えようとするが母の心には届かなかった。
まるで何もかもを閉ざしてしまっているみたいだった。
「貴方がなんと言おうと、あの老婆は人殺しです。あの人を殺した人殺しです!絶対に許せません!……それなのに何故
貴方は…あの人のことを…父親の事を忘れてしまったと言うの…」
珍しく感情的に言い放った。シンデレラはあまりの剣幕に小さく「そんなことないよ」と、消え入りそうな声で言いました。
「とにかく、あの魔女には合わせません。魔女の手を借りずとも幸せになれるんですから。あの日からずっと頑張って来たんです。きっと、神様は私達を応援してくださるわ。そこに、魔法なんてものはいらない」
狂信的で、排他的で、固執的だった。
ある種の意地で、意地悪だった。
シンデレラは、静かに泣いた。
友人を侮辱されたこと、何も言えなかった事、王子様に二度と会えないかもしれない事、約束を守れそうにない事…そして、お母さんにとって私は…
暗い部屋で閉じ込められると、人間はどうしても悪い事ばかり考えてしまうらしかった。
扉の近くの柱を背もたれに現代で言うところの、体育座りの体制でうなだれるシンデレラはもうどうにでもなれという、投げやりな気持ちになった。
私はやれる事はやったのだ。
王子様ももしかしたら、私の顔を見て後で思い出してくれるかもしれない。でも、お姉さん性格悪い上にこズルいからなぁ。そんな事になったら、どんな手を使うか分からないわ。
「はぁ、姉さんが羨ましいわ」
「あんたがそんなこと言うなんて、珍しいわね?」
「私もあんな風に図太く、こずるく生きられたらなぁって思うわ」
「そうね、私みたいに図太く、こずるく……ってあんたそんなこと思ってたの!」
「え?」
見ると、二番目の姉が扉を開けて目の前に仁王立ちしていた。
普段の燃えるような赤髪から、上品な金髪へと変わっていて一瞬誰だか分からなかったがつり上がった瞳と、口ぶりは姉のものだった。
「扉の鍵はどうしたの?」
「え?邪魔だったから外したわよ。そんなことより、この髪の色に合う髪留めが無いのよ。あんた、前使ってた髪留め貸しなさいよ」
「あっそういうことか⤵」
一瞬助けてくれたのかなという淡い期待は、まさに一瞬の内に砕かれた。
はいはい、と髪留めを探すシンデレラ。
「多分あれより、姉さんだったらこっちのほうが…」
やはり根は真面目なシンデレラは姉に似合う髪飾りを割と真剣に探し始める。
それを二番目の姉は苛立たしげに見つめ、貧乏揺すりを始めた。
「遅い、ほんとあんたはグズね!いいから、私が見るからどいてなさい」
「あ、うん」
乱暴にシンデレラを、どかすと髪留めを物色し始める。あーでもないこーでもないとためつすがめつしていると、振り返り呆れ気味にシンデレラに言った。
「あんたが後ろにいられたら、気が散るでしょ、どっか言ってなさいよ」
「え、でも」と口ごもるシンデレラをしっしっとジェスチャーで追いやる姉。
一人シンデレラの部屋に残った姉は、ひとりごちた。
「今までいっぱい苦労してきたんだから、あの子にもこれくらいはね。でも、まさか王子様を射止めるとはやるじゃない。流石私の妹ね」
二番目の姉はタンスの奥にしまってある片方のガラスの靴を大事そうに抱えて、優しく撫でてからそっと戻した。
「しっかりやんなさいよ、バカ妹め」
「姉さん、今朝は寒いからコーヒー入れといたから選び終わったら飲んでね」
呑気にコーヒーを淹れてきた妹を、二番目の姉はそれはもう怒髪天に怒って部屋の外にほっぽり出した。
後にも先にも、シンデレラはあそこまで怒った姉を見た事が無かったという。
「ったくあの子は、本当にグズなんだから!さっさとしないとハイライトに間に合わないわよ」
そう、窓の外を一心不乱に走るシンデレラを尻目に照れ隠しのように悪態をつく姉の顔は、しっかりと笑っていたのだった。
王国の政務は多忙を極めるが、想いは力であった。
王子は次々と、商談、取決め、法整備の段取りを済ませ昼過ぎには食事も取らずに馬に跨がっていた。
「王子、またですかな。いい加減食事をお取りになってください」
「じい、王室の食事など食べるのに時間がかかってたまらん。メイドにサンドイッチを作らせたから問題ない」
「まったく、夕方には帰ってくるんですよ」
「お前は私の母上か!」
執事長はふぉっふぉっと、快活に笑うと王子を見送った。
城を飛び出て早々、王子の馬は次の街へ向けて森の中を爆走していた。
「待っていてくれ、シンデレラ。必ず迎えに行く」
お付きの者も精一杯追いつこうと馬を走らせるが、差がつくばかりだった。
しかし、馬の上というのは意外と揺れるものなのだ。
風を切り、スピードの出し過ぎで揺れに揺れた馬上では王子の髪はボサボサに崩れていて…
追いついたメイドに半目で見られながら、髪を整えられたのには「どれだけ私は浮かれているのだ」と、王子を悶絶させた。
そんなこんなありながら、王子は無事?
シンデレラの家がある街へ辿り着いたのだった。
お付きのものに街の広場に案内させると、すでに広場には長大な列が出来ていた。私こそがガラスの靴にピッタリと合う娘だと疑わない顔で、夢心地で並んでいた。中には、面白がって並んでいるだけの娘もいるだろう。
しかし、これまでの街のどんな娘の足もガラスの靴は入らなかった。
サイズだけではなく、中の構造が本人の足にかなり忠実に作られているようなのだ。
いつものように、即席の椅子に腰掛け目の前に赤い絨毯を敷く。
その上で娘達に履いてもらうのだ。お付きのメイドが大事そうにシルクの布に包まれたガラスの靴を持って来て王子の前に広げた。
まず一人目の娘が、足を通した。
母親は焦っていた。二人の娘を連れて広場に来たのは良いものの。とても長い列にもしかしたら、この中にピッタリと合う子がたまたまいるかもしれないと、思ったからだ。
娘達は気楽なもので、暑いねえなんて話をしている。
やっと今日、報われるのだ。あの日から耐えてきたあらゆるものから解放される。
そうでなければ、なんのために私は…
きっとそうですよね、神様…
母親は静かな祈りを、まだ見ぬ神に捧げた。どうか、私達を幸せにしてくださいと。
順番は意外にも早くに回ってきた。
目の前の娘がかかとだけ上手く入らなかっただけで、ずいぶん惜しかったので驚いたが無事娘達の番になった。
「王子様、今日は遠い所足を運んでいただきありがとうございます。私の自慢の娘達です、きっとガラスの靴を履いて見せるでしょう。よろしくお願い致します」
「期待しています」
すると、一番上の姉が靴の前にやってきた。
おおぅ、と後ろの兵士が声を上げた。姉は黙っていたら上流貴族にも引けを取らない上品な女性なのだ。
優美にスカートを摘み、すっと右足をガラスの靴に通す。
王子も期待の眼差しで見つめる。
しかし、姉の足は細かったが長かった前の娘同様かかとがどうしても入らなかった。
「どうやら、入らないようですね。とても残念です」
仕方ありませんねと、微笑みながらいうと
「とても気品のある方ですね。どなたから作法を教わったのですか?城の中にもそこまで上品な方はそうはいませんよ」
姉は、謙虚にそれでいて誇らしい気持ちが漏れ出た様子で答えた。
「私はすべて、母から教わりました。自慢の母です」
「そうですか…大事にしてあげなさい」
微笑みながら王子は言った。
姉は恭しく下がり、二番目の姉の番だ。
元気よく靴を脱ぐと、勢いよく挨拶をした。
「王子様初めまして!姉さんは駄目だったけど私はきっと大丈夫です!待っていてくださいね」
おおぅ、とさっきとは違う意味で後ろの兵士が声を上げた。
上品さは無いが、快活で人懐っこい笑顔に彼女の性格を知らないものは好感を抱いた。
要するに可愛かったのだ。
王子も例外ではなく、彼女の砕けた態度にも悪い気はしなかった。
「ああ、是非やってくれ。君なら履けるかもしれないな」
「では、失礼して」
二番目のは腰に手を当てながら、がっと靴の中に足を通した。
しかし、途中でどうしてもつっかえてしまった。恐らくサイズは問題ないのだが、足の形が違うのだ。途中で狭くなるポイントがありそこから先が進まない。
(無理したら行けるかもしれないけど、めちゃくちゃ怖いなぁ。ガラスだし、そろそろあの子も来るでしょう)
「王子様、やっぱりだめで」
「少々お待ちください」
二番目の姉が諦めかけたその時、母がすすと、前に進んできた。
護衛の者も訝しげにどうされましたと、止めようとするが、王子は片手でそれを諌めた。
「彼女達の母君ですよね、いかがされましたか?」
母はその手に包まれた、風呂敷を王子の目の前で恭しく広げながら言った。
「足の形等日々変わるものです。それよりも、私の娘が王子様が探してらっしゃる女性である証拠がございます。こちらを、ご覧ください」
そこには、ガラスの靴が燦然と輝いていた。
後ろの兵士は絶句していた。
王子は、あまりの驚きに流石に困惑してしまった。
「それを…何故貴方が…」
王子達だけでは無い。姉達もそれ以上に驚いた。まさか、母がここまでやるなんて思わなかったからだ。
「それは、今朝二番目の姉の部屋で見つけました。きっとこの子なりの事情があるのでしょう。黙っていてごめんなさい。見ていられなかったものですから」
母が淡々と告げた。彼女こそが王子の想い人であると…
「ちょっと待ってよ!だって私靴入らなかったし、それにあの子にわるぅ…」
母にきつく見つめられ、余計なことを言うなと言外に伝えて来る。
(で、でも…)
アイコンタクトをしていると、王子はゆっくり立ち上がり姉の前にひざまずいた。
「探しましたよ、貴方のことを。あなたを想わない日はありませんでした。でもようやく伝える事が出来ます」
王子が情熱的な瞳で、彼女に想いを打ち上げようとしてくれる。
そんな姿に、不覚にも本気になってしまいそうだった。
(ヤバイ!恥ずか死にそうだわ!あの子遅すぎよ、早く来なさい。王子も王子で好きな子の顔くらい覚えてなさいよ〜)
「良かったら貴方に、私の城に来てほし」
「待ってください!!」
広場に凛とした声が響き渡る。
皆が振り返ると、そこには見事な生地で作られた蒼色のドレスに身を包んだ女性が、老婆と伴に立っていた。
ここまで、よほど急いで来たのか肩を上下させている。息を落ち着けると、驚きに目を見開かれた王子の前へとゆっくりと歩いていく。
(ったく、遅いわよ)
二番目の姉はやれやれと、道をあけた。
「ありがとう」
「しっかりやんなさい」
短いやり取りだったが、それで十分だった。しかし、母はその手を震わせてシンデレラを睨みつけた。
「何故貴方がここにいるのです?それになんですか、その格好は直ぐに帰りなさい!」
シンデレラは、以前とは違いしっかりと母の瞳を見据えて答えた。
「お母様、どうか見守っていてください。ガラスの靴は街のすべての女性が履くことが出来るのですから…私も履かせていただきます」
「いけません、なりません、許しません!今すぐ」
「そこまでに、しときなよリーシャや。この子はあんたの為にもここへ来たのだから。それに、王子様達も驚いてらっしゃるよ」
はっと、母は周りを見るとすっかり自分が注目されている事に気付いた。
魔女のおばあさんは、ふぉっふぉっと優しく笑うとシンデレラの背を押した。
「いってきな」
シンデレラと王子の瞳が重なる。
王子は自ら二足のガラスの靴を彼女の前に揃えた。
シンデレラは、早る気持ちを抑えてしずしずと足を通した。
すると、寸分の違いなくピッタリとガラスの靴に収まった。静寂が辺りを支配している。
王子は彼女を抱きかかえると(現代で言うところのお姫様抱っこで)高らかに宣言した。
「今この瞬間新たな姫が生まれる。この国の、そして私の大切な妻(ひめ)だ!」
そういうと、大衆の面前でシンデレラに接吻した。すると、地響きのような歓声が辺りを包んだ。
「もう、決して離さない。いいね?」
「はい、私は一生貴方の側に居ります。ずっと…」
二人はとても長い抱擁を交わした。
こちらが照れてしまうような、何とも幸せそうな二人だった。
見学に来ていた街の、調子の良い男衆は祝いだめでたい話だと、即席の屋台や祝祭の準備を始めた。
お祭りモードで祝祭ムードだった。
離れた所で母と老婆は向かい合っていた。
「貴方は、今度はあの子を使ってこんな仕打ちをするなんて…よっぽど私に恨みでもあるのかしら」
「リーシャや、私を許さなくていい。あんたの旦那を助けてやれなかったのは、私の力不足だよ。けどね、あの子は自分でここまで来たんだよ」
「違うでしょ。魔法何て卑劣なやり方であの人を…今は王子を騙してる。そんな事を神様がお許しになる筈がないわ」
「…確かに魔法で何でも上手く物事運んだらそれは、ずるかもしれないね。けど私はあの子を舞踏会に出るのに当たり前の格好をさせただけだよ。後は、王子様の心を射止めたのはあの子の力だ。あんたも本当は分かってたんじゃないのかい?」
母はその事には触れずに、伏せ目がちに呟いた。
「私はこれから、牢獄に囚われるでしょう。王子を騙そうとしたんだものね。厄介者は立ち去ります、良かったですね…でも、あの子達は悪くありません。あの子達まで不幸にしたくありません。口裏くらい合わせてもらいますよ」
「その、必要は…ないみたいだよ」
数人の兵士が母の前までやってきた。
「覚悟は出来ています…何処へでも連れて行ってください」
「そうですか、では明日王子とシンデレラ殿との結婚式が開かれます。是非王家が用意する特等席へご参席下さいませ」
「……へ!?まって、牢獄じゃないの?」
「とんでもありません。シンデレラ殿のご希望です。貴方が参加されないのでしたら、結婚もしないといって聴かないので必ずご参席下さいませ。では」
兵士たちは馬へと戻っていった。
どういうことなの、とシンデレラの方を向くと柔らかく微笑みかけて来た。
それは、何処までも呑気で人の気もしれない彼女が大嫌いな笑顔だったが、彼女の両目からは熱い雫が音もなく溢れていた。
「あんたは、娘達に幸せになってほしかったんだろ。それだけだったんだろ。今日まで、頑張ってきたんだろう?でもそれは、あの子達も同じなんじゃ無いのかい。胸を張って幸せにしてもらいなよ」
ずっと恨んできた。でも、分かってた。あの人を失ったのは、誰のせいでもないってことも、薬でも魔法でもどうしようもなかったのだ。それを、誰かの仕業と考えることでしか自分を保てなかったのだ。魔法を憎み、それにすがったあの子を憎んだ。
それでも…
「幸せになりなさい」
あの人との、最後の約束だけは守りたかった。魔法なんかに頼らなくても幸せになれるって証明したかったのだ。
だけど、不思議なものだった。願いは叶わなかった、策謀は失敗して、あんなに忌避していた魔法の力に助けられ娘は結婚する。何一つ思い通りに行かなかったけど、どうしてあの子の顔を見るだけでこんなに嬉しいのだろう。温かいのだろう。これが、幸せなのだろうか。
「魔法ってのは手段なんだよ。世の中幸せになる奴はなるし、ならない奴はならない。そいつにとっての幸せの形ってのは皆違うからね。でも、母親の幸せってのは大概子供の笑顔なんだよ。何とも、簡単だけど意外と難しいものさ」
ああ、と長年の重荷が解けたように破顔した。
あちらでは、王子と娘達が談笑している。
「聞いてよ、さっきねあんたが来る前に王子様ったら私に求婚仕掛けたのよ笑」
「い、いやそれは違うのですお姉さん」
「え?何それ…は・つ・み・み♥」
笑顔がとても恐ろしかった。
「私もそういえば、ガラスの靴に足を入れるとき胸を凝視されたわね」
「そ、そ、そんなことは」
「お・の・れ(怒髪天)」
シンデレラは鬼のような形相で王子に食って掛かる。
二人の姉は腹を抱えて、大笑いだ。
「あの子も、私の娘ね。きっと、王子を尻に敷くでしょうね。まったく…」
森の魔女は、今からそんなだと、明日の結婚式が思いやられるわよ、とそっとハンケチを差し出した。
終
新約シンデレラ〜似た者家族〜 夏雨 ネテミ @gensoumegane
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